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終章 その牙は未だ潰れず、されど害せず-2


 そして、それから数日が経過した。


「はーい、それじゃあ出席とりますよー……琉衣夜くん、龍音ちゃん、何で息切らしてるんですかぁ?」

「いえ、別に……」

「何でも、ないです……」


 ぜいはあと息を切らせている二人に、奏絵先生がうん? と首を傾げた。

 何も言おうとしない二人から視線を外し、困ったような目で瑠奈の方を見つめるが瑠奈も瑠奈で「いつものことですよ〜」とやんわり言うだけだ。


「はぁ。ま、まぁいつものことなら構わないんですけどぉ……」


 授業、大丈夫ですか?

 そう心配そうに話しかける担任に、二人は無言でサムズアップをしてみせる。

 事前に打ち合わせをした訳でもないだろうに、このシンクロ率。これが幼馴染たる所以だろうか。

 ひとまず返事ができるなら大丈夫だろう、と判断して奏絵先生も話を進める。

 これも、この教室の日常だった。


 しかし、奏絵先生の口から発された言葉は、非日常の典型である。


「えっと……みなさんに新しい友達が増えることになりましたよぉ」

「え、それって……」

「もしかして転校生?」

「はーい、その通りですぅ」


 その言葉に、教室が軽くざわめく。

 今はすっかり馴染んでいるものの、実は瑠奈も転校生だ。数ヶ月の間に二人も転校生が来るのは、非常に珍しいと言えた。

 しかも、学期の初めではなく途中に。


 瑠奈と龍音も顔を見合わせていた。

 一方琉衣夜はというと、興味なさそうにあくびをしている。

 まあ、彼の思考からしてそもそも一部を除いて他人とやりとりをするつもりがないから仕方ないのだが……。


「それじゃあ、入ってきてもらいますよー。源さん、どうぞー」


 しかし、その態度は入り口から入ってきた少女を見て一気に覆される。

 腰ほどまでもある黒い髪をなびかせながら、少女は黒板の中ほどに立った。

 その顔は、どこかで見覚えのある顔だった。


(“東方不敗”……なんで、こんなところに)

「お初にお目にかかる。源静じゃ。よろしく頼む」


 古めかしい喋り言葉で堂々と少女は自己紹介をしてのける。

 その喋り方も、その見た目も、琉衣夜にとっては見知ったもので。


「それじゃあ、静さんは瑠奈さんの後ろの席に座ってくださいね」

「承知した」

(……うっそだろ)


 多分、奏絵先生に悪気はないのだろう。

 実際席順から考えても瑠奈の後ろが空いているから仕方ないのだが……この二人にとってこの位置感覚はゾッとするものがある。


 とすとす、と靴音を響かせながら少女はこちらへと歩み寄ってくる。

 その表情には一切の敵意が見えない。

 しかし、彼女ほどの実力者なら殺意を隠すことなど容易だろう。


(おいおい、何のつもりだこいつ……)

「おんしらがお隣さんかの。静じゃ、どうぞよろしく」

「よろしくね、静さん。わからないことがあったら、いつでも聞いてね」

「おお、それはありがたい」


 瑠奈は表向きにこやかに接してみせる。

 しかし、その目は決して笑っていない。むしろ何をしにきたのかと探りをいれるような目つきをしていた。


「お隣さん、もしよければ昼休みにでも学校を案内してもらえんかの。先だって先生に教えてもらったのじゃが、なにぶんまだわからん場所があってな」

「……良いよ。琉衣夜も、良いよね」

「……しゃあねぇな」


 話は、昼休みにでも。おそらくそういう意味だろう。

 相手から振られたタイミングとはいえ、こちらの日常生活の基盤である学校でド派手に立ち回るわけにもいかない。


(……おかしな動きをしたら、すぐに潰すからな)


 きっ、と強い視線を向けながら、足元の陰に“黒”をわずかに集める。

 無論他の人間の眼に映ると非常にまずいため牽制程度の量だが、それだけでも相手に意図は伝わっただろう。

 しかし、それを見てもなお“東方不敗”たる少女は微笑んでみせる。


「それは非常にありがたい。では、昼休みによろしくの」


 それを見て大丈夫そうだと判断したのか、奏絵先生による授業があっさりと開始される。

 しかし、琉衣夜たち二人にとっては非常に胃の痛くなる時間となるのであった。


 それから昼休みまでの時間は、これまでで一番長く感じられただろう。

 少なくとも、琉衣夜にとってはこれほどまでに長い授業は初めてだった。


「それじゃあ、静さん。ご飯の前に少し案内するね」

「あ、それだったら私も行こうか瑠奈」

「あんまり多くても他の所で邪魔になっちゃうかもしれないからさ、龍音は準備をしといてもらっても良いかな」

「ん〜……ま、いっか。それじゃあよろしくね」

「うん、ありがと。それじゃ琉衣夜に静さん、行こっか」

「ああ」

「よろしゅうな」


 若干重い声で琉衣夜はそれに応えるが、“東方不敗”はにこやかに微笑んだ。

 それに対し、瑠奈も特に表情を変えないまま先導を続ける。

 いくつかの場所を歩きながら説明し、瑠奈は屋上の方へと足を向ける。誰も見ていないことを確認してから三人は階段を上がった。


「……一応、ここは入っちゃいけない所だから、他の人には言わないでね」

「わかっておる。私としても、別に他人の気を引きたい訳でもないからの」


 カラカラと笑ってみせる“東方不敗”だが、瑠奈の目は油断を見せない。

 むしろ、誰もいなくなったからかその目は一層警戒の色を強くしている。二人の温度差に、いっそ風邪すら引くかもしれない。

 それほどまでに両者の間の空気には差があった。


「しかし、ここに学生としてもう一度来るとはの。……思ってもおらなんだわ」

「それはこっちのセリフだ。どういうつもりだよ」

「どういうつもり、とは?」

「とぼけんじゃねぇ。理由もなくわざわざこんな所に来ないだろ」

「ふむ、それはそうじゃな。道理じゃ」


 相変わらず警戒を緩めない二人を見つつ、“東方不敗”源静はフェンスの方へと足を進める。

 その全身には全く力が入っておらず、その気配には戦う意思など微塵も見られない。

 だが、故にこそ不可解な印象を抱かざるを得ない。彼女がここに来た理由がわからなければ、気の弛めようもない。

 そんなこちらの心象が相手にも伝わったのか、“東方不敗”はこちらを見ながら緩やかに微笑んだ。


「何、そんなに大したことではない。おんしが言うてくれたことを実現しに来ただけじゃ」

「言ったって、何を」

「……もう一度、手合わせをしてくれるんじゃろ?」

「……あー」


 思い出した、と言うような表情の琉衣夜に、“東方不敗”はニンマリと微笑む。

 確かに、そんなことを言った記憶がある。


「じゃあ、何だ。もう一回戦うためにここに来たってのか」

「まあ、もう一つあるがの。のう、”大天使”」

「え、私?」


 瑠奈の方を見て、“東方不敗”は言葉を続ける。


「“罪咎の巣”の防衛対象じゃろ、おんし。事情を説明したら、わりと簡単にここに配属させてくれたのでな」

「……“罪咎の巣”、人材不足なのかしら」

「まあ、私が負傷させた分もあるじゃろうしの。判断基準はようわからんが、私が興味あるのは“黒翼”であって、“大天使”に手を出す気が無いと伝えたらおんしの防衛を条件に所属が許されたらしい」

「……この戦闘狂」

「同族嫌悪はやめてほしいのう」


 ケタケタと声を上げて笑う“東方不敗”に、二人して頭をかかえる。

 先日まで敵対していたはずなのに、そんな人材であってもあっさりと採用するあたり、本当に“罪咎の巣”は人材不足らしい。


「……じゃあ、あれか。瑠奈の護衛兼、俺との再戦のためってことで良いんだな」

「そういうことじゃ。近隣に住むことになるじゃろうし、よろしく頼むぞ」

「待て待て、お前どこに住んでんだ」

「おんしらの隣の部屋らしいぞ。“罪咎の巣”の何と言ったか……司、じゃったかの、とかいう男が言っておったわ」

「あの野郎……」


 どうやら、知らぬ間にどえらい面倒ごとを抱えることになったらしい。

 殺意を向けてこない分、まだマシになったとは言えるのかもしれないが。


「そういう訳じゃ、よろしく頼むぞ二人とも。そのうち手合わせを頼むからの」

「……わかったよ。俺が言ったことだしな」

「……すごく納得いかないんだけど」

「瑠奈、多分どんな文句を言ったとしても無駄だと思うぞ。“罪咎の巣”だし」

「そうなのよね……。もうやだ……」


 はぁ、とため息をつく瑠奈とは対照的に“東方不敗”はにこやかな表情のままだ。

 やれやれと渋い色を示すも、琉衣夜としては一つだけ良い部分がある。


「んじゃ、あとで早速手合わせするか。流石に“黒”とか神器は使えないけど、体術メインなら大丈夫だろ」

「構わんぞ、私としてもおんしとはぜひ高め合いたいのでな」

「お願いだから、他の人にはバレないようにしてね……」


 少し嬉しそうな顔をしている琉衣夜に、もはや何も言えない瑠奈。

 こうして、二人の日常はさらに騒がしく、色鮮やかになっていくのだった。


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