…ということがあったんです。
「…ということがあったんです」
次の日、レイとハルカは約束通り教会を訪れた。応接室には、もう馴染みとなったカップにシエラの入れたハーブティー。それからエリオの焼いたマドレーヌが並べられていた。
二人はそれらを口に運ぶと、カレンとともに遭遇した魔法の記憶――『星環』についてシエラとエリオに見たものを話す。
ハーブティーの湯気がゆらゆらと揺れる先に目を丸くしたシエラが座っていた。
「……それは、過去を見た、ということなのでしょうね……不思議な体験をされましたね」
シエラはそう言ったまま、しばらく黙っていた。
「過去って、どのくらい昔だったんでしょうね」
「分からない。でも、今の駅とは全然違ったよ。人もたくさんいたし……魔法みたいなのも使ってた、と思う……」
「魔法、ですか」
シエラの瞳がわずかに揺れる。
「はい。火を出したり、怪我を直したりして……」
「あと、天井に大きな輪……天体のようなものがありました。あんなものを浮かせたり動かしたりなんて……」
レイは記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりと言葉を選んだ。
「輪……?」
「何重にもなってて、星みたいな光も回ってたよね?」
ハルカは情景を思い浮かべながら続ける。
シエラは驚きを隠せない様子で、二人の話を静かに聞いていた。けれど、レイがカレンに助けられたことまで話すと、その表情はわずかに曇る。
「ふん、そんな不注意をするようでは先が知れないな」
「う……それは今の私たちに刺さる……次から気をつけるもん」
ハルカが肩を落とす。その隣でレイも申し訳なさそうに視線を伏せた。
「ごめんなさい。カレンが連れて行ってくれる今しかないと思っちゃって……」
「ふふ。エリオは二人が怪我をしたら悲しいから、こう言っているのです……と言っても、もうお二人には分かりますよね」
「な、シエラ様っ!」
思いがけないところから援護射撃を受け、エリオが慌ててシエラを見る。
「はい。今度は必ずシエラさんたちにも伝えに来ます」
「貴様まで!」
「折角だから、みんなで見たいもんね」
「花見のような勢いで言う事じゃないだろう!」
肩で息をするエリオは、しばらくすると深く息を吐いた。どうやら本気で疲れたようだ。
「……それにしても、カレンさんには見えなかった、というところが引っかかりますね」
シエラがそう口にすると、賑やかな空気がわずかに締まる。
「はい、だから何かあるのかなって……」
「……私たちも、お二人に出会うまでは、見ることができませんでした。それに――」
そこまで言って、シエラは言葉を止めた。
「いえ、何でもありません。ごめんなさい、確証が持てないことをここでお話しすると、混乱を招いてしまいそうなので……」
シエラは眉根を提げて笑顔を見せる。すかさずエリオは続ける。
「まだ、情報が足りないということですね。……それに、カレンという少女が魔法を認識できない、ということもそうだが、最初から見える者、後から見えるようになった者……この違いも曖昧だ」
ハルカとレイは顔を見合わせる。
「確かに私も初めは何も見えてなかった……と思う。ハルカはちょっと片鱗あったんだよね?」
「う、うん……」
「じゃあ、なんで見えるようになったんだろう?」
「それが分かれば苦労しないだろう」
「ですよね」
ハルカは机に突っ伏すようにして唸った。
「今は結論を急がない方が良いでしょう。今の段階では『見える人、見えない人、見えなかったけれど見えるようになった人がいる』ということしかわかりませんからね……」
シエラはそう言いながら、カップの中で揺れるハーブティーへ目を落とした。
「分からないことばっかりだよ」
たくさん頭を使いすぎたのか、頬を膨らませ、不貞腐れたように呟くハルカ。その横でレイは、穏やかに言う。
「だから調べるんでしょ?」
そうだった、といって勢いよく顔を上げる。その衝撃で何かを思いついたのか、瞳を大きくさせて意気揚々と口を開いた。
「じゃあ、もっといろんな人に聞いてみるのはどうですか?」
ハルカが顔を上げる。その目には、早くも次の謎を追いかけようとする好奇心が宿っていた。
「それは……」
シエラは少し考えるように目を伏せる。
「慎重にしたほうが良いだろう」
先に答えたのはエリオだった。
「うん。私もエリオに同意かも」
「どうして?」
「それはハルカが一番わかるんじゃないかな?」
「……あ、そっか」
ハルカの表情から、すっと好奇心の色が引いていく。
人から信じてもらえないことの恐ろしさを彼女自信が一番よく知っていた。
「ええ、もしこの現象を認知している方がいたとして、全ての人が喜んで話してくれるとは限りませんから」
「それに、お前が『魔法を見たことありますか』なんて聞いても、頭の沸いた女子高生がいると噂になるだけだろう」
「エリオ」
「すみません……」
シエラにたしなめられ、エリオはばつが悪そうに視線を逸らした。
「今は私たち四人で出来ることから少しずつ調べていくしかないってことですね」
「そうなりますね」
シエラが微笑む。
「もうすぐ夏休みだから、いっぱい調べられるね!」
途端にハルカの顔が明るくなる。
「その前に期末試験だよ」
「うぐ……」
ハルカの唸り声につられて三人が笑みをこぼす。
斜陽が差し込む教会はハーブティーの淡い香りと、温かい笑い声に包まれていた。




