第2章 昏きに潜む-11
「回収してきたのか」
「未だ生存、肉盾としては有効」
「評価していたにしては、随分な言い様だな」
「結果こそ魔導師の全て」
仲間を回収したヴァーリは、抱えてきたオイゲンをドシャリとアスファルトの地面へ放り落とす。
鎮痛自体は既に済ませているが、他人の治療はヴァーリにはできない。
もしセレナが治療できるなら、と連れて戻ってはきたが、期待に反してセレナ自身は首を横に振る。
「私は治療できないぞ。せいぜいが自己治癒の促進程度だ。腰骨を砕かれるレベルの損傷はどうしようもない」
「骨の癒合は」
「そもそも骨の治療は本人の体力を異常に消費する。オイゲンの状態で骨を治療しようとすれば……下手すれば死ぬぞ」
「仕方ない、儀式終了まで待機」
「そうだな。特に今は魔力を回せない。儀式の後に魔力が残っていれば、生命力に回せるかも知れん」
セレナはそう答えて儀式場へと視線を移す。
組み上げられてから数日、この場へ引き込まれた霊脈から魔力を集中的に溜め込んだ儀式場は既に一人の魔導師では抱え込みきれないほどの魔力を保有していた。
ここまで膨らませてやれば、あとは方向性を間違えなければ問題なく動くはずだ。
とはいえ、まだ必要量には届いていない。
あと少し、あと少しだけ待つ必要があった。
「もう少し待てば、根の堅洲国が顕現する。そうすれば、私の目的も、あなたの目的も達成されるでしょう」
「……そうだな」
セレナはそう語り、自らの作り出した計画がうまく動いていることに小さな笑みを浮かべる。
魔導式、“根の堅洲国”。
死者の世界たる黄泉の国を顕現させ、死者の存在を呼び起こすことを目的とした術式。
非常に端的な言葉で言うのであれば、死者蘇生を可能とするかもしれない術式だ。
かもしれない、とつけたのは、誰もこんな術式を本気で試したことがないからだ。
欧州において、死者とは神の元へと帰るべき存在だ。
最後の審判の元に全ての死者は神の国へと導かれ、それまでの間は神の元に眠るべき存在。
しかし極東においては、死者とは地へ帰る存在だ。
そして、極東には死者の国たる根の堅洲国の概念が存在する。
死者が安らかに過ごすべき世界が存在する。
であれば、地の底の世界たる根の堅洲国を現世へ呼び出すことができたなら、死者を呼び戻すことも可能なのではないか。
そんな思考の元に始まったのが、この術式だった。
されど、根の堅洲国の入り口たる黄泉比良坂の霊脈は、現地の魔導師達にガチガチに固められてしまっていた。
源流を使用することができれば、より強い属性を持たせることができただろうが、霊脈を何代もかけて味方につけた一族を敵に回した状態で何日も準備を必要とする術式を使うなんて不可能だろう。
それよりは支流であっても黄泉比良坂の霊脈の力を持つこの場に陣取る方が可能性があった。
弟を呼び戻せる唯一の可能性。
縋り、追い求めるには十分な理由だろう。
そして、その可能性があともう少しで実を結びそうな段階にある。
「……あとは、邪魔が入らないことを祈るばかりだが」
「推測するが不可能。明日にでも攻撃されると思われる」
セレナの言葉に対し、ヴァーリはぶっきらぼうに答える。
テリトリーを侵犯しているのはこちらだし、斥候を大量に飛ばしているのもこちらだ。
霊脈を勝手に使用しているだけで攻撃されてもおかしくない状態で、相手のメンバーを迎撃しているのだから、反撃してこない方がおかしい。
早ければ今日。
遅くとも明日には攻撃を受けることだろう。
「……防衛の準備をしておく。そちらの管理は任せる」
「ああ。きっとうまく行かせるとも」
セレナの返事へ小さくうなずいて、ヴァーリは儀式場を後にする。
防衛側の有利は、事前の準備を張り巡らせられることにある。
敵の攻撃に備えるには、この時間を無駄にするわけにはいかない。
“東方不敗”は負傷したかも知れないが、まだ“黒翼”と大天使は健在だ。
準備はするだけしておくべきだろう。




