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真夜中の作業

加筆修正を行いました。

改めて宜しくお願いします(10/29/2017)

『こちら本部。ターゲット含め、現在の周辺地形把握完了いたしました。いつでもいけますよ』

「こちら藤崎。了解、機を見てしかけるとするよ。……はあ」

『今夜は、いつになくテンションが低いですね』

「こんな夜中にいきなり呼び出しておいて、にっこり笑顔で仕事しろってか?」


 くだらないと吐き捨て、琉衣夜はけだるそうに立ち上がる。

 今宵の空に、月はない。光源は道路にポツリポツリと設置されている街灯のみ。にも関わらず、彼の目は数十メートル先の標的を、何の狂いもなく補足していた。


「……行くぞ」


 誰にともなく呟いて、琉衣夜は今の今まで腰掛けていた屋根の上から跳躍する。まるで砲弾のように放物線を描きながら、彼はただ一跳びで彼我の距離を埋めきった。

 音もなく、いきなり空から降ってきたようにしか見えない琉衣夜に、杖をついている老人はかなり驚いたらしい。その口はパクパクと動くばかりで、声を発することができないでいた。

 存外、人間のリアクションなんていくつ年を重ねても変わらないものらしい。極度の眠気でぼんやりとする頭で、そんなくだらないことを考える。


「え〜っと、ロナルド・パーカー?」


 その名を告げた途端、老人の気配が一変した。

 ロナルド・パーカー。それは、国際的に指名手配されている魔導師の名だ。目の前にいる老人がそうらしいという話だったのだが、ここまでわかりやすいリアクションを返されると、少し拍子抜けしてしまう。


「何者かね、君は」

「答える必要性を感じねえな」


 端的に答え、琉衣夜は前に出る。それを見て、老人も見た目を裏切る俊敏な動作で対応してきた。

 突き出した琉衣夜の右拳を流れるような動きでかわし、返しの動作で杖を突き出してくる。左手で受け止めてさらに反撃しようと一瞬考えたが、右目に宿した“黒”の発する警告に従って避けた。

 すると、杖と体が交差する一瞬直前で、杖が怪しい光を放ち始める。自分の判断が間違っていなかったことに安堵するも、思った以上に厄介な力が込められていることを把握して、内心で舌打ちしてしまう。


(触れることで相手の魔力を奪う杖、か。不用意に触れれば魔力を奪われる。かと言って距離を開ければ、今度は反撃の魔導が飛んでくる……いい駒持ってやがんな)


 “黒”が解析した敵の情報に、まあでもやることは変わらないか、と改めて自分が取るべき手段を再認識する。

 相手に近接戦を敬遠させ、本命をぶちかます。

 シンプルではあるが、決して悪い策じゃないだろう。どこから崩そうか思考を巡らせていると、それを弱気と見て取ったのか老魔導師はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「おや、威勢良く飛びかかってきたはいいものの、どうすればいいのかわからんのかね? ふうむ、この程度ならわざわざ警戒するまでもなかったかな?」


 あまりにもわかりやすい、安い挑発だ。その程度の話術では、子供でも引っかからないだろう。

 だが、彼はわざとそれに乗っかってやることにした。無言のまま、しかし今の言葉に気分を害したとでも言いたげな表情を作り、先ほどと同じように前へと踏み込む。


「ほほ、気が短いのう。それではいかんのではないか、のっ!」


 自らの策にかかったと気を良くしたらしい老魔導師が、こちらの動きに合わせて杖を振るってくる。

 が、いくら鍛えられていると言っても、肉体強化の魔導を使っているわけでもなく、杖の動きそのものもはっきり言って単調。“黒”を全身に這い巡らせた琉衣夜にとって、軌道を見切るのは容易なことだった。

 膝を思いっきり曲げて体全体を深く沈める。こちらの上半身を狙った一撃は、たったそれだけの動きで空を切った。

 こちらが攻撃を避けることをまるで想定していない全力のフルスイング。そrをかわされれば、隙ができるのは明確だ。

 敵が杖に振り回されて態勢を取り戻せない所へ、カウンター気味に左拳を叩き込む。拳に反応できなかったのか、それともかわされることをそもそも考えていなかったのか、気持ちいいほど狙った通りに反撃が突き刺さった。


「ご、お……っ?」


 腹部へ入った痛撃に顔をしかめる老人へ、今度は顎に向かって右の掌底を突き入れる。これもまた笑えるくらい的確に入った。


「お、らあっ!」


 二発で足元をふらつかせた老魔導師へ、トドメに全力の蹴りを叩き込む。足に力が入っていなかった敵はそのまま後方へと吹き飛び、そのまま動かなくなった。

 夜の世界に、静寂が戻り始める。


「……えっと」


 本当に、これでいいのだろうか。

 いや、琉衣夜は別に強者を求めているわけじゃない。楽に勝てることが嫌なわけでもない。依頼が簡単に終了するのであれば、それは喜ばしいことだ。

 ただ、あまりにもこれは肩すかしすぎやしないだろうか。


(これ、俺をわざわざ呼ぶ必要あったのか……?)


 自分以外でもどうとでもなる相手だっただろう。わざわざ彼を数千キロも彼方の潜伏地まで呼び出して戦わさせなければならない相手だとは思えなかった。


「はあ、くだらね……」


 ポツリと呟いて、老人へ背を向ける。時間帯はすでに深夜だ。戦闘開始前から、すでに眠気が全身を苛んでいた。

 あくびを隠しもしないまま、その場を遠ざかろうと足を踏み出す。

 途端、背後から飛び起きる音と共に、かすかに勝ち誇った声が聞こえてきた。


「ダメじゃないかね。まだ殺したと確証を持っていない相手に背を向けるのは!」


 同時に、敵の魔導が起動態勢に入る。距離的に考えて、“黒”で補強していても妨害はできないタイミング。だが、琉衣夜はため息をつくだけで振り返りすらしなかった。


「残念だけど、アンタもう詰んでるよ」


 何を言っているんだ、と老人の思考が疑問符を生み出した。

 魔導はすでに準備が完了し、あとは発動するだけの状態だ。琉衣夜も特に身体能力強化を行っている気配はない。

 ハッタリだ、気にするまでもない。

 その証拠にほら、今まさに魔導が発動し、目前の鬱陶しい少年を打ち倒す。そう確信して、魔導師は再び笑みを浮かべた。


 ……だが、その確信はあっさりと覆される。


(…………?)


 魔導が、発動しない。

 起動も、必要な手順も全て完了している。魔力が不足している、なんてこともない。発動に必要な条件は全て整っていているのに、なぜ?

 それに、琉衣夜はゆるゆると首を横に振りながら、彼のほうへと向き直る。


「天使もそうだったけどさ……。アンタら、少しは魔導陣の方にも気を配った方がいいぞ? 完成させたらあとは起動するだけとはいえ、無防備にもほどがあるって」


 慌てふためく魔導師にそう言いながら、もう一つ大きなあくびをぶちかます。

 琉衣夜がしたことは、そこまで大したことじゃない。

 敵が魔導をメインに立ち回るタイプであることはわかっていたから、相手の動きをいつでも阻害できるように、“黒”をほんのわずかだけ殴り飛ばしたタイミングで付着させておいたのだ。

 後は、敵が魔導陣を起動させるのに合わせて“黒”を式の中に侵入させ、魔導陣を狂わせてやればいい。たったそれだけで、魔導は不発に陥る。


(本当はごっそり書き替えて、自爆するところまで持って行きたいんだが……ま、それはおいおいだな)


 あまり派手に書き替えると、今度はハッキングが使用者にばれて術そのものをキャンセルされる可能性が出てくる。それでも別に、相手の手数が減ればそれでいいのだが、そこまで出来るようになれば色々なタイミングで役に立つだろう。

 ……現状においては、そこまでする必要すらなかったが。


「さて、そろそろ幕引きにさせてもらおうか?」


 言いながら、己の内に眠る力へ呼びかける。

 この場に眠っていた悪意を呼び覚まし、自らの元へとかき集めて力へと変換していく。

 全力で発動させた時は体の内に留めきれない悪意の力が翼となって彼の背中から現出していたが、今回そこまでの出力は必要ない。

 目の前の老人を、過不足なく食らいつくせるだけの力があれば、十二分。


「……喰らってこい」


 満ち溢れる力に命じた途端、まるで餌を待ちわびていたかの様に“黒”が老人の全身に食らいついた。


「な、なんだこれは……っ!?」


 一見地の底から現れた亡者の手にも見えるそれからどうにか逃れようともがいているみたいだが、“黒”は一度絡みつくとちょっとやそっとじゃ離れない。

 なにせ、元になっているのは、この世界から消えることができないまま止まっている悪意や、マイナスの感情だ。彼の能力の支配下にあると言っても、隙を見せれば琉衣夜にすら牙を剥いてくるほど獰猛である。

 おまけに、彼らの食料は魔力だ。前世の無念からか、それとも人間時代と違って自分で魔力を作ることができないからか、魔力の類には目がない。

 そんな中に、餌を放り込んでやったらどうなるか。

 目の前で起こっている通り、骨の髄までしゃぶり尽くされて、下手をすると命すら食い散らされた挙句に彼らの仲間入りすることになる。


「さて、そろそろいいか」


 とはいえ、今の琉衣夜にそこまでやるつもりはない。こちらへ反撃する余地が残らなくなった程度で、解放する。

 別に加減せずに食い尽くしてやってもいいのだが、今回の任務は可能な限り捕縛しろとの命令がきている。殺すと、後でああだこうだと言われそうで、面倒くさい。


「う、ああう……?」

「あ〜……まあ、これまで散々暴れてきた報いってことで。勘弁な」


 魔力どころか、生命力までも死ぬ一歩手前まで吸い取られた老魔導士が、恨みがましいうめき声をあげながら、こちらを睨んでくる。

 それを見て、少しやりすぎたかと一瞬思ったが、そう言って彼は自分を納得させることにした。

 まあ、可能な限り捕縛優先とはいえ生死問わず扱いのテロリストを、後遺症一つ残さないで捕まえたのだ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない。

 “罪咎の巣”に連れ込まれた後、どうなるかまでは関与できないが。


「こちら藤崎。ターゲットを捕縛完了。回収を頼む」

『了解。すでに回収班がそちらへ向かっています。そちらに引き渡しを』

「はいはい、了解」


 通信用の魔導がかけられた札へ声をかけると、そんな言葉が返ってきた。

 連絡なら普通に携帯を使えよと言いたくなるが、機密などいろいろごちゃごちゃしたことを纏めて解決してくれるのだとか。なんにせよ、組織の都合を彼が嫌と言って変えられるわけもない。

 液晶携帯のカバーケース内に隠しているから、使用感は携帯とあまり変わらない。難点は、常に透化の魔導をかけておかないといけないことだろうか。

 やることもないので夜空を見上げながら佇んでいると、後方に人の気配が現われた。


「……栗原か」

「ええ。お疲れさまです」

「まったくだ。アイツに言っておいてくれ。こんなくだらねえ依頼で、わざわざ夜中に呼び出すんじゃねえってな」


 愚痴を吐きながら、相変わらず倒れたままの老魔導士を引きずり起こす。それを見て、美咲は眉をひそめた。


「拘束していないのですか?」

「死ぬ一歩手前まで魔力も体力も搾り取ってるんだ。反撃する余地なんざ、ねえよ」

「そういう油断は、危ないと思いますが……」


 そう言いながら、彼女は懐から取り出した縄と手錠で拘束していく。それを見届けてから、彼は美咲に背を向けた。

 回収班への引き渡しは完了している。もうここに用事は、ない。

 そう判断して、彼は帰るために踵を返す。

 さっさと戻らなければ、明日の学校に支障が出てしまう。


「ったく、なんで俺がこんなことをしてるんだろうな」


 ポツリと呟かれた言葉に、答える声はなかった。



 バフ、という何かが布団に倒れこむ音を聞いて、瑠奈は目を開いた。

 顔を上げると、床に敷いた布団で琉衣夜が眠りについていた。きっと、今帰ってきた所なのだろう。ほんのりといつも彼が使っているシャンプーの香りがこちらまで漂ってきていた。

 クシクシと潤む目をこすると、こちらの動きに気付いたのか琉衣夜がこちらへ顔を向ける。


「……悪い、起こしたか」

「ううん、大丈夫。琉衣夜こそ大丈夫?」

「怪我とかはない。ただ、そうだな……。眠い、ひたすら眠い」


 本当に眠いのだろう。いつもよりもさらにボソボソとした小声でそう答えてくる。そっか、と彼の眠気を阻害しないようにこちらも小さな声で答えた。


「おやすみなさい。明日のご飯は私が準備するから、安心して寝てね」

「……ああ、頼んだ」


 お休みの言葉を言う間も無く、そのまま琉衣夜の意識が闇に落ちた。数分と経たずに規則だった寝音がこちらに聞こえてくる。


「おやすみなさい」


 真夜中の仕事を終えて休息の眠りにつく彼にそう小さく告げて、瑠奈はベッドに再び寝転ぶ。

 枕元の時計に目をやると、今の時間は午前二時すぎ。遅刻しないギリギリの時間まで寝ても五時間ちょっとだろうか。

 “罪咎の巣”に呼び出されることが増えてから、琉衣夜は以前に比べてかなり睡眠時間が削られてしまっていた。酷い時は、二日続けて二時間程度しか眠れなかったことさえある始末だ。

 可能ならもっと眠らせてあげたいのだが、睡眠を優先させて遅刻したりすると奏絵先生に余計な心配をかけてしまうと言って琉衣夜が嫌がる。

 瑠奈にできるのは、琉衣夜がギリギリまで眠っていても大丈夫なように家事をしてあげることぐらいだ。


(私は寝坊したりしないようにしないと……)


 時計と携帯がきちんとアラーム設定されていることをもう一度確認した上で、目をつぶる。

 叶うならば、明日が彼にとって安らかな一日になることを願ってやまない瑠奈だった。


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