また明日
「……じゃあ、私こっちだから。二人とも、また明日」
「うん。また明日」
レイが小さく手を振る。ハルカもそれに合わせて手を振り返した。
手を振ろうと持ち上げたカレンの手が、そのまま宙でぴたりと止まった。それから、何かを思い出したようでほんの少しだけ表情が引き締まり、『委員長』の顔になる。
「あ、そうだ、そろそろ期末試験の対策し始めたほうが良いよ。歴史の先生、結構張り切って問題作ってるみたい」
人差し指を立てて楽しそうに言う。それを聞いたレイは、隣で顔をひきつらせているハルカをじっと見つめた。
「それ、いつも寝てるハルカが満点とったからじゃないの?」
「ええ、私のせい?」
思いがけない非難に、ハルカは頬を膨らませ不服そうな声を上げる。
「それはあるかもしれない……あの先生負けず嫌いっぽいだから」
カレンは、きっちりと整った身だしなみの歴史担当教員の顔を思い浮かべる。「さもありなん」とレイも頷く。
「……いやあ」
ハルカは言いにくそうに口を尖らせる。
「あれ実は、お兄が手伝ってくれたおかげだから……」
もじもじと告白するハルカに、レイは頭を抱えため息をついた。
「……そういうことかあ。じゃあ、今回も頑張るしかないね」
「へえ、ハルカ。お兄さんいるのね」
カレンは興味津津といった風に食いついた。
「え?うん」
「どんな人なの?」
ハルカが言葉を探しているうちに、カレンはふと駅の時計が目に入った。「あ、しまった」と声を挙げると、慌てて鞄を肩に掛け直す。
「もう電車来ちゃう。今度ドーナツでも食べに行きましょ。美味しいとこ知ってるから」
ハルカの目が一瞬で輝いた。
「ドーナツ! うん、またね」
カレンは二人とは異なる沿線に向かう階段を駆け下りていく。その後ろ姿は、あっという間に雑踏の中に紛れていった。嵐のように去っていく後ろ姿を最後まで見つめると、ハルカがぽつりとつぶやく。
「……何か、いろいろあったけど、今日来れてよかったね」
「そうだね。カレンともこんなに仲良くなれると思ってなかった」
少し前まで、カレンは二人にとってクラスメイトで委員長。それが今ではくだらない話をして、寄り道の約束をするような関係になった。人との距離は不思議なものだと、レイはつくづく思う。
二人は並んで歩きながら、駅の改札へ向かう。しばらくして、ハルカがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、駅の……『星環』だっけ? 委員長には見えてないみたいだったね」
レイは少しだけ考えるように視線を落とす。
「そうだね。……でも、そのおかげで助かった」
「……うん。気づかなくて、ごめんね」
ハルカの声が小さくなり、うつむいた横顔をわずかに顔を曇らせる。レイは自分の放った言葉を消してしまいたくなった。
「何いってんの」
すぐに言葉を返す。
「気抜いてたのは私なんだから」
それでもハルカはうつむいたまま、足元を見つめている。
「でも、やっぱり……エリオたちもいないのに、行きたいって言っちゃったから」
その言葉に、レイは少しだけ息を吐いた。歩みを緩め、不安そうな顔を隠すハルカを覗き込む。それからなるべくいつも通りの声で言った。
「……最終的に決めたのは、私だよ。ハルカさ、もしかして自分がわがまま言って付き合ってもらってるって思ってない?」
「え?」
ハルカが目を丸くする。二人の視線がぶつかった。
「……もうハルカだけが魔法を見たいわけじゃないんだよ」
本心だった。はじめは内心、絵空事だろうと思っていた。教会の一件以降は不安の方が大きかったレイも、いつしか何が起きるのだろうと心が揺れていたのだ。
「だから、今回のはもう気にしない。それにたまたま私だっただけで、ハルカの方がぼけっとしてるんだから気が気じゃないよ」
「レイ……って、私ぼけっとしてないんだけど!」
レイが微笑むと、ハルカもつられて笑った。すっかりいつもの雰囲気になると、レイは改札に向かって歩く。
「……でも、なんでカレンには見えなかったんだろう。私たちと、シエラさんたちには見えてたよね」
一連の出来事の中で新たにわかったことは、カレンには魔法が見えていないということ。するとハルカは少しだけ口角をあげた。
「また一つ『わかんないこと』が見つかっちゃったね」
「……そう言う割には、楽しそうじゃん」
彼女の瞳は好奇心に揺れていた。
「ふふん、だって楽しいもん」
ハルカは胸を張る。そんな横顔を見つめ、レイは笑顔をこぼす。
「ハルカはいつもそうだね。……そういうとこは、私も見習わないとな」
改札を抜けながら、誰に言うでもなくつぶやいた。ハルカは慌てて後を追う。
「ねえ、レイ。明日は教会に寄っていこうよ」
「いいね……じゃなくて、ハルカ、試験大丈夫なの?」
反射的に返してから、ぴたりを足を止めた。
「大丈夫大丈夫。遠くの試験より、目の前の謎!」
湧き出る好奇心が止められない様子のハルカは、何の根拠もない笑顔で答える。
「後で泣きついても知らないからね……」
「そんなこと言って、レイ優しいから最後は『しょうがないなあ』って言って助けてくれるじゃん」
「……。今度の今度は、ほんとに助けないから」
駅の雑踏の中に、ハルカの抗議の声が響く。レイは呆れたように笑いながらその隣を歩いていった。
心地よい疲労感の中、二人は肩を寄せ合い小さく寝息を立て電車に揺られるのだった。




