青春を求めているの?
教会での出来事から数週間が経ち、気づけばじんわりと汗ばむ季節になった。この数週間はあの魔法のようは時間が嘘のように何も起きなかった。レイとハルカは教会に足を運ぶものの、刻印が見つからないことには進展することはなかった。じりじりと日毎に暑さを増す空気とともにハルカの心もじっとりとしていた。
「これじゃお手上げだよ……探すって言ってもさ、どうしたらいいのよ〜」
放課後になった途端、ハルカはレイの机の前にしゃがみ込んだ。頬を机にべったりとつけて突っ伏すと、頬をふくらませた。
「私の『聞こえる』はそんなに便利な探知機じゃないもん」
「まあ、気長に行こうよ」
対照的にレイは相変わらず冷静な言葉をかける。
「私たちの青春は一瞬なんだよ!?」
「何?青春を求めてるの?」
ハルカの悲痛な突っ込みと重なるように、聞き慣れない声が飛んできた。すっと背筋の伸びるような、理知的な響きの声。
「え?」
二人は声のする方へ顔を向ける。そこに立っていたのは、制服をきっちりと着込み、まっすぐに整った絹のような髪を一つに束ねている女子生徒だった。彼女はまとめた髪を小さく横に揺らし二人の前に立つと、腰に手を当てる。
「委員長…」
あまりの委員長らしい出で立ちから、ハルカは心の声をそのまま漏らした。
「それ役職名だから。ちょっと、まさかクラスメイトの名前覚えてないとか言わないでしょうね」
図星をつかれ、慌てるハルカをよそにレイは口を開いた。
「……カレンさん、何か用?」
「二人が青春を求めているみたいだったからね……これ、協力してくれないかなと思って。手伝ってくれた分のお礼はするつもりよ。どう?」
カレンは鞄からチラシを一枚取り出すと、レイに手渡した。ポップな色使いなのにどこか遊び心の足りないチラシに書かれた文を読み上げる。
「……『あなたも奉仕活動をしてみませんか?この街を美しく保とう!』……えっと、これ何?」
「何って、そこに書かれた通りよ。きらめく汗、心地よい疲れ、そして労働の後のご褒美……。青春でしょ?」
夢を語る子どものように、すらすらと答える。
「……その価値観なんかちょっと違う気がするんだけど」
「まあ、細かいことは言いっこなしよ。じゃ、明日の朝8時校門集合ね!待ってるからよろしくね」
「えっ、ちょっと。まだやるなんて一言も言ってな……」
勝手に約束を取り付けると、言い終える前にがらっと音をたてて教室の扉が開く。気づいたときには、カレンの掌だけが扉の向こうに消えていった。
「行っちゃったね……委員長があんなに強引なタイプだとは知らなかったな〜」
ハルカはさっさと教室を出ていったカレンの背に感心するように感想を漏らした。レイはため息をつくと「長靴あったかな……」と小さくつぶやいた。
*
照りつける昼を忘れさせるほどに早朝の空気は、まだ澄んだ清涼感を残していた。角の取れたやわらかな日差しも、数時間顔にはじりじりと肌を焼くのだと思うと、ため息が漏れる。いつもは被らないような鍔広の帽子を目深にかぶり、少し跳ねた毛先を指で整えると、レイは気乗りしない足取りで電車へ乗り込んだ。
ドアのそばに立ち、大きめのリュックから昨日、委員長に半ば押し付けられるように渡されたチラシを広げる。上から確認するように目で追っていくと、『内容:草むしり、ゴミ拾い』と書かれたところで止まった。
電車がトンネルに差し掛かり、ドアのガラスに自分の姿が映る。少し色褪せたシンプルなTシャツに、穿き慣れたデニム。その上から日焼け対策の水色の薄手のパーカーを前を開けて羽織っている。違和感はないかと、軽く身をよじって全身を確かめる。やがて電車は再び日差しの元へ飛び出した。間もなく最寄り駅のアナウンスが流れ、レイは急いでチラシをしまった。電車に乗る前より気温が上がっている外に辟易としながらホームへ降り立った。
「レイ〜こっちこっち〜!」
駅から出ると、遠くの日陰でハルカが大きく手を振っていた。
「ハルカ早いね。ごめん、待たせた?」
「ううん。全然!」
ハルカが日差しに負けないほどの輝く笑顔を見せると、低めに結んだポニーテールがふわりと揺れた。白いTシャツにベージュのカーゴパンツ。動きやすさを重視しているが、どこかハルカらしい柔らかさが残っていた。
「やる気満々じゃん」
「えへへ。お兄セレクション……」
「……ああ、納得」
機能的かつハルカに似合う服を選ぶその能力の高さに感心する。しかしその後すぐにレイは、高校生の妹のクローゼットの中身を熟知しているハルカの兄に、違和感を覚えなくなった自分へ苦笑した。
「委員長待ってるかなあ」
「まあ、きっと、遅れるタイプではないよね」
二人は他愛もない話をしながら学校へ向かった。
校門には既にカレンの姿があった。昨日とは異なり、髪を高いところでまとめて、白いパーカーに通気性の良さそうなベージュのショートパンツを翻している。ショートパンツから伸びるすらっとした足はスポーツ用のレギンスに包まれ、制服姿より格段に大人の雰囲気を漂わせていた。
「あっ、来た来た!」
委員長が二人に気づいて振り返ると、そのスタイルとは裏腹に、まだあどけなさの残る顔で笑った。
「来てくれるか五分五分ってとこだったからさ、来てくれて良かったよ」
「……来なかったらどうするつもりだったの?」
「どうすると思う?」
レイの質問に、カレンはからりとした笑顔をわずかに意地悪っぽく歪ませる。数秒見つめ合ったあと、ぷっと吹き出したのはカレンだった。
「……あはは!なに怖い顔してるの。冗談よ、冗談。ちょっと強引だったかなって思ってたから、来てくれて本当に嬉しい。ありがとう」
その言葉を聞いて、ハルカはほっと胸をなでおろす。
「よかったあ……委員長権限で宿題二倍とか言われたら学校いけなくなる所だったよ……物理的に」
「そんなことしたら私が怒られちゃうって。ハルカちゃん面白いね」
カレンはお腹を抱えて笑いながら答える。その大人っぽい出で立ちとは対照的に笑いの沸点が浅いようだった。
「さ、こっちにテント設営してるから行こっか」
ひとしきり笑った後、カレンは二人の数歩前を歩きはじめた。




