普通だ……
「じゃあ、みんなでウチの学校に行こう!」
ケーキを食べ終わりそれぞれが満足そうにハーブティーを口にしたり、手を合わせたりしている。そんな中、椅子をガタッと鳴らしてハルカが立ち上がった。その姿はいよいよ出陣だと言わんばかりの出で立ちだった。
するとその雰囲気を壊さないように少し小さくなって、シエラはティーカップを静かに置いた。
「申し訳ありません。一つ仕事が舞い込んでしまって、教会に残らなければならなくなってしまったんです」
いきなり出鼻をくじかれハルカは小さく横に身体を揺らすと、テーブルに手をついて身を乗り出す。
「そうなんですか!?」
いかにも残念そうにするハルカを前に、シエラは困ったように続けた。
「どうしても今、やらなければいけないことでして……ハルカさん、本当にごめんなさい。ですが――」
シエラはちらりとエリオの方へ目線を流した。そしてまたハルカの方へ顔を向け、にっこりと微笑んだ。その横ですっかり平静を取り戻したエリオは涼し気な顔でハーブティーに口をつける。
「エリオが一緒に行きますわ」
突然のシエラの言葉に驚いたのか、エリオはごほごほと吹き出しそうになる。口に含んだハーブティーが気管に入ったようで、そのまま激しく咳込んだ。
「シエラ様!?」
上ずった声を上げ、肩で息をしながら抗議するエリオに、シエラはいつもと変わらない鼻のような笑顔で返す。
「あら……でも、そもそも植物園にも行く予定だったのですから、問題ありませんよね?」
笑顔の下で、シエラは何かを語っていた。エリオはその真意までもを読み取ることはできなかったが、必要なことなのだと確信した。
「ですがっ――。……いえ、そうですね。わかりました」
わずかに頭を下げ承服すると、今度はエリオが立ち上がった。
「そうと決まれば女子高生ども、すぐに支度を整えすぐに出発するぞ!シエラ様と離れる時間は一分一秒でも短くせねばならないからな!」
「また、わけのわからないことを……この人どんだけシエラさんが好きなんだ」
呆れたようにハルカが呟くと、エリオはぐっと自分の手を握りしめわなわなと震わせる。
「そんな陳腐な言葉で表さないでもらいたい。これはれっきとした『敬愛』だ!」
「エリオ」
「はい。急ぎましょう……」
シエラの静かな言葉に、空気の抜けた風船のように小さくなると、とぼとぼと奥の部屋へ入っていった。
「では、片付けてしまいましょうか」
二人ははい、と答えテーブルを整える。
「そういえばエリオは、どこに行ったんですか?」
テーブルを拭きながらレイが聞いた。
「ふふ、お二人だって今日素敵なお洋服を着ていらっしゃるでしょう?エリオも神父服のまま遠出はできませんから」
なるほどと手を打つと、ハルカがレイに耳打ちした。
「エリオ、どんな服着るんだろう?」
「え、たしかにそう言われると何か私服って想像できないかも……」
「パーカーとか着なさそうじゃない?」
「たしかに……いつもきっちりとしてるもんね」
「シエラさんコーデとかいって全身白で来るとか」
「どうしよう変装とかいって着ぐるみ来てきたら……」
こそこそと話している二人にシエラはふっと笑顔をこぼすと、「普通ですよ。普通」と言った。
*
「普通だ……」
「うん。あまりにも普通で正直びっくりしてる」
「だから普通と言ったじゃないですか」
「普通、普通と何を想像していたんだ……」
支度を終えたエリオは、三人から普通のシャワーを浴びせられ不満げな様子だった。彼は上に白のシャツにグレージュのカーディガンを羽織っており、下は黒のすっきりとしたスラックスを合わせ、落ち着いた装いに仕上がっていた。
「普通というか……」
レイはエリオの姿をつま先から頭のてっぺんまで目で追うと、苦い顔をした。ハルカの袖を小さく引っ張った。
「これ、今日学校に連れていくのまずくない?」
「うん。なんかいつもの格好見てたらあんまりわかんなかったけど……」
そういうと、今度はハルカが振り返りエリオの全身を瞳に収める。
「これ死人出るよ。うちの男子にあんなのいないもん」
「それは言い過ぎ。でも部活の人しかいないとはいえ、今日は裏から入ったほうがいいかもね」
エリオはこそこそと作戦会議をする二人を不思議そうに見つめた。シエラはエリオの横に立つと、「襟が曲がっていますよ」といって軽く整えた。その様子を目の端で捉えたレイは、これが『絵になる』ということかという確信を得たのだった。
*
「ではお気をつけて」
扉の前に立つシエラは小さく手をふる。
「行ってきます」
レイとハルカは少し先を歩き、シエラに手を振っている。エリオは扉に手をかけると、小声で「何かありましたら、すぐにお呼びください」と隙のない表情で伝える。
「ええ、ありがとうございます。……わがままを言ってしまってごめんなさい。お二人をよろしくお願いしますね」
そう言って笑った。
「わかっていますとも。では、シエラ様……シエラ様、……うっ、ぐ……行って、まいります……」
エリオの表情はみるみる崩れ、今生の別れのような様子で扉を閉めた。




