第3章 立ち塞がる者-11
「ち、くしョォ、がッ……!」
ずるり、と腹の辺りから何かが抜ける感覚とともに、熱が爆発した。
ごほ、と口の端から真っ赤なものが零れ落ちる。
全身から力が抜け、ヴェインはどしゃりと音を立ててその場に倒れ伏した。
その体にはもはや魔力が残っていない。
全身を漆黒の汚濁が駆け巡り、魔力という魔力を貪り尽くされた状態で、未だ命を繋いでいる方が奇跡と言えるだろう。
「……天使の力、万全に使われていたら負けてたな。やっぱり、最後を分けたのは経験値だったか」
「く、そォ……テメェに、テメェなンかに……ッ!!」
ヴェインの体にはもはや力が入っていない。
生命力も魔力も容赦無く“黒”に食い尽くされたのだから。
このまま放っておいても命尽き、そのまま朽ち果てることだろう。
もはやその目からは光が失われつつあり、その口が紡ぐ言葉もうわ言に近付きつつある。
そして、琉衣夜はそれを助ける義理はない。
瑠奈の所属している研究所を襲撃しようとしたのだから、まあ妥当な終わりだろう。
(とどめを刺してやるくらいは別に構わねえが、俺がわざわざ手を下す必要もないしな。ま、引き下がらなかったテメエが悪いってことで)
しかし、とそこで琉衣夜は思考を巡らせる。
せっかく天使級の力を持つ被験体が手に入ったというのに、それをそのまま殺してしまうのは、非常に勿体無いのではないか?
というか、こいつを捕縛して利用することができれば、瑠奈がわざわざ研究に付き合う必要もないだろう。
無論、保有量の絶対的な違いはあるだろうが、性質としてはかなり相似している。
であれば、これを研究することで出力そのものはある程度補完できるようになるはずだ。
(となると……そうだな、利用価値はあるかもしれない。首輪は必要だが)
琉衣夜は一歩踏み出し、ヴェインのすぐ近くまで歩み寄る。
その手には、まるで泥水のような形を取った“黒”が生み出された。
ヴェインはこちらに目を向けない。
否、もはやこちらへ視線を向ける余力すら残っていない。
すばらしい。実に好都合だ。
ニンマリとした笑みを浮かべ、うつ伏せになっている敵を蹴っ飛ばして仰向けに転がす。
「な、ンだよテメェ……」
「なあに、殺すつもりはないさ。ただ、狂犬には首輪が必要だよなあ?」
「……て、めェ」
雄々しく睨みつけるも、その視線に覇気はない。
口ももはや動かない辺り、本当にギリギリなのだろう。
であれば、これを流し込む意義もあるというものだ。
掌に湧いた黒い泥を、手を傾けてだらりだらりとヴェインの口元に落とす。
彼の肌に落ちた“黒”は、ぐじゅぐじゅとおぞましい音を立てながら敵の口をめがけて這いずり蠢いていく。
それを見たヴェインの目が見開かれるも、しかしその体はもはや逃げることすらままならない。
その口元を捉えた“黒”はずるりずるりとその中へ潜り込んでいく。
「なに、しやがる……」
「首輪だよ。このまま殺すには惜しいかもしれないんでな。念の為、流し込ませてもらうってだけだ」
「う、ごォあ……く、そォ……」
口を通して敵の体に潜り込んだ“黒”は、相手に危害を加えることはない。
むしろ、今のような死に瀕している状態であれば、多少の魔力を供給することすら厭わないだろう。
だが、一定以上の魔力の存在は許さない。
一定以上の魔力が認識された途端、片っぱしからそれを食い散らかし、放出する。
それが、琉衣夜がヴェインの体内に宿した“首輪”だった。
「これで、テメエを生かすも殺すも俺次第ってことだ。ま、殺すつもりはないから安心しろ。色々と搾り取られるかもしれないがな」
「…………」
「あ? 喋ることも出来なくなったか? それだと困るなあ。“黒”、多少力を戻してやれ」
パチン、と指を鳴らすと、散々力を搾り取った“黒”がほんのわずかに元の持ち主へ魔力を返還する。
戦闘はできないだろうが、生存するには問題ない。
生かさず殺さずの範囲を越えることなく、“黒”は首輪としての能力を発揮していた。
「……何で殺さねェンだ」
「殺す価値がないだろ。使えるモノは使うさ、あのメガネにはいい手土産だ」
「……だろォな。労せず実験動物が戻ってきたンだ。そりゃあ、儲けもンだろォよ」
「……戻ってきた?」
「ンだよ、知らねェのか。いや、ンなわけねェよな。アイツがナニ研究してッか、知ってンだろ」
「天使の研究だろ。それはさすがに知ってる」
「だよなァ? その結果が俺だッてのも、知ッてンだろ」
「……ほお」
初耳の情報だった。
天使の研究をしていることは、理解していた。
そのために瑠奈を欲しているのも、理解している。
だが、こいつが研究の成果ってことは……。
「おい、その話もう少し詳しく……ああ?」
「……なンだ、ありャ」
詳細な話を聞き出そうと口を開いた途端、凄まじい魔力の波が空を走り抜けていった。
ビリビリと肌を叩くその衝撃に二人は目を見合わせ、再度魔力の爆心地へと視線を戻す。
その視線の先にあるのは、まず間違いなく研究所。
そしてその魔力の波は、よく見知った人物のもので。
「……ちっ。おい、一時停戦だ。魔力を返してやるから、その代わりにお前の持ってる情報を全部よこせ」
「何で俺がテメェに情報渡さなきャなンねェンだ」
「テメエはテメエで研究所に用があるんだろ。もしかしたら共闘できるかもしれねえ。さっさと出せるもん出しやがれ」
じゃなきゃ殺す。
そう言外に告げながら、琉衣夜はヴェインへ視線を向ける。
正直琉衣夜からすればどちらでも良いが、取れる情報は取っておきたい。
その意図が伝わったのだろうか。
地に倒れる青年は、重々しく口を開いた。




