第2章 追い縋る者-10
青年は、言いようのしれない焦燥感に襲われていた。
どうすれば良いのかが未だにわからず、その焦りは気をぬくと爪を噛んでしまう仕草に現れている。
周りの人からの視線で気づいてそれを止めるものの、視線がなくなったらその手はいつの間にか口元へ動く。
それほどに、余裕のない状態が続いていた。
(どうすりャあ良いンだ。もう数日経ッてンのに、未だにどうすりャ良いのかわかンねぇ)
ガムでも買えばよかった、と一瞬歯噛みするも今から戻るのも億劫だ。
ギリギリと歯を軋らせながら、彼は宿までの道を歩いていく。
研究所から襲撃した時に幾らかの金を奪うことができたのは、不幸中の幸いだった。そのおかげで彼は今も生活できている。
だが、その金額とてずっと続くわけではない。
それに、それよりももっと気にしないといけないことがある。
(何なンだ、あのクソヤロォ……。潰すこともできねェし、かと言って侵入すンのもできなかッた。このままじャ、俺の目的を達成すンのも難しい。……どォしたもンか)
ガリ、と再び爪を噛んでしまう。
強く噛みすぎたのか、爪から鉄の香りが口の中に広がった。
「クソッタレ」と呟きながら、彼は痛みを紛らわせるように手をブンブンと振る。
あの研究所へ再度侵入しようとした際に邪魔をしてきた男。
全身から真っ黒なオーラを漂わせてこちらを嘲笑ってきた男。
あっさりとこちらを殴り抜いてきた男。
そう、まるで今彼の泊まっているゲストハウスの前に立っているような……。
「お、やっと来たか」
「……ンだァ、テメェ」
「おいおい、ずっと待っていたのに随分な調子じゃないか」
そこに立っていたのは、昨日も顔を合わせた男だった。
明るい所で見ると、随分と若く見える。
学生だろうか。アジア系の顔立ちをしている割に、随分とこの空間に何でいるが。
「ま、せっかく会いに来たんだ。こっちもお前に話があるからよ。少し時間をくれや」
「……断ッたらどォする」
「ん? 力ずくで色々と聞く形になるかな」
ごきり、と首を鳴らしながら眼前の男はにやぁと笑みを深める。
その背後からすっ、と一人の少女が姿を現した。
少女の目は恐ろしく鋭い。彼女もただの観光客ではないだろう。
二対一。その上一人は自分より強いのが確定している。
であれば、断っても利はないだろう。
「……ちょっと待ッとけ。荷物だけ置いてくる」
「良いだろう。ここで待ってるぜ」
「……クソッタレ」
男はヘラヘラとした笑みを崩さず、寄りかかっていた壁に再度体をもたせかける。
その余裕の表情は一切変わらない。
こちらが何をしようと、どうにでも対応する自信があるのだろう。
それは端的に彼我の実力差が現れていて。
「……クソッタレ」
もう一つ吐き捨て、彼は部屋への階段を上っていく。
何を言いだされるのか、そんなことを考えながら。




