第五章 少年の選択、少女の選択-5
琉衣夜が一歩踏み出す。
途端、その足元から魔力による爆発が生じ、その噴射で“黒翼”の体が一気に前進する。
動きこそ直線的だが、その速度は目で追えるようなものではない。
音にさえ迫る速度で一気に敵へと肉薄し、漆黒を宿した右腕を鉞のごとく振り上げる。
対し、“東方不敗”の動きは緩やかなものだった。
まっすぐ迫り来る彼の拳を必要最低限の動きで見切り、その一瞬後に到達する体へと刃を当てるよう刀身を振るう。
言葉にすれば単純なものだが、それを音速に届くほどの中でやっていると言えばその恐ろしさが理解できるだろう。
振るわれた刀身を止めるべく、琉衣夜は左手を反射的に振り下ろす。
が、刹那に感じた悪寒に身を任せ、ギリギリの所で身をよじった。
瞬間斬撃が左腕に直撃し、“黒”に包まれているはずの左腕があっさりと切り飛ばされた。
「ッ!」
「……ふん」
琉衣夜は漆黒に包まれた瞳を大きく見開く。
対し、“東方不敗”はこの程度なんてことはない、とでも言うように鼻を鳴らした。
とん、と自ら一歩前に進み、再び琉衣夜の胴体を狙うべく刀を構える。
しかし、琉衣夜とてこれまでの戦いをただ手なりに経験していた訳ではない。
その場へ力強く足を踏み込む。瞬間、彼の魔力を通された大地が一気に炸裂、数百もの“黒”に浸透された土塊が散弾の如く“東方不敗”へと放たれた。
速度そのものは大して早くない。
されど、相手の速度が早ければ話は別だ。相対速度によって恐ろしい威力と化した黒弾が敵の進路を阻む。
しかし、“東方不敗”はこれもまるで踊るかのような挙動であっさりと躱してしまった。
これによって距離は再び開いたが、受けたダメージで言えば琉衣夜の方が目に見えて大きい。対して“東方不敗”は剣を振るって態勢を整えるだけの余裕がある。
先ほどまでとは明らかに挙動が違っていた。
先刻までの“東方不敗”は己に有利なフィールドを展開し、その領域に侵入した敵を迎撃するスタイルだった。
しかし、今の彼女は積極的に前に出てきている。それに、こちらの攻撃をぬるりと避けるおまけ付きだ。
紫紺の領域を展開していないにも関わらず、同等以上の継戦能力を保有しているのは、疑問が湧く。
(……マだ、この程度ノ交戦でha把握デきないna)
考察を進める中で、自分の思考にノイズが入っているのを感じた。
ある程度魔力への変換化が安定しているために影響は少ないが、それでも自分の体が思い通りに動かないのは違和感がある。
(以前よリは多少マシだが、そレデも急いだ方が良イのは変わらnaいみたいダな)
「ふん、随分とそちらは余裕がないようじゃな」
じりじりと互いの距離を測りながら、“東方不敗”は唇を釣り上げながらそんなことを言ってくる。
だが、琉衣夜の目は彼女の額に汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。
先ほどまで使用していた”武の領域”よりも強大な力を使える代わりに継続コストがかかるタイプか。
であれば、戦闘を長引かせることに活路を見出すことも可能だが……。
(ケど、あチラの継続能力がどの程度かも、どノ位維持に力をすり減らすのカモワからない。現状、真っ向から殴り倒した方が手っ取り早イ……ッ!)
口を開くことなく“黒”を外部にも展開しながら、琉衣夜はそう結論づける。
彼の“異能”とて、継戦能力は決して高くない。
ズルズルと音を立てながら、“黒”が切り飛ばされた左腕を持ってくる。
瞬間、腕の切断面から体内に充足していた漆黒の力がヘドロのように湧き出し、切断された腕の断面にへばりついた。
くっついた“黒”は一瞬で収縮し、引っ張られた左腕はあっさりと断面に接着する。
無論、一度切断された左腕がそのままくっつく訳はないが、その辺りは“黒”が保有する魔力が強引に解決してくれる。
果たして彼の左腕はあっさりとくっついた。
無論微かな痛みこそあるものの、概ね切断前の感触で動いてくれる。
この程度の感覚なら、誤差にも満たない。
それを見て、“東方不敗”がほんの少し眉をひそめた。
「ほう、この程度ではあっさりと修復してしまう訳か。随分と楽しませてくれるのう」
言いながら、その口元がニヤリと緩められる。
すぐに戦いが終わっては楽しくない。そう、言外に告げるように。
「……戦闘狂」
「おんしも似たようなもんじゃろうに。同類嫌悪はやめてほしいのぅ」
「…………」
呆れたような声音で言い放つも、少女からやれやれと言った調子で首を振られてしまう。
自分も似たような理由で魔導師狩りをしていたことがあるために、琉衣夜も言い返すことができないまま沈黙する。
「さてさて、互いに時間もそこまでないじゃろうし探り合いもここまでにさせてもらおうかの。おんしとしてもその方が良いであろう?」
琉衣夜は答えない。
が、ほんのわずかに体勢を低くすることで応える。
“東方不敗”の笑みがさらに深くなった。
「やルぞ」
呟くと同時、琉衣夜は全身の力を解放する。
爆発的に加速した体が一気に“東方不敗”の方へと突撃する。
“東方不敗”もその動きを見切り、迎撃のための体勢を整える。
これでは、先ほどのやりとりが繰り返されるだけだろう。
しかし、ここから琉衣夜の動きが変わる。
琉衣夜の左腕が高速で動き、一瞬にして魔導式が構成される。
生み出された術式は、かつて瑠奈が使用していた天使の力を模倣したものだ。
かつてゴーレム使いと戦った際に使用していた、敵対する敵を全て消滅させる閃光。
あの光を解析し、琉衣夜自身が使用できるようにチューンアップした魔導、『殲光』。
威力そのものは落ちるが、それでも一個の魔導師が使用するには過ぎる光が今まさに解き放たれようとしていた。
「イけ」
対し、“東方不敗”は速攻で対応を始める。
『殲光』の軌道を見切り、範囲から逃れるべく一気にその場から飛び退る。敵を捉えることができないまま殲滅の光は直進し、結界の壁へと直撃した。
劣るとはいえ天使の一撃を再現した輝きに、ほんのわずかな時間結界が揺らぐ。
「ほほう、良い威力じゃ。じゃが、当たらねばどうということはないのぉ」
口元に余裕な笑みを携え、“東方不敗”は再度こちらを煽るように口ずさむ。
その程度の動きは琉衣夜も予想している。
刹那、琉衣夜が地に潜ませていた“黒”が主人の呼びかけに反応し、地中から姿を現した。
まるで槍のように地面から突き出した黒の悪意は、敵を討つべく“東方不敗”へと突き進むも、しかし彼女はこれをあっさりと切り裂いて迎撃してしまう。
二重三重にも襲いかかった黒槍だが、“東方不敗”はこれを一太刀だけ振るい、生み出された隙間に体をねじ込むことで躱してしまった。
されど、両者の距離は先ほどよりもわずかに縮まっている。
歩幅にして約三歩。両者互いに少し前に出れば攻撃が届く距離。
しかし、琉衣夜にとっては嫌な距離でもある。
“東方不敗”の攻撃手段が刀によるものであるのに対し、琉衣夜の攻撃手段は魔導もしくは徒手空拳。
二歩の距離では拳は届かないが、刀はこちらへと届いてしまう。
ただ一歩の差。
これが、両者の優劣を分ける。
琉衣夜がこれを突破するには、魔導や“黒”を交えた搦め手で近づかなければならないのに対し、“東方不敗”は隙を見せない。
こちらの攻撃をほぼ一手で突破し、距離を縮めさせない。
かと言ってこちらから迂闊に近づけば、今度は胴体と足が泣き別れすることになるだろう。
だが、琉衣夜は止まらない。
止まっていたとしても、こちらの有利にはならない。
ならば、前へ。ただひたすらに、前へ。
まだ試すことができる方法はいくらでもある。
再度、彼は足を踏み出しながら手を動かす。
織りなす魔導は『殲光』。先ほど回避された一撃だが、回避したということは有効打になり得るはずだ。
再び生み出された殲滅の光が、敵を滅ぼすべく進撃を開始する。
「また同じ手か。先ほどと同じ一撃など食らわんよ」
せせら嗤い“東方不敗”は回避体制に入ろうとするが、そこで琉衣夜の手元から二つ目の光が放たれる。
『殲光』の効果範囲は直線に広い関係上、横に避けられてしまえば、攻撃は当たらない。
ならば、敵が回避するだろう方向にもう一つ同じ魔導を重ねてやればいい。
そうすれば、敵は回避しきれずに直撃する。
事実、“東方不敗”の回避範囲はこれでほとんどが潰された……はずだった。
「平面であれば、そうじゃろうな。じゃが、この世界は三次元なのじゃよ」
ぐん、とその足に強大な力を込め、“東方不敗”は宙へとその身を躍らせる。
二条の閃光が走るも、その体を捉えるには至らない。
しかし、そこへ三本目の光が襲いかかる。
これには“東方不敗”もわずかに眉をひそめた。しかし、その右手には未だに哀悼が握られている。
踏ん張ることができない空中ながら、ぐるんと体をひねる形で無理矢理に刀を動かして閃光へと神器を叩きつけた。
青白い輝きが再びその刀身から放たれ、殲滅の光をあっさりと引き裂いてしまう。
だが、“東方不敗”はそのまま体を緊張させたままだった。
『殲光』に対する対処をしている間に、琉衣夜が距離を詰めていたからだ。
その背からは漆黒の翼が生み出されており、爆風と共に彼の体が一気に少女へと近付いていく。
「光の陰に隠れながら近付いてくるとは考えたの。じゃが、」
言葉と共に、“東方不敗”は先ほど刀を振るった勢いを利用してそのまま再度体をぐるりと転がした。
地上で踏ん張るよりも威力は落ちるだろうが、その代わりを告げるように刀身の輝きが一層強さを増す。
対し、琉衣夜は右手を強く握る。
その手には幾重もの黒の層が生み出され、敵を穿つ一撃となって激突の瞬間を待っていた。
互いの視線が交錯する。
両者ともに引き下がるつもりなどどこにもなかった。




