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第2章 昏きに潜む-19


 それは、正しく戦場だった。

 暴虐が荒れ狂い、秩序はどこかへと消え去り、両雄が唯々己を押し通すべく豪腕でもって相手を叩き潰すべく相対する。

 先程までのどこか一線を引いた戦闘とは別種の死闘が、そこでは広がっていた。

 お互いに隙を貫く戦法ではなく、自らの手で持って相手の手段を打ち崩す闘法を選んでいる関係上、衝突で放出される衝撃波と魔力の烈風は先程までよりもさらに深い傷を戦場に抉り出している。


「オォオオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 両者の咆哮が重なる。

 ただそれだけのことですら、両者の全身から表出した魔力と闘気が衝突しあい、嵐の如き暴風が渦を巻く。

 その中心で、今まさに乱打戦を繰り広げている両雄は、魔力を見る事が出来る者からすればまさに超新星爆発を思わせるほどの輝きを発しながら激突を続けていた。


 全身を漆黒で染め上げた琉衣夜の右拳が、唸りを上げてヴァーリへと襲いかかる。

 だがそれを最小限の動きで横へと往なしつつ、ヴァーリは左の拳を突き刺しにかかる。

 それをさらに体を捻る事で躱しながら、琉衣夜はその勢いすら左足で回し蹴りを放っていた。

 その激突の最中で振りまかれた魔力と暴風、砂塵や果てはちぎれ飛んだ草にすら意味を持たせ、肉体同士の衝突の側で恐ろしい数の魔導が炸裂する。


 一般人はおろか、並みの魔導師などその場に立つだけで吹き飛ばされるか、精神喪失してしまうであろうほどの激突。

 ただの一撃で地を割り空を裂く威力の打撃が連続して放たれる中、両雄は未だ崩れる予兆すら見せないまま殴り合いを続けていた。


 琉衣夜の全身を浸す“黒”は周囲の悪意を根こそぎ吸い上げ魔力へと変換し、使い手の力を大きく増幅させると同時に、凄まじい衝撃を受けて軋む全身を即座に修復し続けていた。

 外部から受けるダメージと即座に修復する事で発生する壮絶な痛みは、通常であればショック死しかねないほどに達している。

 未だに琉衣夜が動き続けていられるのは、沸騰し続ける全身を漆黒の癒合がまるで時を巻き戻すかのようにすぐ発生しているからだ。

 全身は絶えず激痛を発し続けるものの、その全てを“黒”の力と圧倒的な精神力で捩じ伏せ、少年はただひたすら勝利のために前進し続ける。

 しかし、戦闘が長引けば“黒”の運用限界に至るだろうし、何より状況がこちらにとって好転するとは限らない。

 故に、琉衣夜はこの戦況を突破する一瞬を求め続けていた。


 対するヴァーリも、そこから一切退く事なく眼前の敵へと対峙し続けている。

 日々欠かす事なく続けてきた鍛錬によって鍛え上げられた全身を、純粋な魔力と両親から受け継いだ肉体強化魔導をもって稼働可能な限界すれすれまで強化する事で、漆黒の獣相手の戦闘を継続する事ができていた。

 既に予備魔力として準備していた魔力備蓄礼装まで使用し、まるで湯水のように魔力を注ぎ込みながら彼は肉体強化・肉体修復・牽制魔導の行使を行なっている。

 時間にして残り数分ほどで予備も含めて全ての魔力が枯渇する。

 その前に、この“黒翼”をどうにかして戦闘不能にする一打を叩き込む必要があった。


 両者ともに自分にとって最適たる思考を推し進めながら、絶える事なく激突を続けていた。

 琉衣夜が右腕を後方へ引き絞った途端、“黒”が凄まじい勢いで腕を覆い包み人の大きさを遥かに上回る黒爪を象る。

 そのままヴァーリを叩き潰すべく漆黒の巨腕が振り下ろされるが、ヴァーリは瞬間移動を疑うほどの速度で範囲からあっさりと逃げ延びた。

 ずずん、と地響きを立てて大地へと叩きつけられた漆黒の腕を横目に、ヴァーリは琉衣夜との距離を殺しつくすべく地を蹴った。

 両者の間にあった距離はおおよそ常人の五歩分。

 この程度であれば、ヴァーリの脚力であれば一歩で詰め切れる。

 だが、直線的なその動きを阻害するように、黒腕が炸裂し数千数百の針となってヴァーリへと襲い掛かった。

 横合いから殴られる状況になったヴァーリだが、しかしこちらへと到達し始めた針を両腕で弾き、打ち返す事で後続の針を阻害し、生まれた空間へと体を滑り込ませる事でこの全てを回避してのける。

 時間にして数秒ほど。

 だが、この時間は琉衣夜にとって絶好の機会となった。


 ヴァーリが降り注ぐ黒針を前に対応する中、琉衣夜は全身を流れる黒と魔力をぐちゃぐちゃに織り交ぜ、右手へとそのほとんどを一点集中させた。

 びきびきびきびき! と物々しい音を立てながらどす黒い血管を浮かび上がらせるその右手に気づいたヴァーリも、針を排除し終えた途端に対応するべく動き始める。

 牽制とばかりに左手を振るう事で鎌鼬を放ちながら、琉衣夜と同様に魔力を集中し迎撃の態勢をとった。

 敵の風刃を気にする事なく琉衣夜は地が砕ける程の勢いで踏み込み、前進を開始した。

 互いの距離が瞬きをするほどの間に失われ、再び両者の拳が互いを害する間合いへと踏み込む。


 刹那、琉衣夜の漆黒の右腕が振るわれた。

 何の衒いもない、単純な右ストレート。

 されどその腕に込められた威力を思えば、それ以上に最適な行動もないだろう。

 対するヴァーリもその左腕に輝く魔力を宿し、迎撃するべく掌底を突き出した。

 瞬間、両者の拳が激突し、互いの魔力が互いを滅ぼし尽くすべく喰らい合う。

 だが、激突の瞬間にその勝敗はもはやわかりきっていた。

 ベギリという鈍い音と共に、ヴァーリの左腕が肩までぐしゃぐしゃにへし折れていく感触が琉衣夜の右腕に伝わった。

 勝った。

 このまま拳を振るいきれば、ヴァーリに致命の一撃を与える事ができる。

 琉衣夜の思考を、そんな確信が埋め尽くす。


 だが、その確信は次の瞬間に消え失せた。

 砕けつつあるヴァーリの左腕が掌底の形からこちらの右腕を掴むように動き、外側へそらすように動いたからだ。

 右腕が外へ大きくそらされたことから、琉衣夜の胴がわかりやすく開かれた。

 そして、敵の懐へと潜り込むべく震脚と共にヴァーリの体が大きく踏み込み、同時に先ほどよりも強大な輝きがヴァーリの右腕から放たれた。


「ナッ……ッ!?」

「……左腕はくれてやる」


 日輪の如き輝きを放った右腕を前に、琉衣夜の表情がわずかにあっけにとられたようなものへと変わる。

 対するヴァーリは痛みに歪む表情を隠すことなく、されど勝負を終わらせるべくその右腕を突き上げる。

 一撃必殺を旨とする一撃に加え、防御ができない状態の敵に対し魔力を盛大に混ぜ込んで強化した、渾身の一打。

 まともに受ければ、“黒”の防御があるといえど上半身と下半身がお別れすることになるであろう。


「ダト、思ッタヨ」

「……っぐ、が」


 そう、受ければ。

 だが、その前に漆黒の牙がヴァーリの腹を食い破っていた。

 カウンターを用意していたのは二人とも同じ、ただそれだけのことだ。

 敵の体内に侵入した真黒の汚泥は、豊富な魔力を飢えたヒルのように貪り始め、あっさりとその全身を侵食していく。

 右手に集中されていた魔力もその例外ではなく、時間にして数秒ほどで接続されていた予備魔力も含めて吸い尽くされることとなった。


「く、そ……ぬか、ったか」

「ソォダナ、存外呆気ナい幕切れだったよ」


 言葉の途中で、琉衣夜の全身を浸していた漆黒が外へと這い出していく。

 未だ警戒態勢ではあるものの、その全身からはもはや闘気を感じない。

 当然だろう、ここまで“黒”に侵された状態であれば、もはや生命をつなぐことすら難しいのだから。


「随分と手間取らせてくれた礼だ。悪いが、容赦無く吸い上げさせてもらうぜ」

「……好きに、しろ」

「それじゃあ、遠慮なく」


 言葉が早いか、“黒”の群はあっさりとヴァーリの全身を飲み込み、魔力はおろか魔力につながる生命力すらも限界ギリギリまで喰らい尽くす。

 あと十数分で回収されなければそのまま死ぬかもしれないが……琉衣夜はそれでも構わないと考えていた。

 この後に起こる戦闘に備えたいのももちろんだが、自分の知り合いに手を出せばどうなるのか、これがわかりやすい見せしめになるからだ。

 ここでの戦闘は、周囲の魔導師達も積極的に偵察しているはずだ。

 そいつらに警鐘を聞かせることが出来れば、御の字といったところだろう。


「……くそ、思ったよりも時間がかかっちまった。敵の本丸はあっちだってのに」


 ずるずるずるずると食事を終えた“黒”達が地へと帰っていくのを見届けながら、琉衣夜は相も変わらず異様な気配をばら撒き続けるナニカへと視線を向ける。

 その先には、こいつを雇ったらしい敵が潜んでいるだろう。

 であれば、そいつを叩き潰さなければこの異変は終わらないだろう。

 幾分か補充された魔力と、自身の体が問題なく稼働することを確認してから、琉衣夜は再び行動を開始する。


 きっと夜はまだ長いだろう。

 しかし、終わらない夜などないのだ。


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