何あれ
「ハルカちゃん大丈夫?」
「うん、ごめんごめん。あまりにもすごくてびっくりしちゃった」
ハルカは慌てていつもの調子を取り戻すように、ハルカはへらりと笑った、その声はいつもと変わらない、少し気の抜けたようなものだった。レイも黙って二人の後を追う。
「じゃあ行こっか」
カレンに促され、ハルカは明るく返事をした。
*
一行は古い待合室を抜け、さらに奥へ進む。扉を開けた先には、遮るもののない広い空間が広がっていた。もともとは駅のホームがあった場所のようで、並んで残されたプラットフォームの間には草と石に沈みかけた線路が見え隠れしている。
線路の続く先に目をやると、大きなシャッターが下がっていた。反対には広い出入り口があり改札口だったことがうかがえる。
「あ、ごめんね正面から入れなくてさ。駅長室の鍵からはいったんだよね」
不思議そうにしているレイの様子を見て、カレンは気を利かせて説明した。
「……そうなんだ」
心を読まれたのではないかと思うようなカレンの言葉に、レイはどぎまぎしながら平静を装う。
「ここは割と綺麗に残っているところだから、二人とも自由に見ていいよ」
「ありがとう」
ハルカは嬉しそうに笑顔を見せる。そして、迷いのない足取りでホームに続く階段を降りた。
「ハルカ、ちょっと――」
レイが呼び止めるより早く、ハルカは駅舎を支える太い柱の一本へ近づいていた。その柱の前で立ち止まる。その姿はまるでそこに何かがあることを最初から知っていたかのようだった。
それを横目に、レイは植物園でのエリオの言葉を思い出した。自分の右手をじっと見つめる。今はいつもと変わらない、自分の手だった。
「――私が刻印のある物に触れることで、現象が起きる……か」
(胸の奥が、少しだけ騒がしい……何が起きるかわからない。今日はシエラさんも、エリオもいない……私がしっかりしないと)
掌を開いたり、閉じたりしてから大きく息を吸った。古い駅舎と緑の混ざった匂いが肺に流れ込む。その匂いを確かめるようにゆっくり息を吐いた。緊張と高揚の織り交ぜられた身体を落ち着かせると、「よし」と小さく呟く。
「おうい、レイ。こっちこっち」
意気揚々とホームまで歩いていったハルカがレイに向かって手を振る。
「今行く」
カレンは近くの壁に飾られている古びた絵を一枚一枚品定めするように見ていた。レイはその目を盗むように静かにハルカの元へ歩いていく。
柱の前に二人で並ぶと、ハルカが肩を近づけた。
「ハルカ、ここなの?」
レイはすぐ横に立つハルカだけに聞こえるように聞く。ハルカは視線を柱から外すことなく、一度だけ小さく頷いた。
「……うん。絶対そう」
「何かいつもより自信たっぷりじゃん」
身を強張らせているハルカに、レイはいつもの調子で声をかける。ハルカの表情は、初めて教会で魔法を体験したあの時よりも、険しいものだった。
「――うん。今日はね、すごくはっきり……たくさん聞こえるの……」
「そっか」
小さく息を吐くと、レイはハルカの手を握る。ハルカの視線がようやく柱から離れ、淡い瞳はレイの姿を映した。それを確認すると、レイは駅舎の壁に手を伸ばした。
レイの指先が壁に触れた瞬間、光が弾けた。
金色の光は糸のように散り、レイの右手に新たな刻印を浮かびあげる。光の糸はレイの手から柱へ流れ込み、駅舎全体を包みこむような勢いで広がっていった。壁を走り、改札をなぞり、かつて汽車があったであろう線路の上を、駆け巡っていく。
「駅が……」
それらの光を追っていくと、次第に駅舎の景色に別の背景が重なっていく。古びた煉瓦の壁は鮮やかな赤へ、割れていた窓は磨き上げられたかのようなガラスへ姿を変えていった。沈みかけていた線路は草を払いのけるように姿を表した。まるで、長い年月を一瞬で巻き戻しているようだった。
駅舎が生まれ変わる中、風が吹き込む。びゅうという音とともに、人々の足音が響きはじめる。誰かの話し声、子どもの笑い声、駅に響く笛の音。それらは混ざり、溶け合う。
行き交う人は、二人の知る服装とは少し異なる装いだったが、それをどうでもよいと思わせるほどに奇怪な行動をとっている。ある男性はタバコを咥えると、きらりと光る赤い宝石のはめ込まれた指輪のはめられた指を鳴らし、小さな炎を出す。少年が転ぶと、その姉と思われる少女が取り出したのは傷を塞ぐガーゼではなく、琥珀色の石を紐で網み包んだものだった。それをかざすと、次第に少年の膝にできた傷が小さくなっていく。
「……すごい、何これ」
ハルカは息を呑んだ。まるで自分がかつて魔法の存在していた世界に迷い込んでいったと錯覚させる光景に興奮を隠せないでいる。彼女の想像している『魔法の世界』がそこに確かに存在しているのだ。夢のような世界に魅了された彼女は目を輝かせながら行き交う人を目で追いかける。
レイはあまりに現実からかけ離れている光景に目眩がしそうになる。そして、彼女の瞳は天井に浮かぶオブジェのようなものに釘付けになった。ドーム状の天井には巨大な光の輪が浮かんでいた。金属でできたようにみえるそれは、幾重にも重なる輪を鈍色に輝かせ、ゆっくりと交わっていく。その周囲には、無数の光が浮かび、星々のように輪の軌道を巡っていた。
「あれは……?」
見たこともない銀河系のようなそれに、レイは驚きのあまり、開いた口が塞がらないでいた。それでも、一つ一つの光が織りなす世界を見逃すまいと、一歩踏み出した。
そのときだった。




