第2章 追い縋る者-5
「しかしよう逃したの、おんし」
「んぁ?」
朝食から少し時間が経った頃。
瑠奈が何やら色々と検査を受けている最中、琉衣夜と静は彼の部屋でだらりと過ごしていた。
昨日の襲撃に時差ボケも相まって、琉衣夜は多少体調を崩し気味だった。眠気も加わってまどろんでいたが、体内時計のことを考えると爆睡する訳にもいかない。
辛うじて彼に許されたのは、やけにピンピンしている静と一緒にのんびりと過ごすことだった。
そんな中、静が琉衣夜にポツリと問いかける。
「いや、瑠奈を狙った相手であれば容赦せんじゃろ。よう逃す余裕があったもんじゃな」
「……まじで弱かったからな」
そう一言呟くと、琉衣夜は唇をへの字に曲げる。
その表情で彼の不満がありありと見て取れた。
「魔力量はそれなりにあったんだ。それこそ頑張れば良い所まで行けるだろうな、って期待するぐらいには。でも、そこ止まりだ。実力が伴わないと、宝の持ち腐れだよ」
「はは、随分と辛口じゃな。まあ傷一つ負わずに戻ってきたのじゃから、事実なのだろうが」
「……そりゃあ、お前に比べるとなぁ」
「ほう、随分と評価してくれとるんじゃな」
「毎日あんだけ殴り合ってれば、な。求めるものも引き上げられて当然だったのかもな」
「嬉しいことを言うてくれるの」
静はにやにやと笑いながらそう言うが、琉衣夜は目を閉じたまま表情を変えない。
肌身で感じる魔力量は昨日の敵の方が多かったが、静のそれとは全く毛色が違う。
静のそれは、ただ魔力が多いだけでは無い。
神器を十全に扱えるだけの修練を収めた者だけが纏い得る、洗練された闘気。
魔力量こそ化け物じみたものでは無いとはいえ、それを巧みに操りこちらを圧倒する技量。
そして、何より。
強者に出会ってなお笑えるだけの、戦うに足る理由。
その全てが、彼女には兼ね備えられている。
ただ銃を持っていることと、その銃を持って戦場を生き抜くことは、また別。
それを端的に表した出来事だったように思える。
「まあ、もしも経験を積んでより強くなって戻ってきたら……そん時はもうちょい楽しめるんじゃねえかな」
「経験、のう。おいそれと積めるものでは無いがの」
「そうなんだよなあ……それが簡単に出来れば、苦労もしないんだが」
二人して、得心いったように頷く。
今はある程度満足しているものの、共に研鑽しうる相手を求めていた二人だ。
好敵手というものがそう簡単には見つけられないということなど、この二人は重々理解している。
それでも求め続けたからこそ琉衣夜は幾多の夜を越えてきたし、故にこそ静は“東方不敗”などという物々しい称号を得るに至ったのだ。
今は互いに互いが好敵手足り得ると理解しているからこそこの関係が生まれているが、この関係を作るに至るまでお互い散々遠回りをしてきた訳で。
「自分で言うのもなんだけどさ……俺は、随分恵まれてると思ったよ」
「そうか。おんしにそう言ってもらえるのは、私としてもやぶさかでは無い」
くすりと微笑んで、静はそう答える。
日々拳を交えて訓練を重ねているだけあり、重ねた時間に比べて相互理解は進んでいるのだろう。
この辺りの価値観は、割と重なる部分が多かった。
「まあ、そう自分で言うからには今日も頑張ってくれるんじゃろ? 早く治して、殴っても良いようにしてもらわんとの」
「……あー、夕方にはなんとか」
「ふふん、楽しみにしておるぞ。というか、まだ抜けんのか?」
「眠い、というかだるい感じなんだよな。二人が平気なのがよくわからないけど」
「ふむ、熱はあるのかの」
そう言って、静はひょいとこちらへと手を伸ばした。
その手がさらりと前髪をかき分けて琉衣夜の額へと触れる。
ひんやりとした感触がしゅるりと額を通り、自分の体との温度差にびくりと体が震えた。
「ふむ、熱はないようじゃが寒気があるようじゃな。風邪の可能性もあるんではないか?」
「……いや、そんなことはないと思う」
「んん? しかし、今震えていたではないか。むう、もう一度確認した方が良いかの」
「いや、もう良いから……」
「ふうむ、先ほどより熱い気がするが……顔も赤くなってきているぞ?」
「もう良いって」
体をペタペタと触ってくる静の手を、グイッと跳ね除けようとする。
その時、ガリャリと音を立てて扉が開いた。
音の方向へ、グギギと油の切れたからくり人形のような挙動で顔を向ける。
そこに立っていたのは。
「……ええと瑠奈、さん?」
「……人がやりたくない研究の手伝いをしてる時に、しんどいから休憩してるって聞いてたのに、随分と楽しそうだね?」
「いや、これはそういうことじゃなくてだな……」
弁明をしようと口を開くが、その目は半開きになっている。
半眼になったその目からは昏い輝きが放たれていた。
どうやら、昼飯の前に一つとんでもない戦いが始まるらしい。
琉衣夜は気だるい体に鞭を打ちながら、口を開くのだった。




