第1章 手を伸ばす者-5
「……なんだ、この状況」
「少し離れている間に、こんなことが起きるとは」
琉衣夜とロレンツォは目の前に広がる光景を前に、呆然としていた。
目の前に建っているのは、もともと学校だったと思しき建造物だ。
しかし、その建造物は一部が崩壊していた。
レンガを積まれていたであろう壁は完全に倒壊し、ブスブスと未だ消えない煙を上げている。
他にもいくつかの部分が崩れており、まるで戦闘でも発生したかのように痛々しい風景が広がっていた。
「なんかヤバいもんでも扱ってんのか、ここ」
「いや、確かにヤバいものは使ってますけど、こんな風になるとは思えませんね」
「とすれば……襲撃、か」
互いの目を見合い、小さくうなずいて二人は足を踏み出す。
大丈夫だとは思うが、と琉衣夜は後ろを振り返って二人の少女へ声をかけた。
「外で待っていても大丈夫だぞ。静と一緒なら大抵のことは大丈夫だろうし」
「んーん、一緒に行くよ。何かあるとしても、一緒の方がいいでしょ」
「主人がこう言うておるのじゃ、私も一緒に行くぞ。おんしらだけに任せるわけにもいくまいて」
(……まあ、そりゃそうだろうな)
瑠奈も静も、にべもなくその言葉に否定の意を発する。
しょうがない、と言うように彼は軽く手を振り、先を行くロレンツォの後を追う。
何人かの研究員らしき人にロレンツォが話しかける。
対し、彼らはかなりビクついた様子で何かしらを答えていた。
「……瑠奈、イタリア語はわかる?」
「さすがにわかんない。魔導式ならある程度わかるんだけど」
「こっちも一緒だ。せめて英語ならな……でも」
情報を取れない訳ではない。
そう呟き、琉衣夜はトントン、とレンガの床を足で叩いた。
瞬間、主人の意向に伴って“黒”がひっそりと足元から現れ、彼の表皮を辿って右目へと宿る。
刹那、彼の右目はこの場に存在する魔力を見通す瞳へと変貌した。
この場所は、もともと学校として使われていた建物を“罪咎の巣”が買い上げて研究所として使っているらしい。
無論表向きは別の建物として利用されていることになっているが、その実態はガチガチの魔導研究所だ。
こうして目を走らせるだけでも、幾つもの魔導式が情報として脳に飛び込んでくる。
(……天使の術式を取り扱ってるだけあって、強力なものが多いな。やっぱこの辺の霊脈を取り上げて循環型の術式を使っているのか)
術式の内容には見覚えがないものの、その構成は見覚えがある。
琉衣夜は瑠奈との間に使用されている“破れぬ誓い”に近しいものを感じていた。
(“破れぬ誓い”は二人の間で魔力を循環させることで他の術式を補完する形になってたな。ただ、ここの式にそんなややこしい機構を使う必要はない。防衛用の魔導式を常時展開するための、魔導経路がわりに使ってんのか)
この魔導式そのものを経路として、対外防衛魔導の起動を可能にしているらしい。
流石に少し目にしただけで全てを把握できる訳ではないし、彼の目的も今はそれじゃない。
琉衣夜が求めていたのは、こんな状況を生み出した原因だ。
(今も魔導そのものは起動してる。つまり、魔導式の暴走なんかじゃない。それに、この爆発の感じを見てると外から吹き飛ばされてる。……つまり、外部から何かしらの力をかけられてる訳だ)
つまり、この状況を生み出したナニカがいる。
それが敵なのか味方なのかははっきりとしないが、少なくともこちらに対して友好的ではなさそうだ。
ナニカの残滓が残っていないか魔力を走査するも、決定的な証拠を見つけるには至らない。少し時間が経っているらしいので、もう魔力は霧散してしまったのかもしれない。
そこまで一通り思考を進め、彼は“黒”を目から追い出す。
グズグズと駄々をこねるように外へ這い出した“黒”へ謝礼代わりの魔力をほんの少し渡して、琉衣夜はロレンツォの方へと視線を戻した。
彼もちょうど同僚から情報を聞き終えたところだったらしい。
ロレンツォはこちらへと申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「すみませんね、到着した直後にややこしいことになってしまって」
「襲撃を受けたみたいだな」
「話が早いですね。わかるんですか?」
「だと良かったんだがな。あいにく、詳しい所まではわかんねえ」
さっぱりだ、と首を振ると、「そうですか」とロレンツォは少し残念そうな表情を浮かべた。
しかし、すぐに切り替えたのか彼は言葉を続ける。
「その件も重なって、うちの代表がお会いしたいそうです。ご案内しますね」
「あー、まあそうなるか。んじゃ、二人とも行きますか」
「行きましょうか」
「ふむ、そうじゃの」
「よろしくお願いします。では、こちらへ」
ロレンツォに連れられて、三人は研究所を歩き出す。
静は興味なさそうに歩いているが、瑠奈は魔導師として興味があるのかあちこちを色々と見回していた。
琉衣夜も再び“黒”を呼び出し、ロレンツォにバレないようにしながらあちこちへと目を向ける。
襲撃者の情報集めももちろんだが、それ以上に自分の知識に加えられるものがあるなら、といった分が強い。
使えるものはなんでも使う。バレなきゃよかろう、である。
「こちらです。……入りますよ」
「そんなに緊張する相手なの?」
「色々と面倒な相手なので……本当に色々と」
これまで陽気だったロレンツォの表情がわずかに陰る。
それに対して瑠奈の唇の端がヒクリとつり上がったが、それに構わずロレンツォは研究室の扉をノックした。
「入りますよ」
そしてそのまま彼は扉を開く。
扉の先では、白衣を纏った金髪の青年が机で書類を見ていた。
メガネを戻しながら入ってきた人々を見やると、その瞳がキラリと輝く。
「来ましたか。随分と時間がかかりましたねぇ」
「すみません、思ったよりも道が混んでいたもので」
「いやいや、君の責任ではないよ。むしろ襲撃に巻き込まれなかったことを喜ぶべきだね」
「ありがとうございます」
ロレンツォの硬い表情に対し、青年は机から立ち上がって両手を広げる。
「歓迎しよう、“大天使”。それに護衛の二人。“罪咎の巣”所属、天使研究施設へようこそ」
そう、にこやかに微笑んだ。




