同世代の友人
「そんな今まで気づかなかったなんて……」
いつも穏やかな出で立ちのシエラは動揺を隠しきれず、かすれた声でつぶやいた。あまりに普段と異なる様子を見せていたため、エリオはシエラの背に手を置いた。
「どうしたんですか」
ハルカは、目を見開いて祭壇を見つめるシエラの横に立つ。
「……よく、ご覧になってください。もしかしたら、この紋様に覚えがあるのではないでしょうか」
そう言うと、シエラは祭壇から一歩下がった。三人の視線は祭壇に集まる。ハルカは目を極限まで細めると声を上げた。
「あれ?これあの時光ってたやつ!」
ハルカは祭壇の上を指でなぞってみせた。その動きを見てレイとエリオも遅れて身体を揺らす。
「木目に混ざって全然わかんなかったけど……」
「たしかに言われてみれば刻印のようなものが見えるな」
二人は顎に指をかけじっくりと観察していた。その後ろから、平静を取り戻したシエラが静かに声をかける。
「……もしかすると、お二人の学校の植物園にもこれに似た刻印があるかもしれませんね」
その言葉にハルカは瞳を大きくし、きらきらと輝かせた。
「すごいすごい!ねえ、レイ!確かめに行こうよ!」
レイの手を取り、飛び跳ねて喜ぶハルカ。「ちょっと落ち着いて」とレイが諭すと、ハルカは飛び跳ねるのをやめた。その瞬間、ぐうと腹の虫が鳴く音がする。
ハルカは恥ずかしそうに、お腹に手を当てる。
「えへへ、頭使いすぎてお腹空いちゃった……」
「もう、ハルカってば」
へらっと笑うハルカに、レイはため息を一つつく。その二人を見て、シエラは口元を綻ばせる。
「ふふ、そうですね。折角美味しそうなケーキもあることですし、お茶にしましょうか」
エリオはやれやれと肩をすくめると、二人を奥の部屋に案内する。
「ありがとうエリオ。私はハーブティーの用意をいたしますね」
レイとハルカは初めて奥の部屋に入った。扉をあけてすぐの部屋は古い木造の簡単な物置になっていた。その部屋の中には扉が二つあり、一つはシエラが開けた方で調理場につながっているようだ。もう一つはエリオが開いた。
「おお、なんか急に親近感……」
部屋に入った途端ハルカが感想を漏らす。先程までの古びた木の床から一変し、深いダークブラウンの木目を基調としたシックで落ち着いた応接室だった。部屋の中央には少し大きめのダイニングテーブルが置かれ、壁際の本棚には、比較的新しく発売された文庫本や専門書、絵本などが並んでいる。
「何を大げさに言ってるんだ。……僕たちはこの教会で生活しているから、裏側は何度か改築されている。お前達の家の作りと似ているだろう」
エリオは少し早口で説明をしながら、本棚のひっくり返った絵本やバラバラになった文庫本を並べ直している。レイはその様子を横目に行儀よく入口に近い席に座った。
「へぇ、そうなんですね。……えっ!?ここに住んでるんですか?」
適当に相槌を打っていると、聞き流せない言葉が耳に入り急に声を荒げた。
「二人ってやっぱりそういう!?」
ハルカも聞き逃すことなく、食いついた。二人の反応にエリオは、わずかに驚き目を見開いたあと、「これだから女子高生は……」とつぶやき、あからさまに顔をしかめた。
「シエラ様は上司だ。お前達お花畑の想像しているようなふしだらな関係ではない!そりゃあ、確かにシエラ様はこの世の何よりも美しく、可憐で聡明なお方ではあるが……いや、だからこそ、そういった関係に踏みこむような真似は断じて許されないのだ!そもそもシエラ様にそんな不埒な考えを抱くことすら烏滸がましいだろう……それに聖職者はだな――」
「……」
レイとハルカは呆れて呆れてものも言えなかった。それから目を合わせて、にやりと悪戯っぽく笑う。
「でもあんなに可愛いんだから、許嫁とかいそうだよね」
ハルカは一人で朗々と語っているエリオに聞こえるように、つぶやいた。
「うんうん。もしウチの学校に来たら毎日告白ラッシュになるよね」
「レイもそう思うよね。元彼ゼロはさすがにないでしょ」
二人の会話を聞いて、エリオは石のようにピシリと固まった。よく見ると口だけは魚のようにパクパクと意味もなく動いている。
丁度その瞬間シエラがお盆にティーセットをのせて現れた。
「お待たせしました。ハーブティーの準備が整いましたよ」
ゆでダコのように顔を真っ赤にしているエリオを見て、シエラが声をかけた。
「あら、エリオどうされたのですか?」
「えっ……あっ……いえ。お気になさらず……」
エリオはうろたえながら、片手で顔を隠すと、蚊の鳴くような声で答える。
「シエラさん代わりに持ちますよ」
さっとレイがお盆を受け取り、テーブルに置くとお皿を並べ始めた。シエラは「ありがとう」と言うと、もう一度エリオの方を見てきょとんとして首を傾げる。
「ごめなさい。ちょっと面白くなっていじりすぎちゃいました」
ハルカはシエラの横に立ち、耳打ちした。
「ふふ、どんなお話をされていたんでしょう。楽しそうでなによりですわ」
レイが皿を並べ終えると、シエラは「さ、エリオも座ってください」と言って、ティーポットから淡い琥珀色のハーブティーを一人ひとりのカップへ注いだ。爽やかな香りがふわりと部屋いっぱいに広がる。
「レモンバームとリンデン、あと少しカモミールをブレンドしてみました。脳を休めるのにぴったりですよ」
シエラは柔らかく微笑む。そしてケーキの箱にハルカの前に寄せると「どうぞ」と目線で伝える。
「いいなあ、エリオは毎日可愛いシエラさんと、こんなに美味しいお茶が飲めるなんて」
「かわ――っ」
平静を取り戻しつつあったエリオは再び耳まで真っ赤になった。シエラはポットを置いて両手を頬において「まあ、可愛いだなんて照れてしまいますね」と変わらぬ笑顔で微笑んだ。
「だいたいお前、年上に愛して呼び捨てとはどういう――」
「でもそのほうが親しみやすいよね。ねえ、レイ?」
「うん。あ、エリオ『さん』ハーブティーどうぞ」
すっかり調子を狂わされたエリオは言葉を失ったように口をぐっと結ぶと諦めたように椅子に腰をおろした。
「良かったですね。同年代の友人ができて」
「シエラ様まで……」
最早、八方塞がりのエリオはシエラの一言ですっかり大人しくなってしまった。




