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世界に拒絶されたモノ

二章です!よろしくお願いします。

 夢を見た。

 それも内容は今時小学生でも見ないようなファンタスティックなものだった。

 夢の中の俺は、おそらく小一か二くらいだろう。その当時、勿論両親は共に健在で、今住んでいるマンションからは、少し離れたところに住んでいた。

 その家の近くには、いつも人気のない小さな公園があった。親にはあまり行かないようにと言われていたし、龍音や他の友達達も気味悪がってそこで遊びたがらなかったが、何故か琉衣夜はそこが気に入っていた。

 誰とも遊ばない日は一人でその公園で遊んでいた。

 そういった昔の状況をリアルに再現していた。

 その日(と言っても夢の中だが)、少し学校が早く終わったものの誰とも遊ぶ約束がなかった俺(いやそのときは僕、か)はいつものようにその公園に行った。

 だが、いつも誰もいないはずのその公園には先客がいた。

 ブランコにつまらなそうに、それでいて悲しそうに座っている少女が。

 何で話しかけたのかはわからない。彼女が悲しそうな顔をしていたから? それともとても綺麗な少女だから?

 たぶんきちんとした理由なんてどこにもない。そのときはそんな事の全てがどうでも良かった。

「ねぇ、大丈夫?」

「え……?」

 彼女は驚いたような表情でこちらを見た。周囲を見回して誰もいない事を確認すると、私? と確かめるように自分を指す。

 それに頷く。ブランコに近付いてもう一度聞いた。

「大丈夫?」

「何が?」

「いや、その、泣きそうな顔してたからさ……」

「私、が……?」

「う、うん」

 それに彼女は自分の顔を確認するように触る。僕が彼女の事をじっと見ているのに気づいたのか、途中から下を向く。

「……おかしいな〜。『神隠し』を組んでおいたはずなのに」

「へ? 何か言った?」

「ん〜ん、何でもない」

 何かを呟いたような気がしたが、よく聞き取れなかった。

「??? まぁ、いいや。泣きそうな顔してたの、気づいてなかったの?」

「うん」

「ふ〜ん、変なの」

「へ、変じゃないよっ!」

 思わず思った事をそのまま口に出してしまった。彼女は怒ったように顔をしかめている。

「ご、ごめん、怒った……?」

 慌てて謝ると、彼女の表情がフッと和らいだ。

「ううん、嬉しい。ずっと一人だったから……」

「一人、なの?」

「うん」

「じゃあさ、一緒に遊ぼうよ。せっかく学校が早く終わったのに一人だからどうしよう、って思ってたんだ」

 そういって手を差し出す。それに彼女はさっきよりも驚いた表情になる。

「あ〜、もしかして嫌だった?」

「ううん、そんな事無いよ! ……私と一緒にいてくれるの?」

「? もちろん」

 それでも、彼女はまだ迷うように僕の手を見つめている。握るかどうか手を少し彷徨わせて、もう一度聞いてくる。

「ねぇ、私なんかで良いの?」

「うん、一緒にいよう!」

 何でそんな風に聞くんだろうと少し思ったが、僕は迷わずそう答えた。その言葉を聞いて、彼女はおずおずと僕の手を握って、少し微笑んだ。

 その笑顔はとても綺麗で、とても可愛くて、僕は顔が赤くなるのを感じた。

 そして、彼女と僕は少しずつ遊ぶようになっていった。

 友達と遊んだ日、学校が早く終わった日、逆に学校が遅く終わった日、どんな日でもどんな時でも彼女はいつも公園で待ってくれていた。

 普通だったら、そんな事はあり得ないかもしれない。

 でも、彼女はそもそも容姿からして普通じゃなかった。

 夕暮れの光を浴びて、きらきらと輝く白銀の髪。まるで全ての光を跳ね返すかの如く存在感を放つ純白の肌。吊り気味で悪戯っぽい真紅の瞳。

 小学校の頃にもクラスに一人ものすごい可愛い女の子がいたが、その子とはレベルが違った美しさだった。

 だから、そういう小さな事が気にならない、というのもあったのかも知れない。

 ある時、遊んでいる途中彼女がこう聞いてきた。

「ねえ、一緒にいてくれる?」

 いつも勝ち気で自信に溢れた彼女が、急に心配そうな不安そうな声で聞いてきた。

「どうしたの、急に?」

「何となく、気になってさ〜」

 誤魔化すように少し笑ってから、彼女はもう一度繰り返す。

「私と一緒にいてくれる?」

「うん、勿論だよ」

 僕のその言葉に彼女はさっきとは違って嬉しそうに笑う。

 夕暮れの公園で笑っている彼女はとても綺麗で。本当に人間とは思えないほどに綺麗で。何度も見ているはずなのに僕はその笑顔にみとれてしまう。

 彼女は笑顔のまま聞いてくる。

「ねぇ、本当に一緒にいてくれる?」

「うん」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「うん。約束するよ」

 僕は右の小指を君の前に出す。でも、彼女は首を横に振る。

「ううん。約束じゃダメ。約束だったら破るかもしれないでしょ?」

「じゃあどうすればいいかな?」

 困った顔で聞く僕に、彼女は少し悪戯っぽく笑って言う。

「契約するのよ」

「けい、やく?」

「そう、契約。私たち二人の身体を合わせて作るモノ。約束よりも強く心を縛って、身体の奥深くにまで刻まれるモノだから」

 言いながら、彼女は僕の目の前まで近付いて、顔を覗き込む。その細く白い手で僕の頬に触れて、指先でなぞる。

 その感触がくすぐったくて、僕は身体を強張らせる。

 僕の反応に彼女は悪戯っぽくクスリと笑って、右手で僕の目を閉じさせる。

 そして、

「いくよ?」

 フワリと僕の目の前で彼女が動いたのを感じた瞬間、僕の唇にとても柔らかくて暖かいモノが押し当てられる。

 何が起きているのか理解するのに三秒はかかっただろう。目を開けることなんてできなかった。強く強く瞑っていた。

 すると、急に不思議なことが起きた。

 彼女の方から、僕の口に何かが伝わり、僕の全身にそれが浸透していく。それは決していやな感じのモノではなく、むしろ彼女の体温のようにとても優しくて暖かい何か。

 その何かが僕の身体に完全に溶けきったところで、彼女は唐突に離れた。

 目を開くと、彼女の白い肌は夕日のように真っ赤だった。

「はい、これで私からはおしまい。これが完成すれば私たちはどこまでも一緒だよ」

 そう言って彼女は微笑んでいる。僕はまだ心臓が裂けそうな程に強く打っているのを必死に隠しながら言った。

「これでおしまい?」

「私からは、ね。その……」

 少し恥ずかしそうに目を逸らしながら彼女は言った。

「あの、ね。この契約はお互いがその、しないと成立しないの。だから……」

 そう言われて理解した。顔が一気に熱くなったような気がする。

 つまり、だ。お互いがしないと成立しない、ということは。

 しなければならないのだ。さっき彼女がしたことを、今度は僕から。

 小学生とはいえそれがどういう行為なのかは、何となくは知っている。それを目の前の彼女とするというのは、何かとてもいけない事をするような気にさせた。

「そ、そんな」

「え〜。何でそこで戸惑うのよ。さっきの言葉は嘘だったの?」

「違うけど、で、でも……」

「いいからその……してよ。それとも、私のこと、嫌い?」

 彼女がまた不安そうな顔になる。

 それを見て僕は答えた。

 彼女の不安そうな顔なんて見たくなかったから。いつも自信に溢れていて、勝ち気で、少しいじわるな彼女を見ていたかったから。

 だから。

「……わかった」

 僕は彼女の前に立って、彼女が目を閉じる。その唇は綺麗な薄桃色で、見るだけで柔らかいのがわかる。

 心臓がさっき以上に強く脈打っている。顔が火でも近づけられたようだった。

 顔を近付け、

「……いくよ」

 再び唇が触れる。

 すると今度は僕の身体から何かが集まり、口を伝わって彼女の中に入る。それを確認してから、唇を離す。

 彼女は目を開いて微笑んだ。とても嬉しそうに、とても幸せそうに。

「これで完成。これで私たちはいつも一緒。離れていても、どんなに時が経っても、この契約がある限り、また逢える。大好きだよ、琉衣夜」

 名前を呼ばれて唐突に思い出す。そうだ僕、いや俺の名前は琉衣夜。

 そして、彼女の名は……



「……はっ!?」

目を覚まし、身体を起こした。

全身が汗でビッショリと濡れているのがわかる。ベッドの方を見ると、瑠奈が楽しそうに微笑んで眠っている。枕元の時計を見ると今はまだ三時。寝付きが悪くてあんな夢を見たのだろうか。

(今の夢にでてきたあの女の子、アイツに似て、いる……?)

 瑠奈を見る。何となく面影が残っているような気がする。

 だが、馬鹿馬鹿しいと切り捨てる。多少似ていたとして、それが現実とは限らない。所詮は夢だ。それにここのところずっと一緒に住んでいるのだから、夢に瑠奈が出てきても仕方がない。

 フウと一息つき、再び枕に頭を預ける。目を閉じると一気に眠気が襲ってきた。

 琉衣夜はもう一度微睡みの中に沈んでいった。



「遅ぇな、アイツ……」

 琉衣夜はリビングでコーヒーを啜りながら呟く。

 今日は琉衣夜がどうしても学校に残らなければならない用事が出来てしまったので、瑠奈を先に帰らせたのだが琉衣夜が全ての仕事を終わらせてからかれこれ一時間は経っている。

(こりゃあ、本格的に大きい迷子確定かね……)

 瑠奈は青高が特別に支給した携帯(特定の番号にしか電話できないように設定された、修学旅行とかで渡されるアレだ)を常に持っている……のだが、いくらかけても応答しない。青高は一応表向きは携帯持ち込み禁止なので、おそらく電源を切ったままなのだろう。

 メンドくせぇと呟きながらも、迷子捜索のための準備を始める。テーブルに「これを見たら即連絡。あとでコロス」と書いたメモを置き、財布と携帯と部屋の鍵を持って外に出る。一応もう一度電話をかけるが、結果は変わらなかった。

 本当に面倒だが、足で探すしかない。

 学校までの道を少し早足で歩いていく。が、当然ながら瑠奈はいない。

 いや、いてくれたらいてくれたでそれは楽なのだが、十回以上は通っている、特に難解な訳でもない道順を覚えられないと言うのはいろんな意味でヤバいのではないだろうか。

 いつも利用しているコンビニや本屋にも行ってみるが、彼女がいる気配はない。一応龍音にも連絡を取ったが(龍音の番号はいつの間にか本人が勝手に登録していた)、一緒にいる訳ではないし放課後は見て無いという。

 クソッと吐き捨てる。少しずつ太陽が傾いてきている。あと一時間もすれば完全に沈むのではないだろうか。それまでに見つけないと余計に面倒な事になりそうだ。夜の街を何の当てもなく探すのは困難だし、危険も増す。

 繋がらない事はわかっていながらも、もう一度連絡しようと携帯をとりだしたところで、琉衣夜はそれに気づいた。

 人混みの中にいるのに妙な存在感を放つ少女がいる。明るい茶髪に、青高の指定制服。自分より少し小柄な身体に、真っ白な肌。

 他人の空似、なんて訳がない。琉衣夜の記憶中にその条件にぴったりと当てはまるのは一人しかいない。

 やれやれと息を吐き出す。自分でも思っていた以上に、何故か本当に癪なのだが心配していたようだ。全身から力が抜けた。

「おい、瑠奈!」

 そう声をかけながら、一歩踏み出す。

 途端、違和感を覚えた。

「……え?」

 周りを見渡し、手の中の携帯の液晶を見つめる。

 今の時刻は六時。薄暗くなってきてはいるものの、学生もまだ溢れかえっている時間だし、サラリーマンは帰宅中の時間なはずだ。

 なのに、路地には人がいない。一人も。さっきまであんなに人が溢れかえっていたのに。ここだけポッカリ周りから切り抜かれたようなそんな異常。

 瑠奈は、ともう一度彼女がいた辺りを見ると、

「へぇ、彼女が一緒にいるからこっちの事情に少しは詳しいのかと思えば、ただの一般人か」

 ゾワリと全身に寒気が走った。

 さっきまで良く見知った少女が立っていたはずの場所には、見知らぬ青年が立っていた。

 琉衣夜と同じくらい、いや一つ二つ年上だろうか?琉衣夜より頭一つ分くらい高い身長を、着崩した制服で包んでいる。肩の辺りまで伸ばされた髪は金に染められ、両耳に一つずつピアスをしている。

 見た感じはどこにでもいそうな不良学生。

 だが、何十回何百回と裏路地の戦いをくぐり抜けてきた琉衣夜の経験が伝えるのは、不安と困惑。例えるなら、言語がまるで通用しない外国に一人で置いて行かれてしまったような妙な孤独感。

 何となくだが、ただの直感でしかないが、わかる。コイツには自分がこれまで経験してきた環境セカイの、自分の知っている常識ルールの、『外側』の住人だという事が。

「な、ンだテメエは……? どうやってこんな事を……」

「うん? そこから説明しないといけないのか」

 青年は馬鹿にしたような笑みを浮かべるが、琉衣夜には立派な疑問だった。

 路地とは言え、繁華街が近いためにそれなりの広さと人通りがある。にもかかわらず、この路地には人一人見あたらない。

「神隠しって聞いた事があるだろう? アレ、本来は文字通り神を隠すために生み出されたものでね。それを応用すると、こういう風にこの場所を他の人から隠す事が出来るんだよ。他の人間の認識の外にやる、と言う方がいいかな」

 大したことじゃない、とでも言いたげにしながら語る。

「この術式、『人払い』の発動と共に、この路地は普通の人間には意識できなくなる。意識の焦点をこの場から意図的にずらす感じかな。まあ、長々と説明したけど要はこの場に他の人間は来れないし、ここで何しても気付かないって事だよ」

 琉衣夜はその言葉を理解できない。

 やっている事の『理屈』は何となくわかる。だが少なくとも、琉衣夜の常識はそれが現実でこんなにアッサリと出来る訳がないと叫ぶ。

 普通のセカイで考えても理解できない。その前提で考えて、次に現れる単語は・・・

「魔法……か?」

 バカバカしいとは思う。出来る事なら否定したいし、そんな単語がリアルで出てくる時点でソイツの頭はどこかおかしいとまで思っていた。そもそも、信じない・認めないが彼の信条なのだから。

 だが。

 いくら非現実的オカルトだと言っていても、目の前で起きている事象をきちんと受け止められないのは、タダの石頭だ。

 琉衣夜の言葉に、青年は眉を動かす。

「ふうん、随分と状況を受け入れるのが早いね」

「自分の目は信じているし、そういう風にしないと生きていけなかったんでね」

 軽く返事しながら、身体に力を込める。この男がどんな理由で接触してきたのかは知らないが、いざというときに身体が動きませんでした、じゃあ話にならない。

 今この場の主導権を握っているのは間違いなくアッチだ。一瞬でも油断すれば、あっという間にやられる。そう琉衣夜の『経験』と『本能』が語る。

「何だ、テメェは」

 早くも体制を整えた琉衣夜に、しかし青年は余裕の表情を崩さない。

「初めまして、藤崎琉衣夜クン。僕の名は安斎司。とある組織から派遣されてきた回収係さ」

「回、収?」

「そう、回収だよ。回収」

 ヒョイヒョイと手を振り、言う。

「君が十日近く家に泊めている女の子ね。アレ、人間じゃないよ」

 サラリと飛び出してきた一言。琉衣夜の思考はいきなり混乱した。

「お前、何言ってんの?」

「ふうん、この言葉の意味もわからないところを見ると本当に一般人なのか。まあ、そっちの方がこちらとしても都合が良いんだけどね。そういう普通の環境にいる間は何の問題もないわけだし」

 この言葉はたぶん本当だ。少なくとも琉衣夜の目には、普通の女の子にしか見えなかった。

「ただまあ、使える奴の手に渡ると、下手すると世界が滅ぶだけの事態になりかねない。そうなると君たちにとってもマズいだろう? だからそうなる前に、僕たちが回収しに来た、と。事情は理解できたかな?」

 琉衣夜には司と名乗っている男が言っている事が全く理解できない。瑠奈にそんな気配はなかったし、少なくともこの間そういう奴らにあった事もなかった。

 そして、司にそこをきちんと説明する気がないのもわかる。

 だから、そこの理解は完全に放棄して他の所から分析しようとする。

 司の言葉にはまるで淀みがない。ただ言葉を丸暗記しているような言い方でもない。この男の隅々にまでその考えが浸透しているから言い間違えたりする理由が存在しない、というような感じだろうか。

 だからといって『信じられる』というわけではない。そもそも琉衣夜にはそれが正しいのか誤っているのか判断できるような情報が手元にない。どこまでが真実で、どこまでが嘘なのかさえわからない。

 さらに、今の話の肝心な所はそこじゃない。

 琉衣夜がそれを信じようと、信じなかろうと、司には関係ないのだ。司がそれを正しいと思っている限り、琉衣夜が何を言おうと司の行動は変わらないのだから。

 一番重要なのは、琉衣夜には理解できないような事を正しいと信じている男が琉衣夜の目の前にいて、瑠奈や琉衣夜に対して何かしらの行動を起こそうとしている事だ。

「ハッ、笑えねえな。そりゃ、何かの冗談か? 今はやりの詐欺ですか?」

「うん?日本語の理解が出来ないのかい? まあいいさ。一度しか言わないからきちんと聞くと良い。君が家に住ませている女の子は、君のようなただの人間じゃない。彼女を放置しとくといろいろとまずいんで、回収させてもらうよ」

「……断るって言ったら?」

 答えなど分かりきっている。

 琉衣夜は好戦的な獰猛な笑みを浮かべて聞く。対して司は余裕の笑みをさらに深くして答える。

「単純さ。力尽く、って奴だよ」

 その言葉と共に琉衣夜は思考を切り替える。もう話し合いなんて温い方法では終わらない。どんな攻撃が来ても対応できるように、軽く力を込めて構える。

 どの格闘技の型にもはまらない、いかにもケンカ慣れした構えを見て司は緩く右手を開く。

「さっき君は『人払い』のことを魔法かと僕に聞いたな?それはほとんど合っている。ただし、僕達の間では言い方が違うんだ」

 その声に呼応するように、開かれた右手にヒィィィィイイイン! という音と共に、何かが集まっていく。

 目の前の現象に不可解な顔をする琉衣夜に、司は笑みを深く、邪悪なものにして言葉を続ける。

「僕達はこの力を、『魔導』と呼ぶんだよ」

 同時、司の右手が見えない何かを音もなく掴む。何が起こるのかがわからずに、どう動くべきか迷っていると司が何かを呟き始める。

「我が命に答えてここに集いし力達よ、我が思い浮かべる理想の形に変わりて、悪意持つ敵を殲滅しろ」

 それはまるでゲームや小説の中で詠われる呪文のようだった。

「その名は風、その役は弓、与える命は粛清……! 顕現せよ、我が身に宿りて力となれ!」

 刹那、轟! という音と共に風が司の右手に渦を巻く。顔の前で手を交差させて視界を確保した時、琉衣夜は見た。

 司の右手に緑を基本とした色合いの強弓が握られているのを。

「僕が得意にするのは具現化系の魔導でね。こういう風に相手に合わせて力を粘土のように作り替えられるのさ。さあ……」

 司が弓をこちらに向ける。

「始めようか、殺し合いを」

 その言葉が聞こえた瞬間、琉衣夜は右に思いっきり跳んだ。ビィン! という音が鳴り響いたと思えば、彼がいた位置を恐ろしい勢いで何かが通過していった。

 予兆があった訳ではない。直感がヤバイと告げ、それに従っただけ。もう一度同じ事が出来る自信はない。

(……風の、矢? だが、アイツは矢をつがえてない。もしくは不可視の矢か?)

 だとしたら、タイミングを合わせてよけるしかない。

 そして、その方法では琉衣夜の拳は司には届かない。琉衣夜の方は司の攻撃の原理を見破っていないのに対し、司は琉衣夜の接近だけを心配すればいい。それだけで司は一方的に琉衣夜を嬲れるのだから。

 だが、それが理由ならそもそも弓なんて分かりやすい形を作る必要はない。見ていた限り、元々は不可視の力を弓という分かりやすい武器にしたのには、何かしらの意味があるはずだ。

 見切るなら、次の一撃。

 それ以後ではただでさえ不利な戦況をさらに悪化させていくだけ。疲労も出血もしていない今のうちに、出来る限り情報を集める必要がある。

 敵の僅かな挙動も見逃さないように構える。それに司は何を感じたのか、つまらなそうに目を細める。

「抵抗するのは良いが、早めに終わらせてくれよ。こっちもそう暇じゃないんだ」

 言って。もう一度、音が響く。

 音を耳が捉えると同時、身を屈める。背の薄皮一枚向こうを攻撃が通り過ぎる。

 服はアッサリと切り裂かれ、背中が余波のようなものを受けて少し切れる。血が出ているような感触が伝わるが、致命傷ではないので無視する。

 今の攻撃と、頭の中に入っている知識をフル稼働させて一つの推測をたてる。

(弓に、攻撃の前に矢をつがえずに弦を鳴らす挙動……)

「まさか、それ梓弓ってヤツか……?」

「へえ、よくわかったね」

 日本に古来から伝わる、射るのではなく弦を鳴らす事によって魔を祓うとされる弓。昔から神事にはよく使われるものだった……らしい。

「ちょっと待てよ、魔法に何で梓弓を使えるんだ? そもそも魔法は西洋系のものだろ。東洋の神秘盛りだくさんのとこに、何で応用出来んだよ!」

「歴史を学べばわかると思うんだけどね。シルクロードを通って日本に伝わったのは何も表の文化だけじゃないってことさ。しかし、すごいな。初見で見破られるとは思わなかったよ。君も本当は使えるんじゃないのかい?」

「ンな訳ねえだろ。図書館とかで暇だったから、そういう系の本を読んだ事があるだけだよ」

「ふうん……。まあいいさ、どの道やる事は変わらないし、ねっ!」

 続けざまに何度も弦がなる。

 弓を向けている角度から大雑把な着弾の位置を予測して必死にかわす。散弾を撃つ事が出来ない、もしくは撃たないのが唯一の救いだがいくら何でもこのままはマズすぎる。このままでは結局体力をすり減らされてやられる。

(クソッ、何でも良い、とにかくアイツの懐に潜り込めれば……ッ!)

 どうにか打開できないかと周囲を見回し、何かを拾う。拾った瞬間に音が響き、慌てて右へ跳ぶが足を軽くかすった。

 だがその程度では死なないので、無視して手の中のものを投げる。

 それは司の弓の余波で砕かれたコンクリートの破片。司はそれを目を細めてアッサリと撃ち抜く。

「無駄だよ」

 しかし琉衣夜は無視してもう一個投げつける。司は当然それを軽々と砕く。

 だが次の瞬間、司の目が大きく見開かれた。

 何故なら十メートルは離れていた距離を、琉衣夜が完全に詰め切っていたから。

 さっきのコンクリの破片はブラフ。あんな物で人間を倒せる、とは言いがたいが直撃すればそれなりにダメージは受ける。その心理を逆手にとって、そちらに目が向いている間に本命を叩き込む。

 シンプルかつ手っ取り早い事から、琉衣夜が多用する戦法の一つだ。

 速度をまるで落とさずに、司の懐に潜り込む。右手の弓の形を変えて迎撃しようとしているが、琉衣夜の方が圧倒的に早い。壮絶な音と共に司の下あごに自分の額を叩き付ける。少し体勢をふらつかせた司の顔面に、追い打ちで右の拳を叩き込む。

 さらに踏み込もうとするが、直感が警告を発した。踏み込もうとした左足の向きを変えて右へ跳ぶ。一瞬前まで自分がいた場所を司が生み出した剣が通り過ぎるのを横目で見つつ、受け身を取って敵の元へと突っ込む。

 右の拳を、これまで幾多の敵を路地裏に沈めてきた最大の武器を強く、強く握りしめて。

「テメエが何を信じようが、何をしようが俺には関係ない。だがな……ッ!!」

 司もとっさに剣を振っていた。だが、二度連続で頭を揺さぶられたせいかその動きはかなり遅い。その程度では、琉衣夜を捉える事は出来ない。

 軽く頭を振るだけでかわし、吼える!

「俺の世界に手を出してんじゃねえよ、このクソ野郎がッ!」

 加速の勢いをまるで殺さず全力で放った拳が、司の顔に突き刺さる。ドゴンという衝撃を感じながら、腕を振り抜く。司は一メートルほどノーバウンドで吹っ飛んで、アスファルトの地面にヤバイ音を立てながら叩き付けられた。

 ピクリとも動かない所を見ると、気を失ったらしい。

 息を吐いて、ズルズルと地面に座り込んだ。ケンカ自体は慣れた物だが、そこに魔導なんてイレギュラーが加わるとそもそも戦いの定義自体が変わる。それが思った以上に身体に疲労を与えていた。

 さて、コイツどうするかな〜、と考えていると不意に携帯が鳴った。見るとメールを受信したらしい。さっき携帯を開いた時から十分も経っていない事に琉衣夜は少し驚いた。

 メールを開く。それは瑠奈からだった。

『ごめん、電源切ったままだった! 私は今スーパーにいるよ。連絡下さい』

「あの野郎、絶対コロス……」

 本当に疲れた、というよりも少し病んだ笑みを浮かべながら言う。休息を求める全身に活を入れて立ち上がり、リダイヤルから瑠奈の番号に電話をかける。

 今日の晩飯はどうするかな。そんな事を考えながら。



「ど、どうしたのその怪我!?」

 予想したとおりの質問を、予想よりも二回りほど上回った音量で叫ばれたので、琉衣夜は耳を塞いでウンザリした顔になる。

 まあ服のあちこちが裂け、所々は血が滲んでいるのだから瑠奈の叫びは至極真っ当な物なのだが、自分が普通でない事をいまいちきちんと理解していない琉衣夜だった。

「変なヤツにケンカ売られたから買っただけだ。別に大したことじゃない」

 奏絵先生が聞いたらまた困った顔をしそうな台詞だが、琉衣夜は普通にメンドくさそうな声で言う。

 瑠奈は心配そうに琉衣夜の腕や胸に触れていたが、大した傷ではなかったのがわかったのか少し離れる。

「ほいで、今日の晩飯は何が良い?」

「おいしい物!」

「……よし、今日は缶詰フルコースな」

「超手抜き!? ちょ、ちゃんと作ってよ〜!」

 琉衣夜は普通に接する。司は瑠奈を狙ってきたらしいが、そのことについて何かを問い質すつもりもなかった。あの程度で追い出すつもりはないし、それなら下手に突っつかない方がいい。裏路地でのゴタゴタに慣れている彼にとって、あの戦闘はまだ許容範囲内なのだ。

 端から見たら殺したくなるような仲睦まじい会話を繰り広げながら、スーパーで買い物を済ませて往来に出る。

 琉衣夜は疲労で少しふらついてこそいるものの、全身の傷自体は軽いものなので殆ど問題はない。だが、琉衣夜は瑠奈がこちらの様子を伺っているような視線でこちらを見ているのに気が付いた。

 というか気が付かない方がおかしいかもしれない。何せずっとこちらを心配するような、そして何か悪戯がばれるのを恐れているような目で見つめてくるのだから。

 最初は傷の事を心配しているのかと思い、大丈夫だと言っていたのだが、それから一、二分も経つとまたこちらをじっと見てくるのだ。

 おそらく、何となくは気付いているのだろう。琉衣夜がもしかしたら自分の抱えてる秘密に多かれ少なかれ巻き込まれてしまった事に。

 司が所属している組織とやらが、一方的に瑠奈を敵視しているのかどうなのかまでは詳しくは知らないが、司の言い分では何度も彼女と相対しているのではないだろうか。

 そして、その度に彼女はこんな状況を経験してきたのではないだろうか。そうでなければ、こんな視線では見てこないのではないだろうか。

 そして。

 いったい何人が彼女を受け入れたのだろうか。

 琉衣夜はこういう暴力沙汰に慣れているのでどうとも思わないが、琉衣夜も自分のような人間が少数派だという事はわかる。つまり、それが意味するのは。

(……ちっ、俺もヤキが回ったかね)

 自分でも驚くほど気分が悪くなる。全て彼の勝手な妄想・推測に過ぎない。それがわかっているのに、そうして想像するだけで何故かイライラする。それが態度に出たのか、瑠奈が恐る恐る聞いてくる。

「……ねえ、何か怒ってる?」

「別に怒ってねえよ」

 そう、琉衣夜は別に怒っている訳じゃない。ただ考え事をしていただけだ。

 なのに、自分の口から放たれた言葉は思っていた以上に感情的だった。実際にその感情の的になっている訳じゃない瑠奈が、ビクリと体を震わせるくらいには。

 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 瑠奈の心配そうだった顔が驚いたようになり、見る見るうちに泣きそうにグシャグシャに歪んでいく。

「やっぱり怒ってるんだ」

「怒ってねえって言ってるだろ」

「嘘!」

「嘘じゃねえよ!」

「じゃあ、何でずっと怒ったような顔してるのよ!?」

「してねえし、そもそもお前には怒ってねえ! 大体、お前だって……ッ!」

 しかしそこで言葉は詰まってしまう。彼女を見て、恐怖と怯えでボロボロになっている彼女を見て、胸に穴が開いたような痛みを感じる。目をやってもそこには当然穴どころか傷一つ無い。

 なのに口を開いても、声が出ない。全身が妙な感覚にとらわれていた。

「何で……何でそんな顔してんだよ……」

 腹に目一杯の力を込めたのに、彼女に届くか届かないかわからないくらいの声しか出ない。

 瑠奈から目を逸らしてしまう。何でかはわからないが、彼女がそんな顔をしているのが許せなかった。いつもの鬱陶しいくらいに元気で天真爛漫な、そんな瑠奈が見ていたかった。

 目を逸らしたまま、彼女に背を向ける。

「……帰るぞ。こんなトコで話す内容じゃねぇ」

 歩きながらチラリと振り向くと、瑠奈は暗い表情をしながらも付いてきている。

 その顔を見て、また胸の辺りにチクリと痛みが走る。だがその痛みの理由も意味も、琉衣夜にはわからない。

 元々自分にはそんな事がわからなかったのか、それともどこかに忘れてしまったのか、それさえもわからなかった。



 リビングは異常なぐらいの暗いムードに包まれていた。

 まあ原因は言うまでもなく、目の前に座っている少女なのだが。このまま暗い状態を停滞させても身体に悪影響を与えるだけだろう。

 そう思った琉衣夜は、重い口を開く。

「お前が知っている事を教えてくれ。……まあ、言いたくなかったらそれでも良いけどよ」

 瑠奈は目を伏せ、口を少し開く。言うか言うまいか、悩んでいるかのように。が、すぐに目を閉じてフルフルと頭を降るとこちらの目を真っ直ぐに見て、言う。

「そのまえに。琉衣夜、今日どこの誰とケンカしたの?」

「あ? ンなモン関係ないだろ」

「大ありなの。いいから教えて」

 少し息を吐く。これに答えなければ話は進まないのだろう。

「魔導とか何とか真顔で言う金髪のチンピラ。名前は……」

「安斎司、でしょ」

「……知ってるのか」

「まあ、それなりに長い付き合いだからね……」

 言いながら、確信を得たらしく悲しげに表情が落ち込む。

「私、追われてるの。彼ら、魔導師達に」

 何かを決意したような、それでいて何かを諦めたような、達観した雰囲気を醸し出す瑠奈。それに琉衣夜は、深く息を吐き出す。

「普段だったら馬鹿な事言ってんじゃねえよって言って終わらせるけどよ。今回はそういう訳にはいかないみたいだな。……んで? その先は何だよ。言いたいなら時間かかってもいいから全部出しちまえ。中途半端に残すと後で気持ち悪いぞ」

 それに瑠奈はアハハと少し哀しげに笑い、語り始める。

 とある少女の、『化物』と呼ばれる少女の物語を。



 その少女は生まれた時から『特別』だった。

 ある国の上層部の男の一人娘として生まれ、さらに生まれた時からその身に強い、とても強い力を宿している事がわかっていた。

 最初は周りの子供達より少し上だっただけだった。だが、成長していくに連れて彼女の力はグングン膨れ上がり、弱冠四歳で普通の魔導師の数十倍の力を、楽々と使役してみせた。周囲の人間達はその子を天才だ神童だとその少女を賞賛したし、彼女の両親、特に父親はその事で鼻高々だった。

 ……彼女が普通の『特別』で収まっている間は。

 少女の力はそれでは留まらなかった。日を重ねる事にその巨大な力はさらに増大し、不安定になっていった。

 例えるなら少女という器に、力という名の水が延々注ぎ込まれているようなもの。器が満杯になっているのに、水を注ぎ続けたらどうなるかはわかるだろう。

 彼女は日々増大していく力を抑えきれずに、暴走するようになった。元々が普通の人間よりも高いスペックを持っていたために、誰も彼女を抑制できずにその力が周囲に振るわれる。

 あまりの力を持つ、規格外の『特別』に人々は掌を返した。少女の父親は彼女を疎んじるようになり、それまでもてはやしていた人たちも蔑視するようになった。

 『特別』な天才は、いつしか『化物』と呼ばれるようになった。

 そして少女は半ば捨てられるように、国の中でも異端とされる魔導師達が集う暗部組織、罪咎の巣〔ガルティア〕に入る事になった。そこに所属するのは国で最も強い力を持つ者達だったが、その中でも彼女は突出していた。

 どんな力で封じても、どんな魔導に頼っても、彼女の力は抑えきれなかった。

 七歳の時にある特別な儀式を行った事で、ようやく大半の力を制御できるようになったものの、そのころには少女は魔導の世界では有名人だった。

 毎日のように少女を危険因子と定めた魔導師や組織が襲撃してくるようになったし、その力を利用しようと近付く人間も少なくはなかった。

 家族はおろか、友達の一人もいない日々だった。



「じゃあアイツは、司もその一人って事か」

「うん。あの人は何度も戦った事がある。捕まりかけた事もあったけど……」

「逃げきれた、か」

 瑠奈はコクリと頷く。

 これで大体の事情がわかった。

 何故瑠奈が琉衣夜の事をどこまでも信じようとしていたのか。

 何で何気ないコミュニケーションをあそこまで欲していたのか。

 全ては、彼女の生まれ育った環境が原因。

 特別な瑠奈はその力が周りにばれれば、問答無用で追われるか利用されるかのどっちかしか経験してこなかったのだろう。ばれたのが一般人であっても、それまで築き上げてきた普通の関係は修復できない。

 人間は、自分の中に確固として存在する常識のようなものを壊されるのを最も嫌う。それを簡単に粉々に砕く瑠奈は、そんな人間にとって自分のこれまでの世界をぶち壊す邪魔者でしかなかったのだろう。

 琉衣夜はそれを想像して、目を細める。

 彼もある意味では同じ事を経験している。だが、瑠奈と琉衣夜は徹底的に違う。

 琉衣夜が世界の全てを拒絶したモノであるならば、

 瑠奈はその真逆の世界の全てに拒絶されたモノなのだ。

「……一つ質問があるんだけどよ」

 琉衣夜は瑠奈の顔を見つめる。

「何で今の今までそれを黙ってたんだ?」

 いつしか彼の中にはさっきのイライラが復活していた。それが声で伝わったのだろうか。瑠奈の表情がさらに暗くなる。

「……ごめんね」

 琉衣夜はこの自分の感情が、どういう理由で生まれたのかわからない。このイライラが何に対してのモノなのかもわからないし、消えない胸の痛みの意味もわからない。

 だが、その一言で琉衣夜は完全にキレた。自分でも止められないほどに。

「ふっざけんじゃねえぞ。ざっけんなよ、テメエ! ごめんじゃねえよ!」

 思わず立ち上がっていた。瑠奈のさっきまでの暗い表情が、驚愕に変わっている。

「ンッ当にふざけてんのか! マジで何で黙ってた!」

 瑠奈の表情が凍り付く。とてつもない失敗をしたように目を見開き、口で何かをモゴモゴと呟く。

「魔導師なんて言っても信じてくれるって思わなかったし、怖がらせたくなかったし、……その、一月くらいなら見つからない自信があったし、それに…………」

 言葉を紡ぐ事に声は小さくなっていった。だが琉衣夜の耳は殆ど聞こえないはずの言葉を聞いてしまった。

 嫌われたくなかったから、と言う声を。

 自分の中でブチリと言う音が聞こえた気がした。いつもの自制が完全に効かなくなっている事に気付かないほどに彼は激高していた。

「お前、本当にナメてんじゃねえぞ! 人の事何勝手に決めつけてやがる! 人を信じろだなんだ言っておきながら、結局お前が俺を信じてねえじゃねえか!」

 瑠奈はこちらをマトモに見れていない。目を逸らし、耐えるように唇をかんでいる。その態度がさらに琉衣夜の気持ちを高ぶらせる。

「あのな、確かにとんでもない話だったし、実際に魔術師なんてのと戦ってなかったら信じられねえような話だったよ! ンで、それがどうした! そんな話をしたらこれまでお前が接してきた奴らみたいに距離を置かれるとでも思ったのかよ?」

 少しだけ琉衣夜は自分の感情の理由がわかった気がする。

「人を勝手に値踏みしてんじゃねえよ! 俺に信じて欲しいなら、まずは俺を信じやがれ!」

 結局はそれだけの事だったのだ。

 琉衣夜はただ守りたかっただけなのだ。瑠奈との生活を。あの笑顔を。

 二年前に裏切られた、だからこそ少しでも接した人間は裏切りたくなかった。自分と同じ痛みを、なるべくなら人には与えたくなかった。

 本当に何とも思っていないなら、彼には司と戦う理由がない。いやそもそも一週間も家に泊めないだろう。でも、見捨てる事は出来なかった。

 彼女に笑っていて欲しかったから。いつの間にかこの生活を楽しんでいたから。

 なのに、瑠奈はこれまでの経験から、彼を信じて頼るという手段を最初から捨てていた。自分の事がばれれば、これまでの関係は続かない、と。

 それに彼はイライラしていた。それに彼は痛みを感じていた。

 だから、彼は言う。彼女に近付き、肩を掴んでこっちを向かせて、真正面から。

「俺はお前が化物でも何でも関係ねえ。俺は傍にいて欲しいんなら居てやるし、辛いんだったら支えてやる。勝手に思い詰めて泣きそうな顔すんじゃねえよ!」

 瑠奈はその言葉に呆けたような顔でしばらく琉衣夜の顔を見つめ、氷が溶けていくように顔をしかめていく。ふぁ、と目元に涙が滲んでいく。

 嗚咽を殺そうと結んだ唇が、耐えられないようにムズムズと動く。

「み、見ないで……」

 覗き込もうとする琉衣夜に言って、横を向く。琉衣夜はしゃあねえな、と呟いて、瑠奈の頭をグシグシと強めに撫でる。

「な、何……ッ!」

 何か言おうとした瑠奈だが、言葉は途中で遮られる。理由は簡単。

 琉衣夜が、瑠奈をいきなり強く抱きしめたからだ。

「え、る、ルイヤ? え、ええええ?」

 瑠奈は顔を真っ赤にしながらも拒絶はしなかった。

「あ〜、ごめん。これ、俺の意志じゃねえわ。うっわ〜、アイツに変な魔導でもかけられたかな〜」

 軽口を叩く。もちろん魔導をかけられたなんてのは真っ赤な嘘なのだが。

「まあ、でもちょうどいいんじゃねえの? これなら顔は見えない訳だし。泣きたいなら、さっきも言ったけど全部吐き出してしまえ。我慢する意味なんて無いし、な」

 そういって不敵に素敵に大胆な、ほんの少し優しさを内包した笑みを浮かべる。それを横目で見た瑠奈もつられたように少し笑う。

「……うん。じゃあ、ちょっとだけ、好意に甘えよっかな……」

 瑠奈はスッと琉衣夜の胸に顔を当て、少しずつ涙を流す。胸の内にためていた思いをさらけ出していくように。心の氷を溶かしていくように。

 琉衣夜はその全てを受け止めるように、瑠奈の頭を優しく撫で、

「やれやれ、ガラじゃねえな」

 小さく呟いた。

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