ここに来て良かった
二人の姿が見えなくなったことを確認すると、エリオは重々しい口調で切り出した。
「まさか、自分の目で見る日が来るなんて、夢にも思いませんでした」
「……ええ。私たちの推測は、間違っていなかった。そう思えただけで、私はとても気持ちが高揚しているのを感じます……」
シエラは窓の外の夜空を見つめながら、平静を努めて答える。
「ですが、中央教会でも『声』を聴くなんてことは、全く聞いたことがありませんでした。一体どういうことなんでしょうか……」
「憶測で語るのはあまり好ましいことではありませんが――」
エリオの問いにシエラは前置きをする。それから、何かを決意するような瞳を向ける。
「隠されていたか、〝そんなことなかった〟のか」
たおやかな声は、いつもの穏やかさをどこかへ押しやっていた。その声音に、エリオは一瞬だけ怯む。彼女の穏やかな笑みの奥にあるものを、共に過ごしてきた自分ならわかると驕っていた。それでも今の自分には彼女の想いの一端しか見えていないことに歯がゆさが残った。
「エリオ」
わずかに表情を落とした彼の頬に手を伸ばす。その手が触れると、シエラは目元を緩め、微笑みかけた。
「私はお二人と一緒に行くことは叶いません。……今日もあなたにお願いする形となってしまいました……ですが、全幅の信頼をおいているあなただからこそなのです。どうかわかっていただけませんか」
胸に手を置き、シエラは頭を下げる。
「構いません。」
エリオは即座に答えた。
「シエラ様のお側を離れることは……非常に……心苦しい、というか、本当に苦しいのですが」
いかにも誠実に毅然と答えたあと、徐々に眉をひそめて本気で嫌そうにするエリオの様子をみて、シエラは思わずくすりと笑った。
「エリオったら」
「本当です!」
「そうですね。あなたは一度だって私に嘘をついたりは、しませんからね」
その柔らかい声音を一身に受け、今度はエリオが深く頭を垂れた。
「勿論です。私の全てはシエラ様のものですから」
「全ては流石に持て余してしまいそうですね」
くすくすとどこか嬉しそうに笑うシエラ。その肩を冷たい空気が撫でた。エリオはすぐに背後へ回ると、気遣うように声をかける。
「夜風が出てきました。さあ、シエラ様。中へ戻りましょう」
「本当に過保護です。私は子どもではありませんのに」
「滅相もありません」
「ふふ、冗談です……ああ、やはりここに来て良かった」
シエラは楽しそうに微笑みながら歩き出した。その一歩後ろを、エリオは片時も離れまいとついていく。
夜闇の静寂は二人の足音を響かせ、教会を包み込んだ。




