第2章 追い縋る者-7
「やはり、彼らに来てもらったのは正解でしたねぇ」
観測された数値に目を通しながら、ミランは一人囁いた。
その口元にはいつもよりわずかに深い笑みが刻まれている。
大天使の器もそうだが、彼ら二人の力も予想していたよりも随分と強大なものだった。
天使の少女とは異なって通常の観測魔導で観測できる範囲ではあるものの、それでも通常の魔導師を百人集めるより価値ある二人だと言えるだろう。
それに、素人目に見ても戦闘に慣れている。
そも“黒翼”と“東方不敗”といえば、極東で昨今急激に名を挙げた二人だ。その二人が互いに切磋琢磨しているのであれば、なるほどあれだけの力がキュ劇に成長するのもわからなくはない。
(しかし……要因はそれだけではないようですね。やはり、大天使の護衛という役割に魔導的意味が宿っているのか)
魔導における役割とは、普通の人間が行うロールプレイとは一線を画する。
そもそも魔導とは場を区切り、無数に存在する逸話の中から選び出された役割を特定のものに与えることでより強い力を発揮する。
例えば、ただそこに置かれ続けているだけの人形が、噂され続けることで呪いの人形へと変貌するように。
例えば、かつて人が死んだ場が多くの人間に崇拝され続けることで聖地としての価値を持つように。
与えられた役割はその存在を強く縛ると同時に、それに比例するだけの強大な力を時として与える。
ただの人間であってもそれをなし得るのだから、いわんや大天使の器をや、といったところだろうか。
「大天使を護る者としての役割を与えることで、本来持ち得ない力を与える訳ですか。応用すれば、色々と使えそうですね。……とはいえ、天使の力を持つことが条件ならば、随分と限定されますが」
やれやれ、と首を振り、彼は手に持つ書類を机に置く。
条件が何なのかきちんとわからない以上、他の術式に使うのは難しい。不安定な術式を組み込めば、訳のわからない暴走をする可能性さえある。
まだ理論以上の何物でもない。
だが、これを解き明かすことが出来れば、ミランの研究はさらに前進することになるだろう。
「いくつもの語り継がれてきた物語、その中に眠る幾つもの逸話……。それを再現することができるのであれば、生きている間に再現したいものです」
彼の眼に映るのは、本棚の一角。
そこに収められているのは、いくつもの物語。
例えば、聖剣を手にした若者が一国の王となるお話。
例えば、妖精に魅入られた少女が一つの国を滅ぼすお話。
彼の手によってボロボロに擦り切れるまで何度も何度も読み返されたお伽話。
だが、この全てが本当にただのお伽話なのか。
魔導が存在するこの世界において、本当にただの物語の中のお話なのか。
否。
決して否だ。
ただの物語とは言わせない。
例えば、“欠けたる剣”は英国に未だ保存されている。
ただの人間からすれば過去の遺物に過ぎない。
されどあの剣が持つ魔導的意味は非常に大きい。
例えば、八岐大蛇の尾より見出された剣。
幾千もの時を超えて未だ滅びぬかの刃は、これまでに手に持ってきた持ち主の経験を全て引き継ぎ、新たな持ち主へ力を貸し与えるという。
そして。
聖書の中にしか存在しないと言われていたはずの大天使は、今彼の目前に存在している。
であれば、その他の物語がただの絵空事とは言い難い。
そして、かつての偉人が生み出すことができたのであれば、今を生きる者たちに成し遂げられぬ訳はない。
「ようやく手に入れた機会です。あなた方には、まだまだ役に立っていただきますよ」
そう言いながら、彼はメガネを再度元の位置に戻す。
その顔に浮かぶのは、ぐちゃりと裂けた深い笑み。
くっくっと笑う彼を、咎める者は未だ現れない。




