表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/35

おいしいですか?

「あ、そうだケーキ!」


 そう言うとハルカは紙箱を開け、自慢げに見せる。色とりどりのケーキが並び、テーブルがぱっと華やいだ。

 完全に不貞腐れた様子でそっぽを向いているエリオも、甘く芳醇な香りに抗えなかったようでちらりと横目で確認する。


てきぱきと箱の中から皿へ移し替えると、レイは「お二人から先に選んでください」と言った。


「まあ、よろしいのですか」


 ケーキを前に抵抗を続けているエリオに声をかける。


「はい、エリオさんもどうぞ」


 ふんと鼻を鳴らすエリオを気にせずに、シエラはケーキを選ぶ。彼女は赤いソースで宝石のようにコーティングされたベリーのタルトを自分の前に置いた。そして再びケーキへ目をやると、若葉色のスポンジケーキをエリオの前に差し出した。


「エリオはピスタチオが好きなんですよ」


 まるで子どもをあやすような声で言うと、シエラは不思議そうに見るレイとハルカに微笑んだ。


「じゃあ、私はこれにしよ!」


「あ!それ昨日の……!」


 ハルカが選んだのは、昨日レイが食べたチョコレートのかかったムースケーキだった。


「えへへ……だって、レイがあんまり美味しそうに食べるから、気になっちゃって」


 レイはもう、と目元を緩めて呟くと、最後に残った2層仕立てのチーズケーキを取った。レイが席に着くと、それぞれケーキや、カップを口に運ぶ。初めに声を上げたのはシエラだった。


「まあ、甘酸っぱくて美味しい!タルトの方はとっても甘いのに、全然重たくなくて……何個でも食べてしまいそうです。ねえ、エリオ。素敵なお菓子をいただきましたね」


 さらに一口、口に運ぶと心底幸せそうな表情をするシエラ。その横で機嫌が悪かったとは思えない緩んだ顔をしているエリオがフォークを口にくわえたままじっと動かないでいた。


「エリオ?」


「エリオさん、美味しいですか?」


「だめだ、エリオさんの目がどっかいっちゃってる」


――このときエリオは糖分の海にいた。

 シエラのことで頭がいっぱいになり思考が焼ききれていた彼は、急激な糖分の摂取により脳が活性化してしまったのだ。口に広がるピスタチオの香りとそれを損なわない果実酸味のハーモニー。そしてその酸味を支えるカスタードとバターを練り合わせた濃厚なクリーム。その洗練された味わいから導き出される材料と、分量を計算していた。


「エリオさーん?」


 再びハルカが呼びかけるも反応はなかった。


「こうなったエリオは中々戻ってこないこともありますので、お気になさらず……」


 シエラは和やかな笑顔を崩さず、事もなげに言った。


「エリオさん、面白い方ですね」


「何年も共に過ごしていますが、毎日とても楽しいですよ」


 その言葉を聞いてハルカは頬をわずかに紅潮させると「素敵です」と独り言のように言った。


「ふふ、ぜひ仲良くしてあげてください。彼もきっと――」


「――っ。僕は一体何を……はっ、シエラ様のハーブティーがこんなに冷めてしまっているなんて……一生の不覚……」


「帰ってきたみたいですね」


 まだわずかに温かいカップを前に、エリオは血の涙を流しそうなほど悔しがっていた。


「エリオさん、おかえりなさ〜い」


「そんなに美味しかったですか、エリオさん」


 そう言葉をかけてきた二人に目を合わせず、彼は努めて平静に口を開いた。


「……悪くない。果実と合わせているのに、ナッツの風味がよく効いていた」


「エリオさん素直じゃないな〜」


「いやいや、エリオさんの『悪くない』を引き出したんだよ。これは最高評価なんじゃない?」


 口々に言う二人へ、エリオは「それと」と付け加えた。


「その白々しい『エリオさん』をやめたまえ。シエラ様が『友人』とおっしゃった以上、その呼び方ではかえって無礼にあたるだろう。それにお前達の煽りに乗るほど子どもではないのだよ」


 本人はいたって真面目に言っているつもりなのだろうが、その話しぶりは立板に水と呼ぶほかなく、二人は目をぱちぱちと数度瞬かせる。シエラは三人の様子を見てハーブティーを一口含み、笑顔をこぼした。


「これはエリオなりの『これからもよろしくね』なんです」


「――なっ。違います!いくらシエラ様といえど、訂正させてください!」


「ふふ、ほら早く食べないと、ハーブティーもすっかり冷めてしまいますよ?」


 珍しくシエラが意地悪っぽく言うと、甘味に目のない彼は大きく息を吸った。それからどこか複雑な顔をして、ケーキに手を伸ばした。


「エリオ、よろしくね」


「ウチらのことも呼び捨てでいいからね」


 そんな二人の言葉を聞くと、エリオはぐっと喉を鳴らし眉根を寄せた。


「ぐ……別に、馴れ合うというわけではからな……」


 理屈をこねて抵抗を試みようとしたが、二人のまっすぐな眼差しと、シエラの言葉を思い出し、言葉は尻すぼみに小さくなっていく。

 これ以上追撃されてはたまらないとばかりに、かれは逃げるようにケーキを頬張った。口いっぱいに広がる香りに一瞬だけ表情を緩めるものの、何事もなかったかのように振る舞う。


 そんなわかりやすい態度を取るエリオを見て、ハルカとレイはシエラと目を合わせてくすりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ