もしかして
待ち合わせの駅は、川を超えて四駅ほど先にあった。
電車が都市部を離れるにつれて、窓の外に映る景色も少しずつ変わっていく。建物と建物の間から見えていた空が次第に広くなり、住宅街の向こうには木々が増えていった。
いつもの通学路とは違う景色に、レイとハルカは遠くに出かけているような妙な特別感を覚えた。
目的の駅に到着し、二人は辺りを見回す。駅は都市開発の途中にあるようで、工事用の足場が組まれていた。新しい建物を作るための資材が並べられ、どこか落ち着かない雰囲気が漂っている。
「委員長、もう着いてるって」
ホームに降りるなり、ハルカはスマホの画面を見て、つぶやいた。
「さすが早いね。ていうか、いつの間に連絡先交換したの?」
「だね。私なんてまだ昨日の筋肉痛が残ってるよ。ああ、昨日帰る前にね」
「ふうん」
意味ありげにハルカを見る。
「何、レイ妬いてる?」
「調子にのるな」
「わあ、怖い」
レイはこつんとハルカのおでこを弾いた。二人はらいながら駅の出口へ向かう。
建物から日差しの下に出ると、外には待ち合わせ場所にするにはにうってつけの、大きなモニュメントが設置されていた。
その下にあるベンチでは、ノースリーブのブラウスにパンツ姿のカレンが一人、座って本を読んでいる。
「カレンさん、お待たせ」
レイが声をかけると、カレンは本を閉じて顔を上げた。
「お、二人とも待ち合わせ時間より早い到着だね。さすが優等生」
自分に向けられた飾らない視線から、親しみをもって言葉をかけられていることは承知の上だが、レイはつい皮肉な態度をとる。
「それ嫌味? カレンさんの方がよっぽど『優等生』でしょ」
「学年トップの成績してるレイちゃんに言われるなんて照れちゃうよ」
「理系だけだし。この間の小テストはハルカに負けたもん」
「委員長、レイをいじめないでえ。レイは不貞腐れたら本気で帰っちゃうんだよ」
「ありゃ、ごめんごめん。可愛いとこあるのね」
「わかっててやってるでしょ」
笑顔を浮かべ、和気藹々と歩き出す。
駅の大通りを少し外れると、舗装された道は次第に細くなっていく。
しばらく道なりに歩いていくと、カレンが足を止めた。
「ここだよ」
カレンが指を指す先には、草の茂る中にぽつんとレンガ造りの駅舎が建っていた。
「おお」
ハルカは目を丸くして、感嘆符をこぼす。
駅舎は先程まで見ていた現代的な駅とはまるで違っていた。焦げ茶色の煉瓦をを積み上げた長い壁面には、白い枠の上げ下げ窓が整然と並んでいる。赤褐色の煉瓦と白い縁取りの組み合わせが美しくよく映えていて、丁寧に手入れをされていたことが伺えた。しかし今となっては、ところどころ煉瓦は崩れ骨組みが剥き出しになっている部分もあり、窓枠には汚れが付着している。駅舎へ続く道は石畳で舗装されているものの、その隙間からも小さく草や苔が顔を出していた。
「苔が生えてて滑りやすいから、足元気をつけてね」
二人を気遣うカレンの声が、風に揺れる草の音に合わせて妙に大きく聞こえる。まるで、ここだけが外の世界から切り離されて、時間の流れから取り残されたような、不思議な重みがあった。
「あ、うん。ありがとう」
「すごい……」
異空間のような雰囲気に呑まれていたレイは、少し遅れて返事をする。ハルカはというと、その横で目をきらきらと輝かせては、辺りをきょろきょろと見回していた。
カレンの言葉は耳に入っていなかったようで、ハルカは浮足立った様子でいる。
「ここ、なんで使わなくなっちゃったの?」
「ううん……私も詳しいことはわからないんだよね。正直、親戚もこの土地を持て余してるみたいでさ。去年親族が集まったときは、そろそろ売ろうかなんて話題が出てたくらいだからね。二人みたいに興味持ってる人の方が珍しいのかも」
カレンは肩をすくめると、肩から提げている鞄から掌ほどの大きさの古びた鍵を取り出した。
「じゃあ、なくなっちゃうかもしれないってこと?」
「どうだろ。そうなるかもしれないね」
あっけらかんと答えたカレンは鍵穴の形を確認すると、鍵をドアに差し込む。がちゃりと静かな空間に、重い音が響いた。
「かなり頑丈に造られてるって話だけど、ずっと手をつけてないから慎重に進もうね」
「ええ」
カレンが扉を押し開けると、軋んだ音と共に古い空気がゆっくりと流れ出しそれに合わせて埃が舞い上がる。薄暗い駅舎の内部には長い間人の出入りがなかったことを示すように埃がつもり、木製の調度品は足が折れているものもあった。
先頭に立つカレンとそれに続くレイが埃を吸い込まないように、手で払いながら足を踏み入れる。その後ろでハルカは、天井を見上げ、動かないでいた。
「……」
「ハルカ?」
レイが振り返る。
「……あ、うん。ごめん、ぼうっとしてたかも」
虚をつかれたような顔をして、ハルカはぎこちなく笑う。レイはその表情を見逃さなかった。いつものハルカであれば張り切って先陣を切る勢いで真っ先に中へ駆け込んでいく。それなのに今は、何かを感じ取ったようにそわそわしていた。
「ハルカちゃん、もしかして疲れてる?昨日の今日だもんね、ごめん。私、先に奥行けるか確認してくるから、ちょっと待ってて」
「ありがとう」
レイは申し訳なさそうにするカレンに、礼を言うとハルカの横に立つ。
「ハルカ、もしかして――」
「……ここ、『いる』かも」
レイが聞き終わる前にハルカが小さな声で遮った。彼女の視線は駅舎の中をなぞっている。
「いるって、やっぱり……」
ハルカは視線を落とすと、レイと目を合わせた。
「行ってみよう」
「いや、だって、今日は委員長もいるんだよ?」
「……でも、委員長がいないと来れない」
ハルカの意思は固かった。レイが何を言おうと曲げるつもりはない、といった様子だった。ふわりと笑ういつもの瞳から伺えないような視線に気圧され、レイは一瞬たじろぐと、小さくため息をつく。
「……委員長も、私たちも危ないと思ったらすぐ帰る。それでいいよね」
「ありがとう、レイ」
ハルカは目元を緩めて安心したように笑った。自分の甘さにレイは渋面しつつも、ハルカの笑顔を見ると身体が軽くなるのを感じた。
「おうい。二人とも、こっち大丈夫そうだよ」
秘密の作戦会議をしている二人に、奥の部屋から顔を出したカレンが声をかける。
「今行く!」




