第2章 追い縋る者-2
「……あー、こっちシャワーメインだったか」
割り当てられた部屋の風呂場を見て、琉衣夜はわずかにがっかりした表情を浮かべた。
もともと海外では風呂に浸かる文化が少ないとは聞くが、それに加えて山に近い影響もあってか当然のごとくシャワールームだけだった。
ユニットバスでもない辺り、噂は本当だったらしい。
がっつり模擬戦闘をした後だけに、できれば浴槽に浸かりたい所だったが仕方がない。
ため息をつきながらシャワーを済ませ、頭を拭きながら部屋へと戻る。
幸い、ベッドはそれなりに良いものが用意されていた。
寝られるか心配なところではあったが、程よい疲労感も合わせて眠るのには困らなさそうだ。
ぼふん、と音を立ててベッドへ身を鎮める。
枕も程よく柔らかく、移動と訓練で疲れた体は今にも意識を飛ばそうとしていた。
(向こうも、別に問題なさそうだしな……)
瑠奈と静は同室で過ごすことになっている。
本来は一人一部屋ずつあてがわれていたのだが、一応護衛という名目で二人一部屋にしてもらった形だ。
なお、とある一名がいつも通り琉衣夜と同室が良いとごねていたが、いろんな意味で面倒臭いのでお断りさせていただいた。
流石に旅行先で女性が二人いるのに同室になるのは色々と問題になる。
いろんな意味で気にしなさそうなのが、余計にしんどい。
「もう、寝るか……」
枕に顔を埋めたまま目を閉じる。
そのまま意識を闇に沈めようとしたその時。
彼の意識を覚醒させる、妙な気配が部屋を引き裂いた。
(……っ!)
がばり、と体を起こし、その気配の元を探る。
あまりにもわかりやすい高次元の魔力反応。
魔導師の中でも高位に位置するであろう魔力量。
ミランやロレンツォの魔力反応とも別のものであると同時に、わかりやすい感情と共に威圧感がこちらへと向けられていた。
つまり、敵意。
襲撃者の雰囲気だった。
だが、そのあからさまにわかりやすい反応に、琉衣夜は首をかしげる。
「なんだ、この感じ。隠す気ねぇのか、こいつ」
魔力があまりにもわかりやすすぎる。
わざわざこんなに魔力を放出する必要はないはずだ。
まるで自分がここにいると誇示するように、その反応は垂れ流されていた。
ベッドから飛び出し、急いで隣の部屋へと走り寄ってノックする。
内側から開いた静は、既に模造刀を手に構えていた。
「気づいておったか」
「こんだけわかりやすけりゃ、流石にな。瑠奈は?」
「いるよー」
内側から聞こえるのは、ほんわりとした柔らかい声。
ベッドの端に座りながらこちらへひらひらと手を振る彼女は、あまりにも普段通りで。
その姿を見て、緊張した気持ちがほんのわずかに緩む。
「静、瑠奈と一緒にいてくれ。問題ないとは思うが、一応な」
「ふむ、まあそれが妥当じゃろうな。しかし、おんしはどうする」
「そりゃ、決まってんだろ。こんだけわかりやすく喧嘩を売られて、ほっておけるか」
獰猛な笑みを浮かべ、琉衣夜は静へと答える。
その顔には敵に対する嗜虐的な色味と、敵に出会うことができた喜びが入り混じっていた。
「ふむ、しかし私らが出る必要があるかの。この襲撃者が私らを狙ってる訳でもなかろうて」
「瑠奈の到着直前に来てるから、こっちを狙ってる可能性も高いだろ。それに、以前の襲撃でもあんだけボロボロにされてんだから、今回も撃退できるとは限らないしな」
「まぁ、それもそうか。そう言っておるが、良いのか瑠奈」
「良くはないけどさぁ……」
ぷくーっと頬を膨らませながら答える瑠奈。
その表情にはありありと不満の色が浮かんでいるが、されど止めるつもりもないようだ。
「どーせ止めても行くんだもん」
「……ごめん」
「良いよ、ちゃんと帰ってきてくれれば」
けが、しないようにね。
そう言って、瑠奈はぷい、とこちらから視線を逸らした。
その横顔からは心配する気持ちと、されど琉衣夜自身の邪魔をしたくないという感情がぐちゃぐちゃになっているのが垣間見えていて。
「静、悪いけどよろしくな」
「任された。気をつけての」
ひょい、と片手を振って応える静に、琉衣夜は小さく頭を下げて走り始める。
無論、目指す先は魔力反応の根源。
これだけわかりやすく魔力を振りまいている敵に対して、殴り込みをかけるために。
階段を走り降りようかとも考えたが、微妙に遠い。
それよりは部屋の窓から出るほうが早そうだった。
窓を開いてそのまま宙へと身を躍らせる。
瞬間、全身に“黒”を発現させたその背からずるりと真っ黒な翼が現出した。
背中から噴出された魔力をうねらせながら、夜闇を切り裂いてその体が弾丸のように敵の元へと駆け抜けた。
どずん!! という凄まじい衝撃と共に彼の足が大地を捉える。
それに、魔力を放出している源は、こちらをゆったりと振り向いた。
強大な力もつ相手に、笑みを隠せない琉衣夜はぐちゃりと引き裂けた微笑を湛えて呟いた。
「さぁて、楽しませてもらおうか」




