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第2章 昏きに潜む-12


「さて、最低限の治療はできたかな。あとは体力の回復に任せるしかない」

「そうだね。これ以上いじると余計にややこしくなっちゃうかも」


 場所は変わって、琉衣夜達のマンション。

 敵の毒を受けたらしき静を連れて帰り、瑠奈と共に一通りの治療が完了したところだった。

 “黒”と魔力投入を行なっていた琉衣夜は、額に浮かんでいた汗を拭う。

 対する瑠奈は「よくがんばったね〜」とその背中を撫でていた。

 連れて帰ってきた時は荒々しかった静の呼吸も今は安定している。

 安らかな表情で眠りについていることからも、容体が安定したことが見て取れた。


「あとは着替えさせてあげた方がいいかな〜。私、静の部屋から服取ってくるね」

「頼んだ。俺は一応報告をしておく」

「うん、よろしくね」


 ぱたぱたと足音を立てながら、瑠奈は隣の静の部屋へ向かっていく。

 どうやらお互いに何かあった時用に合鍵を交換していたらしい。

 手回しのいいことだと感心しながら、琉衣夜は静の眠りを邪魔しないようにベランダへと向かう。

 既に眠りについていたのだろうか、若干イラついたような口調で相手は応答した。


「それで? この夜更けにわざわざ叩き起こしてまでしないといけない報告ってのは何だい?」

「キレるなよ。俺だって何もなければお前にわざわざ連絡しないっつの」


 電話越しに深々とため息をついているのが聞こえてくる。

 お互いに何もなければ連絡をしたくない相手だ。

 逆に連絡をするということはそれなりの理由があると相手も理解しているはずで。

 通話の相手、司もそれがわからないほどの馬鹿ではなかった。

 若干苛立ち混じりの口調のまま、会話を継続するべく言葉を続ける。


「何かあったのかい」

「静が負傷した。こっちのテリトリーに侵入して偵察をばらまいてる敵を叩いたら、もう一人追加で出てきた奴に攻撃されたらしい」

「ほう、怪我の様子は?」

「軽傷だ。ただ、毒の類だから回復するまでは前線には出さない方が良いな」

「なるほどね。そっちで対応するのかい?」

「俺が出る。静の容体確認は瑠奈に任せる予定だ」

「それで構わないよ。君が無様な姿を見せなければ、瑠奈も前線には出ないだろうしね。余程の事が無い限りは、負傷者の看病を優先してくれるはずだ」


 こちらはそれで別に構わないよ、と返してくる司に対し、琉衣夜は「ただ」と言葉を重ねる。


「万一のこともある。瑠奈が回復役を回すよう依頼してきたら、手が足りないと断ってくれて構わない」

「それは構わないが……理由は?」

「回復役を静に回して二人で制圧しようと言いかねないからな。俺としちゃありがたいが、瑠奈があまりホイホイ前線に出ると、別の奴らを刺激しかねないだろ」

「なるほどね。この前の“東方不敗”とイタリア戦は降りかかる火の粉だったから別段影響はなかった。しかし、今回のはややこしい状況を作りかねないと」

「もちろん、杞憂で済めばそれで良い。良いんだが、アイツが下手に出張るとただでさえ最近増えてきた目が余計に増えかねないしな」


 “黒”の斥候を放つようにしてわかったことだが、彼らの周囲には思った以上に視線が多い。

 鬱陶しいことこの上ないが、よくよく考えてみれば当然のことだ。

 なにせ大天使の影響力は一つの国家を超えて波及しかねないほどに大きいのだ。

 何か動きがあれば即座に捕捉できるように、様々な連中が監視態勢を組んでいることだろう。

 そんな奴らが瑠奈の出陣を観測したら、どうなるか。

 まず間違いなく余計な敵の出現を招く。

 そんなことはないだろう、と考えてはいけない。

 相手にもしかしたら、と勘ぐられた時点で干渉される可能性が上がるのだ。

 突かなくても良い蜂の巣を刺激する必要はない。

 切り札は切るべき時まで取っておく、これは定石だ。

 同じ思考を巡らせているであろう司も、一拍置いてこれに同意の意を示してくる。


「良いだろう、こっちの受付には根回しをしておく。ただ自分から援軍は不要と言ったんだ、それなりの成果を出せよ」

「当然だろ。言われなくてもそうするさ」

「結構。報告は終わった後いつも通り提出してくれ。君が負傷すると瑠奈が余計に不安定化するから、引き際だけは間違えてくれるなよ」

「了解、じゃあな」


 必要なことは互いに共有し終わった。

 そして、何もないのにぐだぐだしゃべりあうような関係性はこの二人の間にはない。

 あっさりと通話をやめ、ベランダから室内へと戻る。

 と、戻った所でハタと気付いた。

 いつもの寝室で静も寝ているということは、少なくとも回復するまではあの寝室で一緒に寝る訳にはいかないだろう、ということに。

 瑠奈は、おそらく何の問題もない。

 普段から一緒に寝ているし、そもそも別室で寝ることを良しとしないのは瑠奈の方だ。

 だが、もしも静が回復した後にどんな反応をするかは正直に言って予測できない。

 もしかしたら頓着しないかもしれないが、しかしもし気にするタイプだとしたら?


「……考える方がめんどくせえな。リビングで寝るようにしておくか」

「何がめんどくさいの?」

「ん? ああ、瑠奈か。もう着替えさせたのか?」

「うん、もう終わったよ」


 特に問題なく着替えを終わらせたらしい瑠奈が、いつの間にか後ろに立っていた。

 水の入った洗面器と濡れたタオルを持っている辺り、着替えさせるついでに体も拭いたらしい。

 仕事の早いことだ。

 とてとてと風呂場に手に持った物を置いて戻ってきた瑠奈に、琉衣夜は言葉を掛ける。


「いや、後々面倒になりそうだしリビングで寝るようにした方が良さそうだな、と思ってさ」

「そう? 一応何があっても良いように、私は同じベッドで寝るようにするつもりだけど」

「起きた時に何か言われても面倒だしな……」

「ないと思うけどねー……まあ、良いんじゃない」

「……何むくれてんだか」


 ほんの少しむくれた様子をなぜか見せる瑠奈に対し、琉衣夜は首を傾げながら答える。

 まあいいや、と思考を若干放り捨てて琉衣夜は静の眠る部屋から自分用の布団を取り出した。

 本当ならばこの時間に突撃を敢行したい所だが、攻撃に回った所で再度こちらの拠点を襲撃されると余計に面倒なことになりそうで困る。

 静に対しては結界魔導で防衛を行いながら、普段通りの生活をしていると見せかけつつ攻勢をかけるのが一番わかりやすいだろうと判断し、普段通りの時間に眠ることにした。


「明日は結界だけ一応つけておいて、生活自体は普段通りにしよう。こちらが治療に専念していると判断されると、追撃を受けるかもしれない」

「? 別に追撃されたら反撃すれば良いんじゃない?」

「いや、反撃するのは別に良いけど、周りにバレたらやばいだろ。あと、できれば自分の部屋が攻撃されるのは個人的に嫌だ」

「まあ、それはそうかなぁ……」


 いまいち理解しきれていない様子の瑠奈だが、そもそも瑠奈が敵に対して全力で反撃をしたらこの部屋が砂の城のように崩れ去ることは自明だ。

 後処理や周囲の人の目を気にするのであれば、攻勢こそが望ましい。


「もう既に情報収拾は続けてるしね。明日の夕方には攻撃できるでしょ」

「じゃ、学校帰りに突撃だね」

「いや、万が一静が襲撃されるとまずいから、瑠奈は待機ね。治療班もこちらに回せないって言ってたし、容体が急変したら対応できるのが瑠奈しかいないし」

「えー……本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。どうにもならなさそうだったら逃げるからさ」


 そう返すも、瑠奈は相変わらず心配そうな表情を浮かべている。

 けれど、琉衣夜の決意が変わらないことを理解したのか、ため息とともに首を縦に振った。


「わかったよ……無理はしないでね?」

「気にすんなって。んじゃ、おやすみ」

「ん〜、おやすみ」


 ひらひらと手を振って、ほんの少し眠そうに目をこすりながら瑠奈も自分の寝室へと戻っていく。

 普段は琉衣夜にとっての寝室でもあるのだが、今日に限ってはこのリビングだ琉衣夜にとっての寝室だ。

 欠伸を一つこぼして、琉衣夜も自身の寝床に潜り込む。


 目を閉じれば、この町中に配置した黒の気配がそこかしこから返ってくる。

 空に、地上に、地下に、うごめく漆黒が彼へ情報を大量に流し込んでくる。

 少しずつ少しずつ彼の意識は眠りへと誘われていく中で、眠気に微睡む意識を留めつつ情報を整理していく。

 勝負の時は、明日。

 その時のために、情報は多ければ多いほどありがたいのだから。


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