第3章 立ち塞がる者-10
幾度かの交錯と激突の後、両者は再び大地に足を着けた。
互いの攻撃は未だ致命の一撃には届かず、さりとて消耗と言えるほどの消耗にも至っていない。
天使級の力を持つヴェインと、その場にある悪意からいくらでも魔力を供給しうる琉衣夜。
極論、この二人に消耗戦の概念は存在しない。
無限に等しい蓄積と無限に等しい供給。
この二つが戦いに至ったとして、その戦いに衰弱による敗北はあり得ない。
あるとすれば、互いに出力できない状態に至った時。
されど、それは単純な疲労ではなし得ないだろう。
小さくため息を吐きながら、琉衣夜はゴキリと首を鳴らす。
「随分とまあ良い掘り出し物を拾ったもんだ。やれるタイプだとは思ってたけど、ここまでやるとは正直思ってなかったぜ」
「余裕だなぁ。こっちも良い加減ギブアップしてくれるとありがてぇんだが」
「そうしたらお前、研究所襲うだろ? それを放置するわけにはいかないんだよ」
「じゃあ平行線だ。俺は先に進む、お前は進ませねぇ。こっから話は進まねぇよ」
「だから困ってるんだよな」
どこまで行っても平行線。
故にこそ、この二人は戦い合うしか選択肢がない。
ヴェインの事情は知らないし知るつもりもないが、随分とまあ“罪咎の巣”も恨まれたものだ。
天使級の力を持つ者を味方に取り込むどころか、敵対されて研究所を破壊された日にはどれほどの損害が出るやら。
根本的に魔導師そのものが組織として動くには非常に使いにくい連中なので、完全にコントロールできないのも当たり前といえば当たり前なのだが。
やれやれ、と琉衣夜は再びため息を吐く。
刹那、両者の力が再度激突した。
広げられた白の両翼が琉衣夜を叩き潰さんと左右から迫るも、その瞬間にはもはや彼の姿はそこにない。
“黒”の噴射で空へと身を躍らせた琉衣夜は、そのまま上空から何百もの羽を撒き散らす。
降り注ぐ黒羽は霰のように降り注ぎ、敵を食い潰さんとばかりに襲いかかる。
その程度なら、何も問題もない。
ヴェインは空ぶった翼に力を込めて空へと薙ぎ払う。
翼はおろか、振り払われた際の爆風にさえ魔力が込められた一閃には、いかに“黒”の羽といえど叶わず吹き散らされてしまう。
動きが鈍ったのは、一秒にも満たないだろう。
加えて、その間にも彼には一切の隙がない。
迎撃の隙をついて、などと考えていれば痛烈なカウンターを受けていたことだろう。
だが、予想に反して琉衣夜は動かない。
それどころかこちらから距離を取り、小さく息をつく始末だ。
こちらの見込みが過剰だったか。
そうヴェインがわずかに落胆の色を見せようとした、
その時。
ヴェインの背をぞくりとした悪寒が通り抜ける。
(何だ……)
琉衣夜はこちらを見てさえいない。
集中するためか目を閉じ、ブツブツと何かを詠唱している。
それだけだ。
それだけのはずなのに、何故か悪い予感が止まらない。
(何だッてンだ……ッ!)
ゾワリと沸き立つ心のままに、ヴェインは両翼を動かした。
こちらを見ないのであれば、そのまま叩き潰されるだろう。
こちらを見て対応するのであれば、相手の動きは阻害できるはずだ。
そう考えて振り下ろした両翼は、しかし相手の元まで届かなかった。
ざしゅり、という音と共に、一撃で引き裂かれたが故に。
「なン、だとォ……ッ!」
ヴェインの喉がひくり、と嫌な動きを見せる。
これまでのやり取りの中で、琉衣夜が直接的に白翼を攻撃することはなかった。
逸らすにせよ往なすにせよ、とにかく真正面から受けることすら避けていたはずだ。
だというのに。
今、眼前で起きた光景は何だ。
「何だッてンだ、テメェはよォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
咆哮と同時に、背中の翼が復元される。
ただ一度翼が破壊されただけでは、戦況は変わらない。
その程度で底がつくほど、彼の力は脆弱ではない。
だというのに、この感覚はなんだ。
この背筋をぞくぞくと這い回る気色の悪い感触はなんだ。
そして、なにより。
あいつが今、手に持っているものは一体なんだ。
琉衣夜が手に握るのは、端から端まで一切の光を見せない真っ黒の槍だった。
魔力はおろか光さえも吸収し、その全てを飲み込んでしまうほどの黒。
自分の目がおかしくなってしまったのかと錯覚するほどに黒に染まり切ったその槍は、まるでその場から浮いているように見えた。
琉衣夜はその槍を強く握りしめる。
途端、槍は鼓動するかのようにひときわ強く力を放ち、世界にその存在を示した。
琉衣夜はそれを、取り回しを確かめるように何度か右手で振り回す。
調子は十分。
それに、ただの天使であればこれ以上のお膳立てもいらないだろう。
「さて、挑戦の時間だ。降りる(フォールド)なら、今の内に言ってくれ」
琉衣夜は囁き敵へ視線を向ける。
その視線をヴェインは受け止めた。
そう、彼は視線を受け止める。
決してそらすことはない。
琉衣夜はそれにふう、と一つ息を吐き、黒槍を握り直した。
刹那、琉衣夜は残像すら幻視するほどの速度で進撃する。
真黒に染め上げられた脚が、秒にも満たない速度で両者の距離を殺す。
ほんのわずかに後ろへ下げられた黒槍が、満身の勢いとともに突き出された。
対し、ヴェインは左手に天使の力を収束させ、漆黒の槍を迎え撃つ。
そして、白の光輝と黒の爪牙が激突した。
激突の瞬間、その場からは音さえも消し飛んだ。
互いの目を焼き切らんばかりの閃光が辺りを蹂躙し、続いてようやく衝突の衝撃波が音を伴って吹き荒れる。
純白と真黒は互いに互いを喰らい潰さんと蝕み合い、侵し合い、
そして、ついにその拮抗が崩壊する。
刹那、爆風とともに肉を引き裂く音が響き渡った。




