第五章 少年の選択、少女の選択-6
瞬間、白の輝きと黒の衝撃が激突する。
神刀の光が敵を穿つべく輝けば、その光を喰らい尽くすべく漆黒の波濤が襲いかかる。
激突の衝撃は世界を引き裂く爆風へと変化し、ゴウ! というすさまじい音と共に結界の中を駆け巡る。
それは、戦場に影響を及ぼさないように離れていた瑠奈も例外なく猛威に晒されるほどで。
(……“黒”の運用自体はさっきよりも安定してる。威力も別に落ちてるわけじゃない)
それは、今も琉衣夜とやりとりされている魔力からも察せられる。
常よりも不安定とはいえ、“黒”の影響を全身に取り入れているにも関わらず少年の戦力は非常に安定していた。
にも関わらず、
(それでも、神器の力を解放した“東方不敗”を抜けない……。出力そのものはほとんど変わらないはずなのに……っ!)
傍観者以上の存在になれない現状に歯噛みをしながら、しかし瑠奈は現状をそう整理する。
確かに魔力の総量では琉衣夜と“東方不敗”に大きな差はない。
だが、“東方不敗”はまるでそんな力量の差など誤差であるかのように、“黒翼”琉衣夜の攻撃を捌いている。
一手間違えればまずもって強大な損害を受けるにも関わらず、そんな圧力を微塵も感じさせない緩やかな挙動を維持してみせていた。
これは果たして、単純な経験から来るものなのか。それとも……。
そう思考を進めている間にも、戦場は刻一刻とその状況を変貌させる。
互いに互いの威力を殺し尽くした両雄が、重力を利用してお互いの距離を開ける。
がしかし、今度は一気に双方前へと踏み込んで再度二人の力が衝突した。
衝突の間に琉衣夜の翼が一気に広がり、場を引き裂きながら細かく分裂し、また時には複雑に絡み合う。
生み出された黒の連なりはそれそのものが魔導式へと変貌し、次から次へと敵を穿つべくいくつもの魔導が放たれた。
閃光が夜空を駆けた。
紅蓮の弾丸が、場を照らした。
何百もの氷塊が、敵を押し潰さんと降り注いだ。
だが、その幾重もの攻撃を“東方不敗”はある時は神器の斬撃で、ある時は単なる体捌きで、ある時は勾玉から放たれる紫紺の光で迎え撃ち、その全てを捌ききってしまう。
間に挟まれる琉衣夜の打撃さえもあっさりと受け止め、いなし、弾き返してしまう。
その動きはまるで舞踏のようだった。
定められたテンポとメロディーに合わせて舞うが如く、何重もの攻撃を“東方不敗”は凌ぎきる。
まるで利かん坊が両手足を振って駄々をこねているのをあしらう母親のように。
そして当然琉衣夜もそれを怪訝に思っていた。
(見えnaい位置カらの攻撃にも、目デハ追えなi速度の攻撃にも対応しテキyaがる。おまkeに……)
再び左手を振るい、『殲光』の術式を展開・起動する。
生み出された光は指示の通りに敵へと向かって放たれるも、やはり即座に反応した彼女によって切り裂かれてしまう。
その動き方は気配で反応しているというよりもまるで、
(刀に引っ張らreている、よウな……)
動きの起点がこれまでのように体からではなく、刀の方から動いているように見えた。まるで、神器に導かれているかのように。
だとすれば、現在の戦闘の起点は本人ではなく……。
(神器の方がメイン、deあればそっチヲ叩き潰せば……っ!)
方針は決まった。
であれば、やることも決まっている。
だん、と地を踏み、再び魔力を流し込んで盤面をこちらのために動かす。“東方不敗”はその動きに眉をひそめたが、こちらに対する動きを見せる前にさらに琉衣夜は手を動かす。
両手を動かし、一気に二つの魔導を展開・起動する。
当然、起動させるのは『殲光』。威力・コスト共に琉衣夜のために調整された魔導故に、“黒”の魔力徴収と合わせて連発が効くのが利点である。
自身で改良を加えたが故に、その起動にはよどみがない。
一発目は敵へ直撃するように発動し、二発目は敵が迎撃することを想定しワンテンポ遅れて重なるように起動する。
さらに自身の背から展開されている黒翼に命じ、その周囲を広範囲にわたって攻撃するよう魔導を発動する。
これで、相手は逃げることすら許されないはずだ。
これなら、通る。通してみせる。
一撃目の『殲光』に対し、“東方不敗”は神刀を構え一撃の元に光が両断された。
しかし、その直後に二撃目の『殲光』が降り注ぐ。これに対し、彼女の目がわずかに見開かれる。
だが、その手に握る神刀は全く遅れを取ることなく反応した。
その刀身に秘められた輝きが再び煌めき、すぐ側に差し迫った殲滅の光へと振るわれる。
激突は一瞬だった。秒にも満たない刹那のつばぜり合いが起き、次の瞬間には神刀が琉衣夜の閃光を引き裂く。
だが、ここまでは琉衣夜も当然予想していた。
二発目の『殲光』が直撃する直前、琉衣夜は大きく跳躍していた。
狙いは“東方不敗”の後方。目前の魔導に集中している彼女はこちらに気づかない。
再び右手に“黒”を集中させ、相手を貫くべく渾身の右ストレートを振り上げる。
だが、これにも神器は反応していた。
その場でぐるりと体を捻り、こちらの攻撃を躱しながら反撃するように斬撃を放ってくる。
しかし、こちらもそれに対する手を打ってある。
“黒”によって展開された魔導によって、紅蓮の炎弾が“東方不敗”を狙って降り注いだ。
炎の塊故に切り裂いても次撃を受ける可能性を考えたのか、“東方不敗”は迎撃を試みず攻撃を中断して後方へと引き下がる。
それこそが、琉衣夜の狙った道筋だった。
“黒”の表皮の下でニヤリと笑みを浮かべながら、琉衣夜は追撃をかけるべくさらに一歩前に出る。
“東方不敗”はこちらの動きを見て目を見開いた。しかし、既にその動きは止まらない。
彼女の足が地に着いた途端、地に放たれた“黒”がその足をついに捉えた。
「なぬっ……っ⁉︎」
その表情が、驚愕に染まる。
“黒”の地雷は一気に彼女の下肢を駆け巡り、敵の生命力を蝕むと同時にその場から動けないように固定してしまう。
「が、ぁ……な、にぃ……っ」
瞬く間に黒手は敵の右手を絡めとり、もはや神器すら容易に振るえない程の拘束力を発揮する。
そして、琉衣夜が疾風の如く駆け抜け、右手を硬く強く握りしめる。
右腕には汚泥のごとき漆黒が集中し、その腕を一本の黒槍と成して突撃していく。
神器が薄く輝き、主人を守るべく魔力の防壁を展開する。
しかし、その壁はもはや雪のように薄く、人間の悪意の総算たる一撃を止めることは叶わない。
直撃の瞬間、ザリという砂を突き通すような音が一瞬だけ響き。
刹那、魔力の防壁はあっさりと砕け散り、琉衣夜の一撃が“東方不敗”の腹部へと直撃した。
「ご、ぉは……っ。ぎぃ、おぉ……」
“黒”によって固定されたために後方へ吹き飛ぶこともできず、全ての衝撃が少女の全身に波及する。
黒手による魔力の吸収、暴虐的な威力の衝撃、そして二戦連続で蓄積された疲労により、ついに“東方不敗”の全身から力が抜けた。
その手から神器たる神刀がこぼれ落ちる。その胸元で少女を見守っていた勾玉も、もはや沈黙していた。
(終わった、か……やっと、終わった)
一通り魔力を食い尽くしたからか“黒”はあっさりと霧散していく。琉衣夜の全身に纏っていた漆黒も、主人の意思に渋々と抜け出していった。
流石に、二度目の展開と維持には凄まじい体力を消費していたらしい。
琉衣夜もその場でへなへなと腰を下ろす。
ぜいぜいと荒れる息を整えながら、ぐったりと倒れ伏した少女へと目を向ける。
「強い強いとは思ってたが、こんなに強いとは思わなかった。……楽しませてもらったぜ」
「……そうか。名残惜しいが、これも定めと思うしかないの」
ぽそりと倒れたままの少女がこちらへと言葉を返す。
気絶しているものと思っていた琉衣夜は、眉をあげる。
「なんだ、起きてたのか」
「だいぶ持って行かれたがの。立ち上がるのもやっとよ」
「そうかい。悪ぃがそっちの世話なんぞしてやらねぇぞ」
「く、は。そうつれないことを言うてくれるな。戦い終わった相手に対する最後の慈悲と思うてくれれば、そう大した仕事でもなかろ?」
「慈悲だぁ? 何言ってやがる」
「何って、首を持っていくんじゃろ。今なら力も入らんし、さっさと取ってくりゃれ」
「はぁ?」
考えてもいなかった一言に、琉衣夜は難色を示す。
何を言っているのだ、こいつは。そんな思考が目どころか表情にありありと出ていた。
それに対し、“東方不敗”の視線がこちらを驚いたように見つめる。
「おいおい、私の首が望みなんじゃろ。魔導師狩りの“東方不敗”として名を馳せた首じゃ。持って帰ればそれなりの戦果になるじゃろうて」
「ふざけんな、そんな目的でお前と戦ってたわけじゃねぇんだよ」
自嘲気味にそう呟く少女に対し、唇を歪めて琉衣夜はバッサリと切り捨てる。
「……楽しかったからな。お前さえ良ければ、またやろうぜ」
「…………は?」
その言葉に、“東方不敗”の目が見開かれた。
そりゃあ当然だろう。先ほどまで敵対していたはずの相手からかけられた言葉は、ひどく優しいものだった。
琉衣夜は口を動かして、言葉の続きを紡ぐ。
「お前も対等に戦える相手を探してたんだろ。この前みたいに突然学校に来るとかじゃなけりゃ、また相手してやるよ。俺も、お前みたいな相手を探してた」
「…………正気か、おんし」
「正気だったら、魔導師なんてやってねえよ。それはお前も一緒だろ」
「……後悔するなよ、本当にもう一度勝負を挑みに来るぞ」
「楽しみにしてるよ。今度は、もっと楽勝できるように鍛えておくから、さ」
にぃ、と唇の端を上げる琉衣夜に、“東方不敗”はぽかんとした表情になる。
が、一瞬の間をおいてその表情が緩む。
その微笑は、これまでに見たどの笑顔とも違うもので。
「……浮気かな、琉衣夜?」
「ちげぇよ、アホ」
刹那、背後からジトーッとした視線が突き刺さる。
振り返る必要もない。この場にいる人物など、もう一人しかいないのだから。
瑠奈はコツコツと靴音を鳴らしながら、琉衣夜の隣まで歩み寄ってくる。
「……満足したのかしら」
「ああ、随分と邪魔をしたの大天使。おんしの護衛は思ったよりも気の抜けん相手じゃった」
「でしょ。自慢の護衛なのよ」
ふふん、と瑠奈は琉衣夜の肩にコツンと頭を乗せながら少し鼻を高くする。
何やってんだ、とため息を吐いた琉衣夜に、瑠奈は小さく微笑む。
「そっちも、気は済んだ?」
「ああ、とりあえずはな。心配かけた」
「よかった。なら、ハラハラしながら待った甲斐があったってもんよ」
そう言って、瑠奈は“東方不敗”に背を向ける。
もはや彼女に用はない、そう告げるように。
「悪いけど、助けてあげたりしないわよ。結界の処理も“罪咎の巣”から逃げるのも、自分でどうにかしてね」
「は、手厳しいのう。……また、そのうち相見えようぞ」
「私は興味ないわ」
バッサリと切り捨てて、瑠奈はそのまま家の方角へと歩き始める。
琉衣夜はそれを追いかけようとして、もう一度だけ少女の方へと視線を戻す。
「またな。待ってるぜ」
「……ああ。また、次の機会に」
手だけをひらひらと振ってくる相手にほんの少しだけ笑みを浮かべ、琉衣夜も瑠奈の後を追う。
その足取りはとても軽く、二つの足音は家路へと向かうのだった。




