第3章 立ち塞がる者-12
時は少し遡る。
(……さて、ここからどうしたものかの)
静は誰もいない部屋に籠り、荒れそうになる呼吸を必死に整えていた。
手元にある模造刀は既にあちこちが欠けており、所々赤いシミが付いている。
胸元の勾玉も、魔力を漏らすまいと今は光を失くしていた。
(全研究員が敵に回るとは流石に思うておらんかったが……流石に甘かったか。根本的に会話が成立する相手と思わぬ方が身の為じゃな)
ふう、と一息つき、これまでの流れを再確認しながら、そう彼女は現状に結論付ける。
事の始まりは、まさにルイヤが敵対者を迎撃する為に飛び出した頃だった。
瑠奈のいるであろう研究室へ向かおうと部屋を出たところを二人から襲撃されたのだ。
困惑しながら迎撃した所、襲撃者は二人ともこの研究所のスタッフだった。
流石に昏倒させたまま放置するのもよろしくないだろうと誰かいる事の多い食堂へ向かったのが運の尽き。
出会い頭にこちらへ攻撃してきたスタッフが複数いた事から、研究所そのものが制圧されたらしいと判断するに至った。
(しかし、なんじゃあの耐久性は。骨の二、三本は折れているというに、まだ動き回ると来た。ゾンビの類じゃろうか?)
彼女がひとまず潜伏しているのは、これが理由だ。
ひとまず殴り倒すことが出来たとしても、すぐに戦線復帰してくる。
おまけに腕が折れようが足が折れようがお構いなし。
さすがに首を飛ばせば動いてこないとは思うが、一時の縁とは言え見知った仲。
操られている可能性も考慮すれば、問答無用で叩き斬るのは気が引ける。
(役割配分を違えたかもしれんの。こっちをルイヤにやらせればアイツの事じゃ、魔導の類いはお手の物じゃろうに)
静の使える魔導は徹頭徹尾戦闘の為にある。
敵の魔導を無効化する事はおろか、どういった理屈で研究員達が動いているのかも判別がつかない。
現状取り得る最高の手段が、全研究員の四肢をへし折るになる辺り、筋金入りである。
(ルイヤの方はまだかかるじゃろうな。なんぞあちらもきな臭い気配がしとる。少なくとも、こちらは一人で手を打たねばなるまい)
やれやれ、とため息の一つも零したくなる所だ。
制圧そのものは単純作業だというのに、相手を負傷させないようにするとなると途端に難易度が上がる。
いっそのこと、治すのはルイヤに任せて一暴れしてやろうか、なんて思考が出るのもむべなるかな。
とはいえ、文句を言っているだけでは状況が好転しないのも事実。
(息も整うた所じゃ。どれ、一当てしてみるかの)
ぐっ、と模造刀を握る手に力を込め、遮蔽物にしていたタンスの隅から顔だけを出してみる。
いない。
今の内ならこちらから有利な場所を選ぶ事も出来るだろう。
よし、と一言囁き、静は動き始める。
が、その勢いはいきなり掛けられた声に殺された。
「……ーい、静さーん。いますかー?」
その声には聞き覚えがある。
ひょっこりとこちらの部屋を覗いたのは、果たして予想通りロレンツォだった。
「おんしか。何が起こったのか、把握しておるか?」
「いえ、それが僕もよくわからなくて。ルイヤさんが外に出るところは偶然見かけたんですけど、その後は訳のわからない状態です」
「そうか。であれば、方針は変わらんな。全員まとめて殴り倒すしかなさそうじゃの」
「ば、バイオレンスですね」
「むしろそのぐらいやらねば、追い詰められるのはこちらじゃろうて。この後確認する事もある故、サクサクやることとしようか」
そう軽く答え、静は部屋の出口へと向かう。
ロレンツォは少し身を引き、静が出口から出やすいように少し場を開けた。
刹那、両者の間で衝撃が発生する。
静は模造刀を、ロレンツォはどこからか取り出したらしい杖らしきものを振り回し、両者の中間で互いの得物が衝突したのだ。
「……ふむ。ロレンツォよ。何かな、この攻撃は」
「困りましたね。女性を傷つける趣味はないので、せめて一撃でと考えていたのですが」
「……そうか。明確に敵じゃと考えて良いのじゃな?」
「そうですね。……そうなるかと」
「そうか。正直、色々と世話になったから殴り倒したくはないのじゃが」
「こちらも、引けませんので」
「では、仕方ないの」
「ええ、仕方ありません」
静は悲しげな声で語りかけるも、ロレンツォの声音は変わらない。
淡々とした口調で答えるその表情からは、敵意以外の何物も見て取れない。
「そうか」と静は口の中で言葉を転がす。
何かを言おうとしても結局思考は言葉にならず、返答は模造刀を握りしめる力を強めるだけに留まった。
そして、両者は床を蹴り相対する。




