本当に、あったんだ。
夜はすっかり更け、教会の天窓から差し込む月の光だけが、世界を照らしていた。
祭壇の前で、レイとハルカは言葉もなく立ち尽くす。
重ねた手からはもう光は消えていた。それでも二人は、しばらく手を離せずにいた。
「…レイ」
「ん?」
ハルカは唇をきゅっと結び、うつむく。
「…ほんとに」
「…うん」
その先の言葉は続かない。確かめるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
レイは顔を覗き込もうと少しだけ身をかがめたとき、一筋の涙がハルカの頬を伝った。
月明かりを宿した雫は、宝石のように床へ落ちる。
「本当に…」
震える声。
「うん…」
「あったんだ」
何年も、何年も信じ続けた夢。
誰に笑われても諦めなかったもの。それが今、ようやく現実になった。
ハルカは目元を乱暴に拭う。それでも、涙はとめどなく溢れ出る。
「――っ」
深く行きを吸う。
肺いっぱいに冷たい夜の空気を見たりて、空を見上げた。
「魔法は…あったんだ!」
弾けるようにそう叫ぶと、そのままレイに飛びつく。
「わっ」
勢いに押され、レイは一歩だけ後ろによろけた。
それでも、ハルカを受け止め、そっと背中へ腕をまわす。
レイはハルカの背をゆっくりとさする。
「うん」
優しく背を撫でながら、小さく笑う。
「ハルカの言ってた通りだったね」
「えへへ……」
泣き笑いになった声が制服越しに伝わってくる。
教会の中には、もう何もない。
それでも二人にとって、この場所はきっと一生忘れられない場所になった。
*
教会の外に出ると、夜風が頬を撫でた。
商店街の店先はほとんどが店じまいを終え、ところどころ灯る街頭だけが静かに道を照らしている。
「暗くなっちゃったね…」
「うん…」
ついさっきまでの出来事が夢のようで、二人は何度も教会を振り返る。
白い壁も、青い屋根も、月明かりの中では何事もなかったように静かだった。
「…電車まだ動いてるかな…」
「どうだろ」
二人は同時に腕を上げる。
時計を見る癖だけは同じなのに、腕時計はどちらもしていない。
一瞬見つめ合う。
「ない」「ないね」
思わず吹き出した。
「レイってほんと真面目」
「はあ、ハルカも見てたじゃん」
そんな他愛のないやり取りを交わしながら歩き始めた。
そのとき、エンジン音が夜道に響いた。
音はだんだんと近づいてくる。
二人は同時に身を寄せる。
街頭の灯りと、車の灯りがぶつかり。一つの大きな灯りへと変わる。
「お兄ちゃん!」
「やっと見つけた!!」
青年――ハルカの兄、ハルトは、駆け寄るなり、その場にしゃがみこんだ。
「よかった〜〜……ほんとによかった……」
「え?何?」
「あまりにも帰りが遅いし、連絡つかないから、心配して迎えにきちゃったよ」
その顔には安堵と心配と怒りが入り混じっていた。
「ご、ごめん」
ハルカは慌ててポケットから端末を取り出す。
「……あ」
画面は真っ黒。何度も電源を入れようと試みても反応はない。
「バッテリー切れちゃったみたい」
小さく舌をだし、えへへと笑う。
「あのなあ…笑ってごまかすな!」
珍しくハルトの声が裏返る。
その勢いにハルカは肩をすくめた。
「ところで」
レイは話題を変えようと、口を開く。
「どうしてここにいるって分かったんですか?」
「…ああ、それはね!」
ハルトは待ってました、と言わんばかりに胸を張る。
「ハルカには、GPSがついているからな!」
「え」
ハルカとレイは同時に顔を見合わせた。
「でも端末の電池切れてますよ?」
「違う違う」
ハルトは爽やかな笑顔のまま首を振る。
「そっちじゃない」
そういって指さしたのは、ハルカ。
「…………え」
嫌な予感しかしなかった。
ハルカはごそごそと自分の鞄を漁る。
するとなにかに触れたのか、顔がみるみる青ざめていく。
「……これ」
鞄から出てきたのは、薄いピンク色のお守り。
レイも見覚えのある、高校に入った当初、入学祝いか何かと一緒に家族からもらったと言っていった交通安全のお守り。
「まさか…お兄…」
恐る恐る中を開く。
中から親指の爪ほどの、小さな機械がころんと転がった。
「ぴんぽーん!」
ハルトが満面のえみで親指を立てる。
「GPSでした〜」
一瞬、夜の商店街が静まり返る。
「…………」
「…………」
「バカお兄ーーーー!!」
ハルカの叫び声が夜空へ突き抜けた。
「この変態!!シスコン!!」
「いやいや、ハルカの安全のためだから・・・」
「安全っていっても、限度があるでしょ!」
「だって心配なんだもん!」
「『もん!』じゃなーーーーーーい!」
レイはそのやり取りを見つめながら、小さく吹き出した。
(――よかった)
さっきまで、世界の秘密に触れていたなんて、信じられないくらい賑やかな帰り道。
でも、そんな何気ない時間こそが、今日という特別な一日を現実へと優しく連れ戻してくれている気がした。




