悪くないかも
学校からしばらく歩くと、大きな吊り橋のかかった川が見えた。陽の光を反射し、きらきらと揺れる水面。その河川敷には大きなテントが四台立てられ、すでに十数人ほどが集まり軍手やゴミ袋を配っていた。
カレンは「ちょっと待ってて」と一言置いて黄色い腕章をしている中年の男性の元へ駆け寄ると、談笑しながら道具を一式受け取った。その様子を少し離れた所でレイとハルカが見つめる。二人の視線に気づいたカレンは、「こっちこっち」というように手招きをする。
二人がテントの下に入ると、カレンはゴミ袋と軍手、飲み物のセットを手渡した。
「はい、これ。今日は比較的涼しい方だけど、水分補給しないと危ないから、ちゃんと飲んでね。あと荷物はあっちの緑のテントの下に置くから。貴重品とか大丈夫そう?」
「あ、ありがとう。……私は、小さいバッグあるから平気」
レイが答えている横で、ハルカも大きく何度も頷いた。カレンの的確な指示は、遠足に引率をする先生を思わせる。クラスメイトの大人びた態度に、二人は少し戸惑いながら受け取ると、腕章をつけた男性が声をかけた。
「この二人がカレンちゃんの友達かあ!今日は来てくれてありがとうなあ!こうして若い子が参加してくれると活気づくよ」
体格の良い男性は、そのたくましい筋肉に似合わず愛嬌のある笑顔を浮かべている。その横でカレンが目を細め冷ややかな視線を送る。
「おじさん、そういうのが『若い子』が離れる原因だって言ってるじゃない」
男性は大口を開けはっとしたかと思うと、すぐに謝る仕草をする。
「もう……あ、ごめんね。この人は私の伯父。今は商店街の会長をやってるの。知ってるかな?結構おしゃれな店が多くて、確か……小さいけど教会もあるところなんだけど……」
「ああ!アン――」
「すごい美味しいパティスリーあるところ?確か、『Patisserie Etoile』……だったかな?」
自分のよく知る教会の話題になり、ぱっと反応したハルカを遮るようにレイが言葉を重ねる。
「そう!よく知ってるね。この前おじさんに連れて行ってもらったんだけど、美味しいよね。レイちゃんも甘いものとか食べるんだね」
「まあ、ね。ハルカがそういうのに目がないから、一緒に食べてる内に……」
共通の話題を見つけ喜ぶカレンを、別のテントにいる女性が呼んだ。
「あ、ごめんあっちの手伝いに行かなきゃ。じゃあ、二人ともまた後でね。『Patisserie Etoile』が好きなら、今日のご褒美楽しみにしてて」
そう言うと、ぱちりと片目を瞑ってみせ、小走りで隣のテントへ移動した。
「さあ、そろそろはじめるから、嬢ちゃんたちも支度をしておいで」
カレンの伯父に促されるまま、二人は緑のテントの下へ行くと荷物を置いて身支度を整えた。
*
遠目から見ると自然の多い河川敷だと思わせる草も、よく見ると様々な種類があることがわかる。今回の目的はもともとこの河川敷に生えていた植物を守るもののようで、レイとハルカは作業をはじめる前にいくつか説明を受けた。
「……こういうの、悪くないかも」
そう呟くと、レイは指示された通りに、茎でちぎれないように気をつけながらぐっと全身に力をこめて草を引っ張りあげる。土を絡めながら根っこまで引き抜いたレイは清々しい表情を浮かべ、その額には汗が流れた。
「へ?」
ハルカは、ゴミ袋に空き缶やお菓子の包装紙を詰め込む手を止めた。
「ハルカ……ごめん。私たちの冒険はここでおしまいだね……私はこの自然の番人として生きていくよ……」
「何打ち切り漫画みたいなこと言ってるの!?レイが壊れた〜〜!」
そんな二人の掛け合いを見てカレンが慌ててやってきた。
「大丈夫?……えっ、こんなに抜いてくれてる。ちょっと休憩休憩!」
黙々と作業を続けていたレイは、気づけば他の参加者の倍の勢いで植物を駆逐していた。いつもの冷静な彼女からは想像できないような恍惚とした表情を浮かべ、頬は紅潮し、次第に口をぱくぱくさせていった。
「ハルカちゃん、レイちゃんを救護テントまで連れてきてもらっていいかな。すみません、このあたりの草、まとめてあっちのシートに移動させておいてください」
てきぱきと指示を出すと、カレンは一足先に救護テントまで行き、カップに飲み物を淹れた。ハルカがへにゃりと笑うレイの手を引き、救護テントまで連れて行くと、シートの上に座らせた。
「レイ、飲んで」
ハルカはカレンからカップを受け取ると、それをレイの口元へやる。レイはそれをごくごくと一気に飲み干した。
「……はっ、私は一体何を……」
目を大きく開いて、レイが意識を取り戻す。数秒前までの記憶が曖昧になっているようだった。
「よかった、レイがレイじゃなくなっていくから焦ったよ」
「何、私そんな変なこと言ってた」
自分を見るハルカの目に同情の色が見え焦るレイ。恥ずかしさからか、暑さによるものかまだレイの頬はわずかに紅潮していた。
「もう少ししたら全体で休憩時間にするつもりだったから、このままここで休んでていいからね」
「カレンさん、ありがとう」
颯爽と駆けていくカレンの背を見送ると、ハルカもレイの横に腰をおろした。
「委員長、すごいね」
「うん。さすが奉仕活動を青春というだけはあるね」
「レイ、まだ頭ぽわぽわしてるでしょ」
「ちょっとだけね」
ハルカは近くに積まれていた座布団を丸める。レイの近くに置くと、「ここに寝なさい」というようにぽんぽんと丸めた座布団をたたいた。レイは力なくそこに倒れると、ハルカは心配そうに、どこか満足そうに目を細め、自分の膝に顔を埋めた。




