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天使の器


 光が、消え失せる。

 変化が、停止する。

 目が元の景色に慣れるまで、数秒がかかった。

 何度か瞬きをしてから、琉衣夜は自分の前に誰かが立っているのにようやく気がつく。

 それは、自分より少し背の低い少女だった。


「……る、な?」

「ごめんね、琉衣夜。こんな所まで来させちゃって」


 こちらを振り返らないまま、瑠奈は彼に語りかける。

 その声は、普段通りの柔らかい口調で。いつもの、陽だまりのような彼女そのもので。

 濃密な死の匂いを内包するこの場には、なんとも似つかわしくない言葉だった。


「美咲、さんもごめんなさい。私の不注意を背負うようなことをさせてしまって」

「い、いえ……そんなことは」


 ぞっとするほど静かな声で、瑠奈は美咲にも声をかける。美咲は、必死に頭を振りながら彼女の言葉を否定していた。

 そうこうしている間に、二人に負けず劣らず状況を理解しきれていないらしいグラベルが叫び出す。


「何で? どうして、私の魔導がキャンセルされたの? どうして、まだあなたたちは死んでないの? どうして、どうして……」


 そこで、視線が瑠奈を捉える。


「どうして、あなたがここにいるのよぉっ!?」


 しかし、瑠奈は彼女の言葉には耳を傾けない。

 二人の方へと少し顔を向け、再び口を開く。


「二人とも、手は出さないで。これは、私の責任だから」


 静かな、しかし一切の反論を許さない強い口調でそう告げ、瑠奈は前を向いた。

 一歩、グラベルの方へと足を踏み出す。


「随分と、手こずらせてくれたね」

「どうしてよ、どうして……」

「どうして? 簡単な話でしょ」


 そこで、瑠奈は笑みを浮かべる。

 相手を馬鹿にするような、そんな小憎らしい笑顔を。


「あなたが、私より弱いからよ」


 その言葉で、グラベルの抑えていた感情が爆発した。

 無言のまま魔導式を起動し、新たに三つのゴーレムを召喚する。グラベルにとっても二体以上のゴーレムを召喚、使役するのは負担がかかるが、そんなことはどうでもよかった。

 目の前で立っている少女を叩き潰すことができれば、それで十分だ。


「潰れちゃえ!」


 つぶやき、存在の固定化が終わったゴーレムたちが同時に襲いかかる。

 対し、瑠奈は何も動かない。それぞれに拳を振り上げ、あるものは踏みつぶそうと足を上げるゴーレムたちをつまらなさそうに見やり、一言呟く。


「消えなさい」


 言葉が響く。

 途端、ゴーレムたちの動きがピタリと止まった。

 瞬間、その全身がまるでガラス細工か何かのように粉々に砕け散る。


「あ、あ……?」

「無様な顔ね。あなたの手はこれだけかしら? それなら、さっさと終わらせるけれど」


 嘲る瑠奈の言葉に、グラベルは弾かれたように体を動かした。その動きに反応し、部屋の魔導式がるらるらと輝き始める。

 途端に、いくつもの呪いが瑠奈へ向かって放たれた。

 濃紫の霧が覆い、その上から毒々しい緑の液体が彼女にまとわりつく。そして、それらを纏めて吹き飛ばすように、漆黒の炎が瑠奈ごと炸裂する。


「瑠奈……っ!」


 美咲の悲痛な叫びが響く。

 だが、目の前の状況は、彼女の予想をはるかに上回っていく。

 黒炎がいきなり勢いを失くし、内側からの爆風で吹き散らされる。中から現れた瑠奈には、傷一つついていない。

 つまらなそうに息を吐く彼女の姿に、グラベルの足がわずかに後ずさった。


「どうして……私は、天使の力を手に入れたのに……」

「天使の力? それって、これのこと?」


 うわごとのように呟くグラベルに、瑠奈が首を傾げながら力を解放する。

 途端、場を覆っていたグラベルの魔力が拡散し、その場を瑠奈の全身から放たれた力が制圧していた。


「この程度で“大天使”を手に入れたとはしゃいでたのかしら。一パーセントかそこら手に入れた程度で粋がるんじゃないわよ」

「一パーセント、ですって……?」


 くだらない、と吐き捨てるように言い放つ瑠奈に、その場にいた全員の顔がギョッと引きつった。

 これだけの力をもってして、まだなお一パーセント程度。では、“大天使”の力を余すことなく解放させたら、この数十倍の力が余裕で集まるということか。

 そのあまりにも荒唐無稽な真実に、三名の思考が数瞬の間停止した。

 その隙は、瑠奈にとってみれば十分以上の準備時間となる。


「ほら、行くよ?」


 ポツリとつぶやき、手のひらをグラベルの方へと向ける。

 それだけで、標的ではないはずの琉衣夜と美咲でさえ、背筋が凍るような感覚を覚えずにはいられなかった。敵意の対象であるグラベルが受けた衝撃は、如何なものだったのだろうか。


「……くっ!?」


 逃げろと叫ぶ本能に従って、グラベルが右へと体を転がした。

 その次の瞬間、彼女がさっきまで立っていた空間を丸ごと飲み込むほどの閃光が駆け抜ける。金髪の少女は着地することすらままならず、余波の衝撃だけで吹き飛ばされ壁に叩きつけられていた。

 そちらへ、ゆったりと面倒臭そうに首を向ける瑠奈。

 しかし、容赦をするつもりは微塵もないらしい。

 先ほどと全く同じ挙動で、手のひらを倒れ伏した敵へと向ける。今度こそは、外さない。敵は態勢を崩したままであり、何の防御も取れていない。


「チェックよ」


 言葉と同時、再び閃光が放たれた。

 何の情けも容赦もなく、先ほどと全く同じ威力のそれが、相手に対して向かっていく。それを避ける術を、倒れ伏すグラベルは持ち合わせていなかった。

 しかし。


 バヂヂヂヂヂヂ! というチェーンソーで無理やり金属を断ち切ろうとしているような音が響き渡る。


 グラベルが今この瞬間塵と化していなかったのは、主人の危機を察知したエメトが超速で反応し、主人の元に防壁を生み出したからに過ぎない。

 加えて、拡散したとは言えここはグラベルの儀式場となっている関係上、彼女の魔力が集束するのが通常よりかなり早くなっているのも、幸運だったと言える。


 だが、そんなこと関係ないと言わんばかりに瑠奈の攻撃は続く。

 閃光を放っているのとは逆の手を開き、その腕を天に掲げる。途端、手のひらに一つの魔導式が現れ、即座に複雑な魔道陣へと変化していく。


「降り注げ、紅蓮の雨よ」


 詠唱と共に、術式が起動した。

 途端、グラベルの頭上に真紅の巨大な穴が生まれる。その中から、すさまじい重圧と共に直径十メートル程度の巨石が一つ生まれ落ちた。


「潰れろ」


 冷静な一言が、空間に響き渡る。

 瞬間、閃光と爆音がその場を蹂躙した。


「……あれ、まだ生きてるんだ」


 爆発で吹き荒れる粉塵を風で吹き散らし、敵がまだ立っていることを視認してからそう呟く。

 その余りにも冷酷な一言に、琉衣夜の体がぴくりと反応するが、瑠奈はそちらを向きもしない。ただ目の前でどうにか先ほどの攻撃を生き延びた少女を、半眼で見据える。


「この、程度で……私たちが倒れると、でも……っ」

「意外だったよ。そっちの魔導結晶は、思ったより力を蓄えてたんだね。ま、もうほとんど空っぽみたいだけど」

「くっ……」


 瑠奈の言葉通り、エメトの魔導結晶は先ほどの攻撃を防ぐために内包していたほとんどの魔力を使い果たしてしまっていた。ただ主人に逃げろと伝えるように赤く明滅し続けるのみ。

 グラベル本人も、先ほどの一撃で身体に相当のダメージを受けてしまっている。タワーの一部が吹き飛んだことで、彼女が生み出した魔導陣も正常に起動しなくなってしまっていた。

 対する瑠奈は、未だダメージ一つ負っていない。彼女自身の魔力も、内に秘める天使の力も、ほとんど消耗していないようだ。

 もはや、勝敗は決している。このまま拘束すれば、それでこの問題は解決するだろう。


 そう、考えているのは琉衣夜と美咲だけだった。


 ざ、と瑠奈がさらに一歩足を踏み出す。

 その後ろ姿は、敵を攻撃する意思だけがありありと見て取れた。


「瑠奈、お前……」

「ごめん、琉衣夜。もう少し待ってて」


 言いながら、さらに一歩前に進む。

 その声音からは、彼女が何を考えているのかはっきりとは掴めない。だが、ここで止まるつもりは無いということだけは明らかだった。


「瑠奈、あなたは……!」

「静かにしてて。あなたには関係ないから」


 その背中から、純白の小さな翼が一対現れる。

 どこまでも静かな顕現とどこまでも冷たい一言に、美咲でさえ言葉を失った。

 

「大丈夫、暴走はさせないから」


 小さな言葉を残し、さらに前へ。

 その一歩で、残っていた距離は全て埋め尽くされた。今、瑠奈と敵を分かつものは何もない。


「さぁて、続けましょ魔導師さん? 私があなたの相手をしてあげる」

 

 小さく笑い、挑発するようにちょいちょいと手招きをした。

 ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、グラベルが立ち上がる。しかし、その動きには力がこもっていない。ふらふらなのに、敵意と悪意だけで起き上がっているような、そんな状態。

 それに、瑠奈の口元がぐちゃりと笑みの形に変わる。

 その目が大きく見開かれ、まるで目の前の悪意を全て受け入れると言わんばかりにその両腕を開いた。


「エメト、起きてよ……」


 グラベルがか細く呟く。

 その体には今も力が入っておらず、今にも倒れそうなほどにふらついている。

 だが、少女は倒れない。


「助けてよ、エメトォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 その咆哮に、かすかな力を振り絞って魔導結晶が応えた。

 七色の光を放ちながら、地に落ちた結晶が天に浮かぶ。少女を守るように彼女の前に浮かび上がり、さらに強い光を放ち始めていく。

 その光が力を失った魔導式に吸い込まれた途端、タワー全体に刻み込まれた術式が再起動を始めた。再び魔力を増幅し、そうやって生み出された力が魔導結晶へと注ぎ込まれていく。


「へぇ……随分と長い間その結晶を使ってたみたいだね。自律行動できるだけの魔導式を、結晶の中で勝手に獲得してるなんて」


 あっという間に蓄えられた魔力が表へと零れ出し、それらがいくつもの魔導を生み出し始める。それらは全て、主人を害する敵——つまり、瑠奈へと向けられていた。

 しかし、その状況になってなお、瑠奈は笑っている。未だ戦いを投げ出さず、わずかな可能性に賭けて立ち上がってくる挑戦者を、あたたかい目で見つめていた。


「いいよ、おいで。あなたの挑戦、受けてあげる」


 刹那、魔導が炸裂した。

 深緑の槍が、紅蓮の弾丸が、黄土の剣が、それぞれに全く別の軌道を描きながら、主人の敵へと向かっていく。

 だが、天使の力を込めた爆風が、ただの一度でその全てを薙ぎ払う。返す一撃で終わらせようとする彼女に、しかしそれすら織り込み済みと言わんばかりに次の攻撃が到来した。

 互いの力がぶつかり合っている隙に頭上から降り注ぐいくつもの光弾が怪しい光を放ち、破裂しようとする。数はざっと見ただけでも百は軽く超えているのではないだろうか。一つ一つが並みの魔導師なら一撃で屠るほどの威力を秘めた光が、今まさに弾けようとしていた。

 しかし、それでもまだ届かない。


「足りないなぁ」


 白い翼が振り抜かれる。

 それだけで、百を超えるはずの光弾が全て叩き落とされていた。

 魔導師数十人を軽く叩きのめすことが可能な制圧攻撃が、ただ一人のただ一撃であっさりと圧倒される。


「ほら、返すわよ?」


 へらへら笑いながら、瑠奈が攻勢に転じる。

 手をかざした途端、その手の中にいくつもの魔導陣が生まれ、即座に光を放って発動し始める。

 生まれたのは、先ほど自分に対して放たれたものと全く同じ魔導。百を超える光の弾丸がエメトとグラベルの周囲を埋め尽くし、同じように雨あられのごとく降り注ぐ。


「あ、あ……っ」


 対するグラベルは、それを絶望の表情で見上げることしかできない。

 すでに自分の中で精製できる魔力は底をついている。魔力が空っぽになってしまっている以上、魔導に対して抵抗することができない。できる事と言えば、自らの足で逃げ惑うことだけだろうか。

 しかし、猛烈な勢いで彼女らに迫る光の弾丸達は、それすらも許さない密度を誇っている。どんなに必死に逃げ回ったところで、確実に一撃は受けてしまうだろう。

 それで、終わりだ。

 威力から考えて、光が弾けた後には人肉の欠片すら残らないだろう。

 頼みの綱だったエメトも、すでに沈黙している。先ほどの主人を介さない自立攻撃すら、今の体を持たないエメトには凄まじい負担になってしまう。それを意にも介さずあれだけの攻撃をしてのけたことが、もう奇跡に近いことだったのだ。

 どれだけ手立てを考えても、もう逃げる術はない。

 間違いなく、詰み。

 それを理解し、グラベルは一つ息を吐いた。


「認めるわ……私たちの、負けね」


 その言葉が終わるかどうかという所で、光の一つがグラベルの小さな体に触れる。

 途端、視界を覆う無数の光弾が、連鎖するように一斉に弾け飛んだ。


「……認めた所で、やめてあげないけどね」


 次々と弾けては消えてゆく光を見つめながら、瑠奈は淡々と呟いた。

 自分を捕らえてその力を利用したことはもとより、琉衣夜を巻き込み、彼を傷つけた時点で、無力化しただけで場を収めるつもりはなくなっていた。

 これでも、まだ加減はしている方だ。けれど、これ以上自分の激情に任せて攻撃を続ければ、今度は琉衣夜から瑠奈に対する評価が落ちかねない。

 そんな、打算に満ちた思考を巡らせながら、彼女は深く深く息を吸う。


「終わりよ、グラベル・ミラ。……腹立ってるけど、これで終わりにしてあげる」


 爆発による粉塵のカーテンが、外から吹き込む風で少しずつ吹き散らされていく。

 その跡には、着ている服こそボロボロになってはいるものの、見た目のダメージはほとんど見受けられない少女と、それに寄り添うように転がる結晶石の姿があった。


「あれ……なんで」

「そりゃ、殺すつもりはないからね。……一応、死人は出してないみたいだし」


 防御魔導を使っていても死にかねない威力の爆発を生身で受けたのに、あれだけの損害で済んでいることへ違和感を覚えた琉衣夜へ、かすかに頰を膨らませながら瑠奈が答える。

 そう、殺すつもりはない。

 もともと瑠奈はグラベルを殺すつもりなんてなかった。痛めつけるつもりはあったけれど、命を奪うつもりなんて毛頭ない。どうでもいい敵の命を、どんな形であれ背負うつもりはない。

 だから、今の光弾にも細工がしてあった。一定以下の生命力しか保持していない相手に対しては、ダメージを与えないように魔導式の段階から弄ってあったのだ。

 多分、彼女がまともに衝撃を受けたのは、最初の一撃だけだろう。あとは、光と音だけのこけおどしのようなものである。……相手の隠している切り札か何かが発動していたら、容赦無く吹き飛ばされることになっただろうが

 これは、決して優しさなんかではない。

 相手を殺すことで、相手の命を背負うなんてごめんだから。自分の心にどんな形であれ爪痕を残されるのが、嫌なだけ。

 どうでもいい相手だから。殺してなんか、あげない。

 そんな思考は、琉衣夜に伝わったのだろうか。こちらを心配そうに見つめる視線からは、何を考えているのか全部は伝わってこない。

 小さく息を吐きながら、瑠奈は美咲の方を向く。


「捕まえておいて。“罪咎の巣”に連れて帰るのは、お願いして大丈夫?」

「……ええ。後の処理は、こちらで。あなた方は、家に戻ってください」


 こちらに頭を下げて、美咲はグラベルの方へと歩み寄る。

 その辺にあった使える紐を使って両手足を拘束し、詠唱ができないようにその口元に即席の猿轡をかませた。これで、ひとまず何もできないだろう。

 また、エメトと呼ばれていた魔導結晶を刀を納めたさやでコンコンと叩き、反応がないことを確認してからグラベルの元から拾い上げて離れたところへ置く。

 そうして相手を無力化してから、彼女は懐から液晶携帯電話を取り出した。……実際に使うのは、カバーの中に仕込んでいる通信用の護符のようだが。


「こちら美咲。……ええ、グラベル・ミラは確保しました。応援をお願いします」


 そんなことを言いながらテキパキと事後処理を開始する美咲を尻目に、瑠奈は琉衣夜の方を向いた。


「えっと、瑠奈……」

「ただいま、琉衣夜」


 何かを言いたそうな琉衣夜に先んじて、瑠奈は微笑みかける。

 それにつられて、琉衣夜の頰が緩んだ。


「ごめんね、遅くなっちゃって。心配、かけちゃった」

「まったくだ。全身ボロボロだぜ」


 冗談めかして言ってくる彼に、ごめんねと言いながら頭を下げる。

 それを見て照れ臭そうに頰をかいてから、琉衣夜は下げられたままの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「瑠奈、さっき天使の力を使っていたみたいだけど……」

「大丈夫。琉衣夜とちゃんと契約し直したからかな、今の所おかしなところはないよ」

「……そっか。なら、いいんだが」


 互いの間を流れる魔力の経路も、今の所おかしな点はない。本当に、異常はないようだ。ひとまず、それに対して安堵の吐息をこぼす。

 さて、と言いながら、ぐぐっと酷使した体を労わるように思いっきり伸びをする。“黒”を使い倒した影響か、全身が気だるい疲労感を訴えかけていた。


「……帰ろうか。とりあえず、ここにいる必要は無くなったようだし」

「うん。帰って、ご飯食べたいな」

「えっと……手のかかる料理は勘弁してくれ、な?」

「もちろん」


 今手間のかかる料理を作ろうものなら、確実にどこかで恐ろしいミスをしかねない。そう判断して先に予防線を張る琉衣夜に、瑠奈は普段通りの笑みを浮かべた。

 それにいつも通りの笑みを返しながら、しかし琉衣夜の心中は穏やかではなかった。


(……さっき、瑠奈が見せた力。俺の“黒”よりもよっぽど強力で、安定してた)


 ポケットに入れた左手は、ぎゅっと握りしめられていた。自らの弱さを、再認識するかのように。


(やっぱり、今のままじゃ全然足りない)


 瑠奈を助けにここまで来たのに、結局助けられてしまった。瑠奈があそこで割り込んでいなかったら、確実に琉衣夜は死んでいただろう。そんな確信があった。


(こいつの隣に立ち続けるためには、これだけじゃ全然足りない……っ!)

「……どうしたの、琉衣夜。何か、怖い顔してるけど」

「え? ……いや、なんでもねえよ。疲れてるだけだろ」


 エレベーターの前で、瑠奈がこちらの顔を覗き込みながらそう尋ねてくる。

 それに、琉衣夜はいつも通りの笑顔を浮かべてそう答えた。……心の中は、なんでもないと言えるような状態では決してなかったけれど。

 タワーの中を蠢き回っていた魔導式と魔力は、主が倒れた時点で力を失ったらしい。登ってくる時は罠を心配して使うことができなかったエレベーターも、今なら大丈夫だろう。

 そう考えながら、ボタンを押す。幸い、動力には何の障害も起きていなかったらしく、普通の挙動をしてくれていた。


「……帰ろうか、瑠奈」

「うん。帰ろう」


 勤めていつも通りの表情で、いつも通りの言葉を投げかける琉衣夜。

 それに、瑠奈は普段通りの笑顔で答えてくれる。

 ひとまず戻って来たその微笑みに頰を緩めながら、琉衣夜の思考はまったく別のことを考え始めていた。

 彼女との日常を守るには、今のままではまだまだ不十分だ。まだ、力が必要になる。もっともっと、知識が必要になる。もっともっと、経験が必要になる。

 なら、どうすれば手に入れられるだろうか。どうすれば、効率良く獲得できるだろうか。

 そう、日常を過ごし続けるにはあまりにも不穏な思考を巡らせ、熟考を続ける。

 彼がいつもの日常に戻ってくるのは、どうやらまだまだ先のことらしい。

 それを一人確信して、野望を抱く少年は内心でそっとため息をつくのだった。


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