第2章 追い縋る者~1
「で、こうなった訳じゃの」
「いや、何でこうなったのかがさっぱりなんだが」
コキコキと首を鳴らしながらのたまう静に、琉衣夜はげんなりとした表情で答える。
静の手には模造刀が握られており、その服装も動きやすいものに変わっていた。
対して琉衣夜の服装はいつも通りのTシャツジーパンとラフなスタイルである。基本として徒手空拳であることから、彼の方は特に準備は必要なかった。
「流石に刀は持ってきてなかったか」
「荷物検査でひっかるからの。というか、長ものはそもそも持ち込めん」
「まあそりゃそうか」
「呼ぼうと思えば呼べるじゃろうが……呼ぶか?」
「いや、そうするとこの辺更地になるだろ……」
きらりん、と瞳を輝かせて提案してくる静に、死んだ魚の眼で返す。
実際、あの神器は継承者たる静が呼べば応えるだろうが、こんな所で本気は出さないでほしい。
なにせ、と琉衣夜は視線をふい、と動かす。
その先には「がんばれー」と手を振る瑠奈と、楽しげにメガネの位置を直すミランの姿があった。
(得体の知れない奴の前で全力を出せるか、っての)
「ま、模擬戦闘で構わんらしいからの。こっちの得物は模造刀と勾玉だけよ」
「そういや、そっちは問題なかったんだな」
「曰く付きというだけで、材質的には普通のアクセサリじゃからな」
カラカラと笑う静に反論を示すように明滅する勾玉の首飾り。
これでも空気は読めるタイプらしく、人目がある場所では光らないようになっているらしい。
閑話休題。
「んじゃ、早速始めるか。……始めていいんだよな?」
「もちろん。計測の準備はすでに出来ている。いつでも始めてくれたまえ」
「じゃ、やりますかぁ……」
やれやれとでも言いたげな、気だるげな雰囲気で琉衣夜は深く息を吸う。
ゆるく握っていた拳を開き、もう一度ほんの少しだけ力を込めて握り直す。
ただ、それだけで彼の準備は整った。
場を覆う気配が一変する。
緩やかに流れていた空気が一転して突き刺すような鋭さを帯び、烈風のごとく一筋の風が場を払う。
琉衣夜の体勢は変わらない。
しかし、その目は一切の油断なく仮想敵を見つめていた。
敵の挙動を瞬き一つすら見落とさない、そう言わんばかりに。
対する静の佇まいも余裕そのものだった。
口元に浮かぶ笑みはさらに深く刻み込まれ、今まさに起きようとする戦いを前に高ぶる気持ちを隠すことができないらしい。
互いに視線は逸らさない。
何か相手に動きがあればそれに対して即応できるよう、両者共に研ぎ澄まされた気配の中に身を漂わせている。
聞こえるのは、互いの呼吸と自らの心臓の音だけ。
極度に張り詰めた空気がそれ以外を無価値なものへと変化させていく。
そして、火蓋は切って落とされた。
「ふう……っ!」
呼気と同時に琉衣夜の体が跳ねるように飛び出した。
その踏み込みは凄まじく、衝撃が建屋そのものを揺らす。
踏み込みはわずかに一歩。しかし、“黒”がもたらす漆黒の魔力によって強化された身体が、両者の距離をそのただ一歩で殺した。
振りかぶるは右腕。
先ほどとは打って変わって硬く握り締められたその拳が、敵を打ち砕かんと振るわれる。
「……なんの」
対し、静も即座に反応した。
左に構えた模造刀を横薙ぎに払う。
飛び込んでくる球を打ち返すような挙動で振るわれた斬撃は、しかし事前にかけられた自己強化の魔導によって暴力的な一撃へと変化する。
両雄共に引き下がるという選択肢はない。
攻撃を仕掛けた琉衣夜。
迎撃を選んだ静。
互いに一歩も引く気がない両者は、瞬きするほどの速度で接近する。
瞬間、拳と剣が衝突した。
模造刀と拳。
それ以上でもそれ以下でもないはずの得物が、しかし衝突と同時に凄まじいほどの衝撃を放つ。
琉衣夜の踏み込みで震えていた建物はさらなる衝撃波にその身を軋ませ、抗議するように嫌な音を立てていた。
だが、その衝撃の張本人たちはそんな悲痛な叫びなど歯牙にも掛けない。
ギチギチと火花散らすほどの力で互いに鍔迫り合うも決着はつかず、舌打ちをしながら静が刀身を滑らせる形で無理やり琉衣夜の拳を下向きへ往なす。
しかし、琉衣夜もそれに即座に反応し、体勢を崩さず震脚を用いてその運動エネルギーさえも攻撃へと転化する。
踏みこむ力を利用して放たれるアッパーカット。
狙う先は無論、静の顎先。
振り払った衝撃で前に出た頭部を狙うべく、その左腕が振るわれる。
「むぅ……っ!」
小さい動作では追尾される。
そう考えたのか、一つ唸って彼女は体を横へ転がした。
一回転で距離を取り、二回転で体勢を立て直す。そう判断して動いたのだろう回避行動は、しかし琉衣夜にとっても想像の範疇だった。
「甘ぇよ!!」
「ぬう……っ!!」
逃すかと琉衣夜が右手を振り払う。
刹那、彼の手のひらから放たれた“黒”が、まるで砂のように散った。
散らされた挙動こそ砂場の砂のように軽いものだが、しかし主人の指示と共にその動きは一気に変化する。
「襲え、“黒”!」
単純な一言で、数百数千と分裂した漆黒がまるで散弾の如く飛び出した。
動きこそ直線的だが、その速度はまさに弾丸に迫るだろう。
加えて振り払いの挙動で放たれた関係上、その攻撃範囲はえげつないほどに広い。
一度捕まれば、すべての体力と魔力を食い散らかされる暴力的な闇。
それを前に、静も札を切らざるを得なかった。
「……”武の領域”!!」
詠唱と同時に胸元の勾玉が真紅の輝きを放った。
展開されるは紫紺の領域。
発現するのは時空すら歪ませるほどの重力場。
ずずずずず!! という異音すら放ちながら、紫紺の領域内の重力が一気に増大する。
いかな負の想念といえど、物理世界に発現して動き回る以上、物理制約に縛られるのは変わりない。
漆黒の散弾はまとめて地へと叩き潰され、そのまま形も残らぬほど無残に擦り潰されていった。
ひゅう、と息をつく静。
対し琉衣夜も首を回しながら余裕の表情を浮かべている。
「……準備運動はこのぐらいでいいか」
「そうじゃの。飛行機で動けんかった分は解消できたじゃろうて」
「んじゃ、一個ギアをあげようか。……もちろん、ついてこれるよな?」
「よういうわ。おんしの方が負け越してるんじゃぞ?」
「じゃあ、今日取り戻すさ!」
咆哮と同時に、再び琉衣夜が前へ出る。
今度は静も応えるように踏み出していた。
刹那、両者の力が再度激突し。
瞬間、本日一番の激震が建物を襲った。




