第2章 追い縋る者-3
「さぁて、楽しませてもらおうか」
そう、獰猛な笑みを浮かべて囁くと、襲撃者はこちらへ視線を向ける。
真っ暗で見えにくいが、琉衣夜と同じくらいの体格の男だろうか。
その目だけがギラギラと真紅に輝いていた。
「……誰だ、お前」
「よぉ、随分と楽しそうにしてるじゃねぇか。招待してくれたろ? 来てやったぜ」
「……記憶にねェンだが」
「そんだけ戦意撒き散らしておいて、知らねぇは無いだろ」
「そォかよ」
首を傾げている男。声色から察するに年代も同じくらいだろうか。
もしかしたら、これまでこういった状況になったことがないのだろうか。
「ま、この先に行かせるわけにはいかないんで……下がってくれないなら、やり合うしかないわけなんだが」
「……どけ」
「どかねえよ。しゃあない、やるか」
ごきり、と首を鳴らして琉衣夜は笑みを深める。
対して男の目はさらに鋭く、きつい目へと変化した。
二人から発される雰囲気が一気に冷たく鋭いものへと移り変わり、その場が戦場と成る。
口火を切ったのは、男の方だった。
こちらへと手のひらを向け、一気に魔力を収束させてこちらへと解き放つ。
集中された魔力はただそれだけで砲火へと変化し、琉衣夜へと襲いかかる。
「……その程度じゃ、届かねえよ」
されど、言葉通りその程度では届かない。
ずるりと大地から這い出た黒腕が魔砲をあっさりと受け止め、その魔力を全て食い散らかしてしまう。
返す刀で右腕を振り、ざざざざ!! という凄まじい音と共に漆黒の波濤が地より現れ進撃を開始した。
高さは十数メートルにも達するだろうか。
ただの人間には避けえぬ一撃。されど、この程度の応酬はある程度の戦歴を持つ魔導師であれば余裕で対応できるだろう。
「テメェこそ、なめてンじゃねェぞ」
「ま、そのくらいはそうだよなあ」
囁く声が届いた瞬間、爆発のような音が響いて男の体が一気に跳躍した。
真っ黒な波を一気に飛び越えて、男の視界が再び開く。
瞬間、男の目が見開かれた。
「そのくらいは越えてくれねえと、こっちが楽しくないよなぁ!!」
猛り叫ぶ声と共に、琉衣夜の体が夜空を割いた。
ぎちぎちと握り締められた拳が、風を引き裂いて男へと振るわれる。
舌打ちと共に、男は体をひねって逃れようとした。
だが、その方向には既に“黒”が配置されている。背中から放たれた漆黒の翼が数十にも分裂して敵の全身を貫かんと降り注いだ。
「クソッタレ!!」
ぎしり、と奥歯を噛み締めて、男は全身から魔力を再び放出する。
刹那、第二の太陽が夜空に現出した。
「……何なンだよ、テメェはよォ!!」
「それはこっちのセリフだよ、雑魚」
ざり、と両者の足が大地を踏みしめる。
男が生み出した輝きは、既に漆黒の牙に貪り尽くされていた。
その程度の魔力では、もはや“黒”の許容量を越えることはあり得ない。
「この程度でここに来てる時点で、場数が足りてねんだよ。ケガしないうちにさっさと帰りな」
「るッせェな、テメェには関係ェねェ!!」
吼え立て、男は再度距離を詰めようと足を踏み込んだ。
だが、その瞬間には既に琉衣夜が互いの距離を殺していた。
「おっせぇよ、雑魚」
瞬間、ぐしゃりという鈍い音と共に男の頰に琉衣夜の拳が突き刺さった。
“黒”の肉体強化こそかかっているものの、敵の体に“黒”は侵食していない。この程度の敵なら、そもそも食い荒らす必要さえないだろう。
「がッ、グォうあがッ……!」
「随分とヘタレなんだな。この程度でぶっ倒れてちゃ、この先にはいけねえぞ、っと!」
「ご、お……ッ!?」
ドズン、という音を立ててその腹部に琉衣夜のつま先が突き刺さった。
男の体が随分と簡単に放物線を描いて吹き飛んでいく。
ごしゃぁ、という地面に叩きつけられる音が無様に鳴り響いた。
追い詰めるように、こつこつと足音を立てながら距離を詰めていく。
それに対して、男は全身を震わせながら必死に体を起こしていた。
「んで、どうすんだよ。これ以上やるのも弱いものいじめっぽくて好きじゃないんだが」
「……くそっ、ちくしょおっ!!」
泣き叫ぶような声と共に、その全身から魔力が放たれた。
瞬間、幾つもの魔砲が解き放たれ、琉衣夜へと距離を詰めてくる。
ため息をつきながら琉衣夜は“黒”へと命じて漆黒の壁を作り出す。敵の攻撃はあっさりと食い散らかされたが、その間に敵の姿も消えていた。
「……逃げた、か」
気配はどんどん遠ざかっていく。
だが、先ほどの様子だと追いかける価値さえないだろう。
ため息をもう一つ吐いて、琉衣夜はその場から背を向ける。
どうやら、例の襲撃者はこちらに対する襲撃者たり得ないらしい。
燃焼不良な何かを感じながら、彼は二人の元へと戻るのだった。




