第3章 立ち塞がる者-1
「……で、琉衣夜。何か釈明はあるの?」
「イエ、ナイデス」
部屋の真ん中で堂々と仁王立ちをしながら問いかけてくる瑠奈に対して、琉衣夜はそれ以上言葉を返すことができずにいた。
別に強制された訳でもないのに、その全身から放たれるオーラに圧されて琉衣夜は自然と正座の体制を取っていた。
なお同罪のはずの静は我関せずといった調子で、窓際でコーヒーを嗜んでいる。
なんで自分だけ、と思わなくもないがそんなそぶりを見せようものなら、より長引くに決まっている。
大人しく下を見つめたまま、彼は少女の言葉を待っていた。
「私が研究の手伝いをしている間に随分と楽しんでたみたいね。どこに行ってたの?」
「それは、えーと……」
「ど こ に 行 っ て た の!?」
「……近くの町のカフェ。久々に羽を伸ばそうと思ってな」
甘いコーヒーはこりごりだ、と唇を尖らせる。
それに対し、瑠奈は「それはまあ、そうかも……」とほんのわずかにその気迫を緩めた。
が、それも一瞬の事。
すぐにその表情が険しいものに戻ったかと思えば、早口でまくし立ててくる。
「で、でもさ、それなら私の事誘ってくれても良かったじゃない?」
「いや、研究なら邪魔しちゃ悪いだろ……そもそも、呼ばれた理由もそれなんだし」
「じゃあ私の分のコーヒーも買ってきてくれたって良くない?」
「お前別に甘いもの苦手じゃないじゃん……」
「ぐぬぬぅ……で、でもさでもさ」
「わかったわかった、じゃあこうしよう」
ふくれっ面のまま何かをさらに言いつのろうとする瑠奈に、琉衣夜はため息をつきながら言葉を返す。
このまま放っておいても不満を募らせて爆発しかねない。
そうなったらリカバリーが大変だ。
そうなる前にどうにか収めてやる必要がある。
「研究が終わった後、一緒に連れていってやるからさ。観光に行こうぜ」
「……ほんと?」
「ああ。今回は別用もあったから近くの町にしか行ってないけど、ミラノとかヴェネツィアとかいけないこともないだろ。せっかくイタリアに来たんだ、観光地も見て回ろうぜ」
実際、琉衣夜も興味がない訳ではない。
こう言う事情でもなければ滅多にこられない場所だ。
せっかくだから回りたい場所は色々とある。
「今日今から、ってのは流石に難しいけどさ。またタイミングを見て一緒に行こうぜ。俺も見に行きたい所あるから」
「……じゃあ、その時に美味しいお店に連れてって。そしたら許してあげる」
「わかった。そのぐらいならお安い御用だ」
両手を掲げて降参の旨を示すと、ようやく瑠奈の表情が軟化する。
それを見て静がほんのり唇を尖らせていたが、互いに互いの表情を見るのに集中している二人はそれに気づかない。
「かわいらしいのぉ、瑠奈。今日は一服しに行っただけじゃと言うのに」
「私も外行きたいもの。何か美味しいものあった、静?」
「コーヒーと……なんじゃったかの、あのピザの具を挟んだパンは」
「パニーニのことか?」
「そうじゃ、そうじゃ。パニーニとやらをつまんだ程度よ」
「え、本当にそれだけ? なんでわざわざ出かけたのよ」
「いやだから、マジでコーヒーと朝食摘みに行っただけだって……」
そう言いながら、琉衣夜は静に「そうだよな?」と視線を送る。
静にはヴェインと接触したことは黙っておくようにお願いをしている。
瑠奈には研究に集中してほしいこともあるが、それ以上に余計な心配をかけたくないと言うのが一番の理由だ。
その意図をきちんと受け取ったのか、静は「ふむ」とかすかに微笑んで口を開く。
「その通りじゃよ、瑠奈。とはいえ、山の途中にある小さな街じゃ。さほど見るものも無かった故、さっさと戻ってきたのじゃよ」
ほれ、と静は瑠奈に撮ってきた写真を見せながら話をしていた。
ここの店員が優しかっただの、ここからの風景が綺麗だっただのといった大したことはないやりとりだが、それでだいぶ瑠奈の気持ちも和らいだらしい。
それを見て取った琉衣夜が安堵の吐息を漏らしていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
「あ、琉衣夜さんもこちらでしたか。昼食の時間ですよ」
「ありがたい。すぐにいくよ」
「ええ、お待ちしております」
扉を叩いたのはロレンツォだった。
これ幸いとばかりに二人に声をかけ、「さっさと行こうぜ」と部屋を出る。
が、食堂へ入る直前、瑠奈がひっそりと琉衣夜にしか聞こえない声で囁いた。
「……次のお出かけ、楽しみにしてるからね?」
「……わかったよ」
答えると、瑠奈はひまわりのような笑顔を浮かべて静と食事を取りに行く。
これは、ちょっとやそっとでは納得してもらえないことだろう。
(後でロレンツォに観光名所でも聞いとくか……)
一杯のコーヒーが随分とお高くついたことにため息をつきながら、琉衣夜も自分の昼食を取りに行くのだった。




