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わくわくしてきちゃった!

 商店街の中心地を離れるにつれ、街頭は途端に数を減らしていく。

 賑やかな店先も少しずつ姿を消し、代わりにぽつぽつと喫茶店や居酒屋の灯りだけが残る。それでも時折賑やかな笑い声が漏れ、夜になりかけた街に温かな灯りを落としている。


「だいぶ外れまできたね」

 レイが辺りを見回しながら呟く

 昼間なら穏やかな住宅街なのだろう。しかし夜の帷が下りた今は、どこか別の街へ迷い込んでしまったような静けさがあった。


 石畳の道を進んでいくと突き当りに一軒、静かに佇む建物があった。

 白い壁に、深い海の青のような色の屋根。

 長い年月を重ねた石作りの教会は、周囲の新しい町並みとはどこか空気が違って見えた。

 蔦の絡まる外壁は丁寧に手入れされているものの、時の流れだけは隠しきれないようだった。


「…素敵な教会」


 ハルカが小さく息を漏らす。

 その声はわずかに宝物を見つけた子どものような期待が見えた。


「そうだね。しかし、実際見るとかなり歴史を感じるな…」


 門をくぐって教会に近づく。入口には古びた木製の扉があり、その扉がほんの少しだけ開いていた。


「こんな時間でも開いているんだね」


「うん…」


 レイは扉に手をかけると、後ろで立ち止まっているハルカへ振り返る。

 ハルカは教会から目を離さない。


「なんか、わくわくしてきちゃった」


 その横顔を見つめながら、レイは小さく息をつく。


(……また、その目)


 何かを見つけたとき、感じ取ったとき。

 そんなときに見せるハルカの瞳はこの世のものではないような、不気味さすら憶えるほどの不思議な光を宿している。


 レイは、この自分には見えない『なにか』を見つめるような瞳を見ると不安になった。

 それでも、決まってこの目をしたハルカの言葉は、不思議と外れたことがないのだ。だからこそ、余計に焦燥感だけが募っていく。

 レイは首を横にふり、そんな思考を散らした。


「行こっ!」


 ハルカはそう言って、軽い足取りでレイに横に立つ。


「はいはい」


 レイは苦笑しながら、重厚な装飾のされた木製の扉を押した。

 ぎい、と古い蝶番が軋む。


 教会の中は思っていたよりも広かった。

 中へ足を踏み入れると、左右に長椅子が規則正しく並び、その奥には数段高くなった祭壇が目に入った。

 色鮮やかなステンドグラスは夜空を映し、月明かりだけが静かに床へ落ちていた。


 人の姿はなく、静寂だけがそこにあった。


「あれ、誰もいないね」


 ハルカの声が高い天井へ吸い込まれていく。

 レイも辺りを見回す。

 花は新しく生けられ、椅子や調度品にも埃一つ積もっていない。

 それなのに、人の気配だけがすっぽり抜け落ちていた。


「営業時間終わってたのかな?」


「でも鍵開いてたじゃん」


「閉め忘れとか?」


「そんなことあるかな」


 眉根を寄せた二人は顔を見合わせ、小さく笑う。

 その笑い声もすぐに静寂に溶けていく。


「ねえ、レイ」


「なに?」


 ハルカは祭壇の方を見つめたまま、小さく言う。


「こんなこと言うと笑われそうなんだけど」


「今さら?」


「ひどい!」


「冗談だって」


 レイは口元だけ笑って、ひらひらと手を振った。

 ハルカは少しだけ言い淀んで、そして耳を澄ませるように瞼を閉じた。

 その様子を追いかけるように見つめる。


「……なんか、聞こえない?」


「え?」


 レイもハルカに倣って耳を澄ませる。


 時計の音、

 風の音、

 遠くで鳴る踏切の音。


 他には何も聞こえない。

 レイは首を傾げる。


「魔法の次はオカルト?」

 

 呆れ半分に肩をすくめる。


「違うよ。本当に…」


 ハルカは言葉を最後まで言い切る前に、目を泳がせた。


——くすくす。


 小さな笑い声。

 

 耳元で笑われたような、囁くような。

 しかしそれでいて、教会中に響いているような。


 ハルカは息を呑んだ。


「レイ、今なんか言った?」


「言ってないって」


 レイの背筋を冷たいものが伝う。

 教会の中には二人しかいない。

 それなのに、まるで誰かが潜んでいるかのようにハルカは動揺していた。


「やっぱり、何かいるって」


「何かって何よ」


 レイも思わず周囲を見回した。やはり、誰もいない。


「わかんない。わかんないけど、何か…」


 そう言って、ハルカはじっと祭壇の奥を見つめていた。


『めずらしいね。君、私たちの声が聞こえるんだ』


 ハルカにははっきりと聞こえる。優しく、どこか懐かしい声。

 次の瞬間だった。


 ごうっ、と教会中に風が駆け抜ける。

 開けっ放しの扉が勢いよく締まり、長椅子が一斉に軋んだ。

 ステンドグラスががたがたと震え、冷たい風が渦を巻く。


「ハルカ!」


 考えるより先に体が動いていた。

 レイはハルカの腕を掴み、そのまま強く引き寄せる。

 細い体がそのまま胸へ飛び込んできた。

 ハルカも必死に制服を握る。

 

 風は一瞬で止んだ。

 まるではじめから何事もなかったかのように、教会は再び静寂を取り戻していた。



 

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