第2章 昏きに潜む-7
「おやおや、随分と用意周到じゃな。さぞおなごを呼び込むタイプなんじゃろうなあ」
「そりゃあ女性との出会いは一期一会ですからね。気に入った女性は可能な限りその場で関係を作らないといけませんから」
「ふむう、私とは徹底的に合わぬタイプじゃの、おんし」
しゃらり、と金属が走る音と共に何処ともなく愛刀を取り出した静は、相手に対して銀光を宿した刀を構える。
対し、オイゲンは屋上に展開している魔導を操作し始める。
(遅いのぉ、その程度の速さで追いつけるとでも思っているのかこやつは)
その速度は遅い。
既に準備していた術式を起動しているくせに、数秒経っているにも関わらず魔導の効果が表れていない。
それだけの時間があれば、距離を詰めるには十二分。
屋上は対して広くはない。
距離を詰めるのに一秒、刀を振り払うのに一秒。
合わせて二秒もあれば、この戦闘を終わらせられる。
とん、と地を蹴り静は一気に前に出る。
刀を右に構え、魔力を全身に巡らせながら速攻で勝負を仕掛けにかかった。
いかに敵が強大といえどその生身はただの人。
琉衣夜のように身体強化に長けていたり、瑠奈のように膨大な魔力を秘めているのでもない限り、全霊の一撃を受ければその身は真っ二つに引き裂かれる。
そして、魔導師の寄る辺たる魔導展開速度は、こちらの接近速度にはるかに及ばない。
であれば、必然として白兵能力の高い方が勝つ。
これは、そういう戦いだ。
だからこそ、静は“東方不敗”などという異名を受けるに至ったのだから。
一歩、前に出る。
ただそれだけで互いの距離が半分ほどになる。
この時点で魔導の展開は完了していない。
地を這う魔力が光源となって何やら文様を描き始めているが、もう遅い。
二歩、更に踏み込む。
これでもはやこちらの射程圏だ。
あとは右に構えた神刀を振り払えば、この戦いは終わり。
そんなことを考えながら、何の感慨もなく静は刀を横薙ぎに払う。
下手な肉体強化などあっさりと引き裂く銀光を前に、敵の魔導師は未だ動かない。
(……つまらん奴じゃ、挑発した甲斐がない)
秒を待たずにその肉体は血の花を咲かせて倒れふすだろう。
しかしその確信は、視界外から飛び込んできた一撃によってズラされる。
「ぬっ……!?」
「本当にせっかちな子だ。さっきも言ったけれど、これは舞踏会だよ? 一瞬で終わらせたらもったいないじゃないか」
「……舞踏会にカラスを連れ込むような奴は願い下げじゃの」
こちらの踏み込みをそらした間に、オイゲンは刀が届かない範囲へと退がりながらそう笑いかける。
対して静は視界外から飛び込んできた突然の来訪者を前に、「さて」と態勢を整えようとしていた。
先ほどこちらの攻撃に飛び込んできたのは、魔力で全身を強化したカラスだった。
弾丸の如き速度で突っ込んできたのを見るに、魔力で完全に操作しているのだろう。
しかもこちらへ飛び込んできたにも関わらず、衝撃の余波も見せずに空へと飛び去っていく。
あんなものが視界外から飛び込んでくることを考えると、一対一の白兵戦はほぼ成立しない。
こちらが距離を詰めようとした所に、死角から飛び込ませるだけで相手は窮することだろう。
(あれが切り札であればここまで余裕を保ち続けられる訳も無し……。まだ敵に持ち札がある状態で、死角から攻撃を受け続けるのは控えめに言ってまずいのう)
「これは失敬、とはいえこの子達は僕の従順な友人でね。不躾ではあるけれど、この子達の参加も許してほしいな」
「この子達、じゃと……?」
バサァ、と音が響く。
ハッと音に導かれて空へを視線を向ける。
気づけば、夜闇の中を飛び交う何らかの音がそこかしこから聞こえてきていた。
その数は、両手の指では圧倒的に足りない。
数十か、数百か……少なくともその位のカラスが空を覆っていた。
「これはこれは……一人のおなごに対して随分な準備ではないか?」
「君の実力に敬意を示していると考えてほしいな。これでも足りるか不安なくらいだ。使えるものは何でも使う、魔導師ってのはそういう生き物だろう?」
「それはまあ、そうじゃのぉ」
とはいえ、こんな状態を目の前にして素直に賛成を示すのも憚られる。
白兵戦を想定していたが、これだけの規模で範囲攻撃を叩き込まれるとなると、制圧戦の方が適切だろう。
これから始まるであろう戦いを前にげんなりとした表情を浮かべる静。
対するオイゲンはニヤニヤとした表情を崩さないまま、展開した状況をそのままぶつけにかかる。
「そういうわけで、踊ってもらおうか。盛大にすり減らした後で寝室へ連れて行ってあげるよ」
「ここまで悪趣味じゃと乗ってやるのも癪じゃの……!」
空を裂いて襲いかかってくる黒鳥の群れ。
対し、静は神刀を構えるも、別の部分へ意識を集中させる。
その魔力が向かう先は首元にぶら下げた勾玉。
彼女が操る愛刀と同格の伝説を持つ、神域の宝具。
自らが認めた主人の元、勾玉はその身に宿す神威を放った。
「……現れ出でよ、“武の領域”!!」
咆哮と同時に、彼女が注ぎ込んだ魔力に従い勾玉が真紅の輝きを放つ。
刹那、紫紺の領域が屋上全体に展開された。
時空すら歪めるほどの重圧が黒烏を包み込み、その全てを叩き落とす。
……はずだった。
弾丸の如き勢いで飛び込んでくる黒鳥の速度は一切殺されることなく、紫紺の重力をまるで感じさせることなく静へと距離を縮めてくる。
「な……っ!」
「あらら、ここまでかな」
驚いた色を見せる静に対し、オイゲンは「この程度か」とでも言うかのようにポツリと囁いた。
瞬間、ぐしゃぐしゃと肉を貫く音が、夜の闇に鳴り響く。




