第2章 追い縋る者-11
「さて、うまいコーヒーも手に入ったことだし、ゆったり話をするとしようか」
「…………」
ギリ、と歯を食いしばった表情の青年に余裕の笑みを浮かべながら、琉衣夜は手元のコーヒーを口に含む。
久々に飲む無糖コーヒーに舌鼓を打っていると、隣の静が脇腹を突いてきた。
「おんし、コーヒーで感動してる場合じゃなかろ」
「いやいや、普通のコーヒーが飲めることは感動することだろ。なあ、お前もそう思うだろ?」
「クッソどォでもいい」
「そうか、そりゃ残念だ」
どうやらこの場で味方をしてくれる人はいないらしい。
青年はこちらを全く信用していない目で見ているし、静も声にはださないものの「何がしたいんじゃ、おんし」という視線をぶつけてきている。
せっかく優雅なひと時だというのに、無粋なものだ。
とはいえ、話が進まないのも事実か。
そう考えて、琉衣夜はコーヒーカップをテーブルに置く。
「なあ、襲撃者君。……こうやって呼ぶのも、なんか良くないな。名前は?」
「何でテメェに言わねェといけねェンだ」
「別に俺は構わないけど、周りから変な目で見られるのはお前だぞ?」
「チッ。……ヴェインだ」
「わかりやすく偽名だなあ。まあ本名教えられても困るけど」
クスクスと意地悪い笑みを浮かべながら、琉衣夜は青年—ヴェインへと語りかける。
「理由を教えてくれないかな。わざわざ単独であんな辺鄙な研究所に襲撃をかける理由。もちろんあるんだろ?」
「何でテメェに教えなきャなンねェンだ」
「単純な話さ。俺はあそこに大事な人がいる。だから降りかかる火の粉は払う。当然だよな?」
片目をつぶりながら指をひょいひょいと踊らせる琉衣夜。
けどな、と一旦言葉を区切りコーヒーをさらに一口飲んでから、再度話を続ける。
「裏を返せば、別に俺はお前と戦う義理はないんだ。俺達はあと二十日くらい滞在する。それ以降はこの研究所にとどまる予定はない。だから、その後はどうしてくれても構わないって訳だ」
「……どォやッて信じろッてンだよ」
「ほれ、帰りのチケット。日付も入ってるだろ? 少なくともこれの翌日にはもういないさ」
ポケットから取り出した液晶携帯を起動し、保存していたチケットのデータを開いてヴェインへと見せる。
別に名前を見られても、日付を知られてもどうってことはない。
来るなら倒すだけだ。これで退いてくれるならそれに越したことはない。
ヴェインはそのチケットを食い入るように眺める。
だが、数秒ほどしてからこちらへと鋭い視線を戻した。
「お前が俺に対してこんなことをするメリットは何だよ」
「さっきも言ったろ。俺は俺で守りたいものがあるんだよ。別に良いんだぜ、来てくれても。その時は遠慮なく殴り飛ばすだけだからよ」
面倒なことはしたくないんだよ、と言いながら、彼はコーヒーカップを握る腕に“黒”を走らせた。
他の人からは見えないだろうが、こちらへ意識を集中させているヴェインがそれを見落とすはずもない。
その口元がさらに強く噛み締められたことからも、こちらの牽制は聞いているのだろう。
それに。
「お前単独なら、俺一人でもどうにかなるしな。どうせお友達もいないタチだろ?」
「…………ッ!」
ビンゴ。
ヴェインの反応を見て、さらに内心ほくそ笑む琉衣夜。
ヴェインの後ろ盾はいない、もしくは無きに等しい。
もちろんこれも含めて相手の計略だったのであれば大したものだが、であればこんなにわかりやすい男を放置することもないだろう。
単独犯、かつ実力的にこちらの方が上なのであれば、これ以上対処しやすいものもない。
「こっちはこっちで探らせてもらったが、特にお外で悪さを助けてくれるダチもいないとくれば、こっちとすりゃあわざわざ殴り合うのが面倒でな。だからよ、ここは一つ時間をあけてくれると嬉しんだけどな〜」
「ッ、て、メェ……ッ!」
「良いんだぜ、別に俺としちゃあ殴り合いの相手が来てくれるだけで楽しみだからよ。ただ、お前も何かしらの目的があるんだろ? だったら達成しやすい時にしてくれれば良いと思うんだけどな〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、わざと相手をおちょくるような語調で琉衣夜はさらに言ってのける。
ヴェインの表情は非常にわかりやすい。
こちらの言葉をそのまま飲み込むのもはばかられるが、かと言って別の選択肢を考えるのも難しい。
退くことが出来ないのに、前に進むことすら超難度。
そんな状態の男がする、非常にわかりやすい渋面。
「んで、どうするよ。つってもまあ、契約とかをするつもりはねえから、好きにしろや」
「…………」
「ま、また来てくれても良いけどな。その時は遠慮なく潰すからよ」
「…………ッ!」
行こうか、と静に目配せをし、そのまま席を立つ。
代金は注文の際に支払っているため、止められるようなこともない。
彼らはベルの音を聞きながら悠々と退店していった。
「良いのか、敵を放置しておいて。ここで潰しておく方が、色々と簡単じゃろ」
「別に、俺一人でどうにかなるような敵を放置するぶんにゃ問題ないだろ。むしろこんな白昼堂々と人を殴り倒したりした日には、こっちがブタ箱行きだ」
「まあ、確かにの」
ふむ、と顎に手をやりながら静は琉衣夜の意見に同意する。
護衛が琉衣夜一人ならいざ知らず、今は彼女の周りに静もいる。
天使研究所の戦力を考慮せずとも、この二人であれば大体の敵は迎撃しうるだろう。
そもそも護衛対象がこの二人よりも強大な力を持っている時点で、割と破綻しているような見積もりだが……。
「そういう訳だ。別に殴りかかられたらその時だ。今はバカンスを楽しむとしようぜ」
「ふむ、では今度はあちらに行こうぞ」
「一応、理由を聞いて良いか?」
「うまそうな匂いがする。おんし、羽振りは良いじゃろ」
「当然のごとくたかる気かよ……」
「普段の稽古代と思えば安いもんじゃろ」
「……まあ、確かに」
「ほれほれ、甲斐性を見せてくりゃれ〜?」
クスクスと意地悪な笑みを浮かべる静に翻弄されながらも、琉衣夜はため息をつきながらその後を追う。
実際問題、彼女には日々の稽古に万一の際の瑠奈の護衛にと色々お世話になっているのは間違いない。
ここでその負債を多少なりと軽くしてくれるというのならば、万々歳だった。
「で、お嬢様? 何をご所望で」
「随分と気のいい質問ではないか。ではそうじゃの〜……」
楽しそうに笑った静に振り回されながら、午前中ののどかな街を二人は歩いていく。
なお、戻った際にスイーツの匂いが取りきれておらず、瑠奈にバレてお説教を受けたことは、また別のお話である。




