第2章 昏きに潜む-8
「おや、しぶといね」
終わった、そう一瞬考えたオイゲンだったが、眼前で起きる光景を前に緩めかけた気を引き締める。
対し、静は“武の領域”が敵を止め得ぬと理解した瞬間に動きを変えていた。
目前へと迫り来るカラスを横薙ぎに払い、こちらへと向かいくる数匹を一撃にて叩き落とす。
しかし第二波、第三波と襲いかかってくるのを見るや、その場での迎撃は不可能と判断し、一気に駆け出した。
向かうは前方、オイゲンの立つ位置へと迫るべくその足を前へと踏み出す。
全方位から攻撃が襲ってくると考えるなら、距離を取ることに意味はない。
そもそも戦場は広さが限定的な屋上だ。
下がったところで敵の射程からは逃れられず、空を堂々と舞うカラスたちの目から逃げることも難しいだろう。
マンションの中へ逃げ込むことも一瞬考えたが、マンション内の構造がわからないことや一般人を巻き込みかねないこと、そもそもとして刀を振りにくい環境にわざわざ自分から飛び込むことの愚かさを思えば、これが最善択だと考えるほかにない。
“武の領域”が通じないのであれば、この愛刀に全てを託すのみ。
そう、思考を切り替えて全身全霊のままに前へ前へと突き進む。
これを受けて、オイゲンも無言のまま迎撃する態勢を取る。
指を軽く降ると共に、カラスの動きが変動する。
全方位から包み込むように動いていた包囲網がずらりと並びを変え、彼女が突撃する方向へ第三波、第四波と連続して襲撃するような形へと変貌していく。
しかし、これを前にして静はその勢いを全く止めない。
さらに強く踏み込みながら襲いくるカラスの第一波を引き裂き、神刀に纏わせた魔力を斬撃と成してさらに後方の第二波の足並みを崩しにかかる。
無論、ただそれだけで敵の攻撃が消失するわけではないが、一方で全ての弾丸が無事と言うわけでもない。
複数匹倒れるあるいはわずかでも足並みが崩れればその隙間に体を飛び込ませることができる。
隙間に体をねじ込むことができれば、その間に次の攻撃へ備える時間が生まれる。
隙間へ体をねじ込み、その間に勾玉へ魔力を通して範囲を縮小した“武の領域”を即座に展開、範囲を狭めた分威力を集中させた重圧が発動した。
一方の黒弾をしのぎつつ、その間に即座に刀を右へと払い、さらに敵の数を減らしにかかる。
敵の弾幕は厚く、早い。
だが、一分の隙もないわけではない。
隙があれば、付け入る。
隙がないのであれば、作り出す。
ねじ込み、相殺し、かいくぐり、出し抜く。
それを可能としているが故に、彼女は“東方不敗”などと言う物騒な二つ名を冠しているのだから。
「ほれ、これだけで終わりではなかろう」
「もちろん? せっかく来てくれた客人のもてなしを、これだけで終わりにする訳がないだろう」
しかし、オイゲンとてそれで終わるわけではない。
空から舞い込んでくる黒鳥の隙間を縫いながら前進してくる静に対し、ニヤニヤとした調子を崩さないままさらに指を振るう。
刹那、屋上の床を駆け巡る灰色の影。
その汚穢と腐肉の混ざり合ったような匂いに、静はその眉をひそめる。
「……鼠か。ほんに女性の苦手な動物ばかりじゃの。これで油虫など使おうものならえんがちょじゃぞ」
「ははぁ、体が小さくてどこにでもいるでしょうしね。次はそれを検討しましょう」
「おんしに次などないわ。自惚れるのも大概にせい!」
苛立った口調で吼え立てる静に対し、まるで同意するように明滅する神刀。
その明滅がさらに強まり、青白い輝きがその手の内にある愛刀から放たれる。
輝きは幾条もの閃光へと変貌し、屋上を赫奕と照らす。
青白い日輪の如き輝きを前に、オイゲンは目がくらまぬよう手で視界をかばいながら小さく囁いた。
「随分ギラギラとした光だね。見ててイライラしてくるよ」
「そうか? いわゆる神光にあたるものじゃがの。それを見て苛立つということは、おんしは邪なるものということじゃの」
「人間は大体邪なるものだろうよ」
そう吐き捨て、オイゲンは襲撃の布陣を再度整える。
対する静は閃光を宿す神刀を構え、最短距離を駆け抜けるべく経路を再考する。
「さあ、踊り続けようドブの王。私を手篭めにするのじゃろ? ならばそれなりの実力を見せてもらわんとの」
「……そうだね、君にはまだまだ踊ってもらうよ。君の全て、見せてもらわないとね」




