確認しましょう
乗り換えに使うことも相まって休日にも関わらず駅の中では、多くの人が忙しなく行き交っていた。
改札を出て少し歩くと、上部に時計の埋め込まれた銀色のモニュメントが見える。そこはこの駅を利用する人たちが待ち合わせ場所に使うことも多いようだ。
その中にいた少女は、デニムジャケットの袖口を少し捲ると腕時計を一度確認した。
(ちょっと早く来すぎちゃったかな……)
顔を上げ、辺りを見回すと彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「レイ〜お待たせ!」
駅を出たところから、元気よく腕を振る少女の姿があった。ピンク色のパーカーにデニムのショートパンツというアクティブが格好の彼女は、レイのもとへ駆け寄ると「ごめん待った?」と小さく手を合わせる。。
「おはようハルカ。ううん、私もちょうどさっき着いたところ」
レイは静かに微笑むと、ハルカはほっと胸をなでおろした。それからレイの姿をつま先から頭のてっぺんまで、じっと見つめる。
「私服のレイ、初めてかも。なんか、オトナ〜……かっこいい!」
そう言うと、レイの腕に飛びついた。
「何言ってんの。ハルカも可愛いよ。……ほら、早くしないと間に合わなくなるよ」
レイはコツンと優しくハルカのおでこにデコピンをすると、二人はそのまま歩き出した。
商店街の中に入ると、平日の放課後より少し人が多く出ているようだった。二人は『Patisserie Etoile』の前に立つ。店内のショーケースには出来上がったばかりの色鮮やかなケーキが所狭しと並んでいる。その奥に目をやると、テーブル席のほとんどが既に埋まっていた。
二人はガラスに映る自分たちの姿を見ると、顔を見合わせてぷっと吹き出した。
「なんか私たち、いつもと違うね」
「うん。ちょっと変な感じ」
笑いながらハルカが扉を開けると、カランと軽やかなベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。店内をご利用ですか」
「テイクアウトにします。ちょっと選んでもいいですか?」
レイがそう伝えると、スタッフは笑顔で少し下がった。ハルカは屈んでショーケースを眺めながらレイに尋ねる。
「昨日の2つは美味しいの保証されてるからそれ買ってくよね?」
「うん。良いと思う。あとは何がいいかな」
二人はうんうんと唸りながら残りのケーキを決め、店を後にした。
ハルカは、お店で包んでもらったばかりの手提げを大事そうに持って歩く。
「は〜。甘い匂いが箱の中から漂ってくるみたいだよ〜」
片方の手で頬を撫でる。だらしなく開いた口からは今にもよだれが垂れてきそうだった。
「もう、ハルカってば。今日の目的はケーキじゃないでしょ」
「わかってるよぉ。でもみんなで食べるケーキ楽しみじゃん?そんな事言うならレイの分のケーキ私が食べちゃうよ」
「あっ、そういうことじゃないじゃん」
やがて、見慣れた美しいステンドグラスの建物が見えてきた。何度見ても大きい扉の前までやってくると、レイはハルカに目配せをした。二人は小さく頷くと、トントンと扉を叩いた。
「こんにちは〜…失礼します」
ギィ、と音を立てて扉が開く。出迎えたのは、少し不機嫌そうに眉を寄せたエリオと、いつものように穏やかな雰囲気を纏うシエラの姿だった。
「お二人とも、わざわざ休日にありがとうございます」
にっこりと笑顔を見せると、すぐに両手を口元に当てて目を細めた。
「いつもの制服も素敵ですが、私服姿も大変可愛らしいですね」
シエラの言葉にお礼を言おうとした途端、エリオが口を開く。
「何をおっしゃいますかシエラ様!!シエラ様はいつでも、どのようなお姿でもこの宇宙で一番お美しいでは――」
「さ、お二人とも、どうぞ中に入ってください」
延々と語り出したエリオを放って、シエラは二人を中へ促した。
「あ、これ一昨日話していたお菓子です」
「このお店、超美味しかったです!味は保証します!」
レイはハルカの手元を差すと、ハルカは手提げを渡しながら自慢げに言った。
「まあ、ありがとうございます。後でいただきましょう」
シエラは、一人入口で置いていかれたエリオを呼ぶと奥の部屋に置いておくように伝えた。彼は我に返ると少し恥ずかしそうに顔を伏せ、ケーキをしまいにいった。
「相変わらずですね」
レイが呟くと、シエラは楽しそうに答えた。
「そうでしょう。いつも真面目なのに時々ああやって頭に血がのぼっていくのです。不思議ですね」
シエラを先頭に、レイとハルカは祭壇の前に立った。シエラはじっと祭壇を見つめてから二人に向き直った。
「さて、では『魔法のようなもの』があらわれたときの様子を確認していきましょうか」
彼女のその一言で教会の中にすっと張り詰めた緊張感が走った。二人は顔を見合わせ、深く頷いた。
「はい。あの時は、ハルカと二人でこの教会に入って……」
改めて思い出しながら、一つ一つ言葉を紡いでいく。
「何か声が聞こえたんです。ええと、笑い声と『めずらしいね』っていう声。そしたら、急にびゅう!って風が吹いたんだよね」
レイは「うん」と答え、その日自分が立っていた位置まで歩いた。ハルカもそれに続いて隣に立つとレイの腕をつかんで自分の身体に巻き付けた。
「そしたらレイがこうして守ってくれて――」
レイは顔を真っ赤にさせ「それは別に言わなくていいでしょ!?」と細い声で叫んだ。
「へ?あ、ごめん?」
シエラはくすくすと笑って「どうぞ続けてください」と促した。
「そのあとにレイの手が光ったんだよね?」
「光った?」
「はい。何というか、薄ぼんやりとした青白い光と、小さい星の粒みたいな光がきらきらって……うわ。自分で言ってて恥ずかしくなってきた」
レイは説明しながら、また顔を赤らめていく。
「そうなる前に何かしましたか?」
シエラの質問に二人は一瞬考え、あっと手を打つ。
「確か腰が抜けちゃって、床に手をつけたあとだったよね」
それを聞いてシエラはわずかにうつむいて小さく呟く。
「……床に触れたことがきっかけでしょうか」
その声はエリオが開いた扉の音でかき消された。扉を閉めるとそのままもたれかかり、腕を組んで「続け給え」と言わんばかりの視線をレイとハルカに送った。
「それから、また声が聞こえてきて。怖がらなくていいとか、祭壇に来いとか言ってたから、二人で祭壇まで行ったんです」
レイとハルカは二人で並んで祭壇の前の階段を登る。そしてレイが祭壇に触れた。
「祭壇の……このあたりを触ったら、また光が溢れて出てきて……。今度は私にも声が聞こえました」
レイの触れたところをシエラとエリオも見に近づく。エリオは祭壇を一瞥すると「それで何が聞こえたんだ」と聞いた。
なんだっけ、と眉間にしわを寄せて唸るハルカの横で、レイは静かに目を閉じてその時の情景を思い浮かべる。
「――たしか、『星環』と。そうだ、文字とか模様が浮かび上がったんです。それのことを言っていたんだと思います」
レイは徐々に明瞭担っていく記憶をたどり、力強く言った。その言葉を聞いて、二人は怪訝な表情を浮かべ目を見合わせた。
「星環……確かにそう言っていたのですね?」
シエラは密かに瞳を細め、確かめるように尋ねた。
「はい。『精霊と人間が同じ星の巡りの中に……いた記憶』……あとは、『星環を辿る者は、世界の始まりに至る』と」
ぽつりぽつりと言葉を紡いでいくレイの話を聞き、ハルカも「あっ」と声を上げた。
「そうだ!門を閉じたり開いたりしろとか言ってなかったけ?」
「うん。そうだったと思う」
「なんともはっきりしない話だな」
エリオは渋い顔を見せると、息を吐きながらそう呟いた。
「ですが、エリオもお二人の言葉に嘘がないことは、お分かりでしょう?」
シエラの言葉にエリオは言葉を濁しながら、祭壇の縁を指でなぞった。シエラは優しい眼差しでその指を目で追うと、思わず息を呑んだ。




