第3章 立ち塞がる者-7
「……随分と遅いな」
「じゃのぉ。包んでもらっておいて正解じゃな」
もぐもぐと口を動かしながら、二人は顔を見合わせて首をかしげる。
瑠奈が研究室へ向かってから三時間ほどが過ぎただろうか。
普段の研究でもそろそろ終わってもおかしくない時間なのだが、いまだに少女は戻ってこない。
流石の二人も待ちきれず、食堂の許可を得て大量に包んでもらった上で、部屋でもしゃもしゃ食べてる次第である。
アホみたいな量を持って帰ってきただけあって、静の胃を満足させた上で瑠奈のために十分な量を残すことができそうだ。
「にしても、本当に珍しいな。こんな時間にこんな長い実験が入るとは」
「……ふむ。なんぞ、妙なことでも起きてなければ良いが」
「さて、どうしたものか」
「何かしでかす気か?」
「やるべきなのか、悩んでる。現状、特に問題なさそうだしな」
二人の間につながっている“破れぬ誓い”のパイプは今も特に問題なく稼働し続けている。
瑠奈の危機には何かしらの警告を送ってくるであろう繋がりは、変わりなく動いている。
正直、動き始めるのはその辺りが反応をしてからでも遅くはない。
故にこそ、琉衣夜は動くべきなのか悩んでいた。
「毒の類も別に入っておらんようじゃしな」
「魔導師に毒って効くのか? 下手な毒だと入れるだけ無駄な気もするが」
「知っておれば対応できるじゃろうが、科学分野に疎い奴も多いからの。美咲、とか言ったか。あれみたいなものよ」
「あいつの機械下手はまた別な気もするけどな……」
もしゃもしゃ口を動かしながら、静はあっけらかんと答える。
まあ知っていれば対応できる、知らなければ対応できないのは魔導に限らないだろうが。
一応琉衣夜の“黒”も走らせたものの、こちらに危害を与える何かしらは入っていなかった。
「食堂の飯で他の奴らに毒が回っても面倒だろうしな」
「ま、死ぬとしても私だけだろうよ。おんしは気にする必要はなかろうて」
「笑えねえよ」
ケタケタと笑う静に、半目で答える琉衣夜。
こんなことを言う余裕もある現状、特にこちらから事を荒立てる必要もないだろう。
そう、考えていた。
だが、状況は一瞬で変化する。
ぴくりと、琉衣夜が眉を潜める。
ほぼ時を同じくして、静も食事の手を止めていた。
彼らの感知範囲の内に、突如現れた反応が一つ。
しかも、その反応はこちらへの敵意を隠しもしていない。
「この反応は……あいつか。面倒くせえな」
「じゃから、あのタイミングで殴り倒しておけばよかろうに」
「だなあ、まずったかもしれない」
唇を尖らせる琉衣夜。
とはいえ、過去のことを悔やんでいても現実は変わらない。
早急に対応を考える必要がある。
まあ、この二人であれば動き方もほぼ固定されるわけだが。
「んじゃ、俺が殴ってくるわ。一応、静の方は瑠奈と合流してくれ」
「ふむ、待機でなくて良いのか」
「マジで念のためだけどな。過剰なくらいがちょうど良いだろ」
「了解した。まあ、不機嫌なお嬢様にサンドイッチくらいは差し入れしてやるかの」
静は適当にサンドイッチの包みを手に取り、朗らかに微笑む。
「気をつけろよ」と囁く彼女の声に、こちらを心配する色は見えない。
対する琉衣夜もニンマリと唇の端を釣り上げた。
「じゃ、また後で」
「うむ、ではの」
静の返事が聞こえるかどうかと言うところで、琉衣夜は窓から体を躍らせる。
音もなく着地をした次の瞬間、彼の足は地面を深々と踏み込んで一気に前進を開始した。
風を切り裂くその体は目標までの距離を数秒で殺し、その目が暗闇に潜む敵の姿を捉える。
ジャリ、という音に、青年の目がこちらを向いた。
その表情には一切の余裕がない。
その顔を見ただけで、琉衣夜の口元もキュッと絞られる。
「おいおい、随分な顔じゃねえか。寝不足なんじゃねえのか」
「…………」
「そんな余裕もないってか。……やるかい」
青年の目が鋭く細められ、その全身からこれまでとは質の違う覇気が放たれる。
間違いない、やる気だ。
そうでなくては、こんな闘気を放って威嚇する必要はない。
「そうこなくちゃ」
深々とこの口元に笑みをたたえ、琉衣夜もまた拳を握る。
侵入者と迎撃者。
何度か遭遇した二人が、ついに激突せんとしていた。




