序章 叛逆する者
その少年にとって、世界とは暗闇そのものだった。
目を開いても見えるものはなく、耳をすませても聞こえるものはない。
自由に体を動かすこともできず、出来る事といえばただ物思うことのみ。
外の世界に想いを馳せ、度々自ら外に出ようとばかりに体を動かし、しかし何も出来ない事を理解してうなだれる。
彼にとっての一日とは、それが全てだった。
ギリギリと締め上げられる全身。
内側から膨れ上がる何か。
自分の体が自分のものとは言えなくなっていくような感覚。
ただ、それだけが自分に感じられる全てだった。
だがそんな感覚はある日、唐突に遮られることになる。
「ダメだ、制御術式を早く……!」
「もう既に展開しています、しかし……っ」
唐突に開かれた視界。
耳に入ってくる世界の音。
鼻をくすぐる薬の匂い。
そして、内から湧き上がる力が、正常に循環していく感覚。
急激に増えた情報量に、脳内が混乱を起こす。
ふらりと崩れ落ちた手をついた衝撃で、ようやく自らに触覚があるのだと思い出すほどに、制限された箱の中は情報が制限されていた。
可能であれば、このまま意識を落として眠りについてしまった方が楽なんじゃないかとさえ考える。
でも、このまま倒れるわけにはいかない。
まだここで、意識を飛ばす訳にはいかなかった。
小さく息を吸い、砕けそうになる意識を必死に留めながら集中する。
途端、少年の力が花開いた。
魔力が部屋全体を走り、一気に炸裂する。
瞬間、外の世界へつながる道が開けた。
それが視界に収まった途端、ギッと唇を噛み締めながら足を踏み出す。
刹那、収束した魔力が発動し、その体が一気に生み出された裂け目へと飛び込んだ。
逃げ出そうとする彼を捉えるべくいくつかの魔導が放たれるも、全身から放たれる魔力に阻害されて届かない。
狭苦しい部屋を飛び出した体はそのまま空まで翔け抜け、夜風が彼を祝福するように少年の全身を撫でていく。
夜闇を切り裂いた体は宙を走り抜け、建物がもはや極小の点にしか見えない所まで辿り着く。
ここまで距離をとれば、あとは身を潜めるようにすれば問題ないだろう。
そう考え、加速を止めて自由落下していくように調整する。
振り向けば今もなお魔力の波動が立ち上る研究所が、眼に映る。
無論、建物の姿は見えない。
だが、結界ごと破壊された研究所は本来漏洩しないはずの魔力反応をだだ漏らしになっており、その建物は魔力を見通す彼の目には派手に見えていた。
「……待っていろ」
奥歯を噛み締め、眉間にしわを寄せながら彼は呟く。
その脳裏によぎるのは、研究所に奪われた全て。
今は、きっと取り戻せない。でも、いつかは。
「絶対に取り返す。必ずだ」
そう誰にも聞こえない声で囁き、少年は視線を研究所から戻す。
その夜、少年の物語が始まった。




