考えたんだよ
「レイ〜この辺り?」
ここは植物園の菜園のある部屋を抜けた奥の部屋。見学路を少し外れ、レイが不思議な体験をしたという木の下で、ハルカは首を傾げる。
「うん。間違えるはずないよ。その一番大きな木だもん」
「そっかあ……」
ハルカはそう呟くと、木の方へ向き直り目を閉じた。じっとしばらく耳を傾けるように佇む彼女をレイは見守る。
「どう?何か聞こえる?」
レイの問いに対し、うーんと唸る。すると、あっという声を上げレイの手を取った。
「な、何?」
「だってあの時、手繋いでたから。こうしたらまた聞こえるかな〜って」
柔らかな髪を揺らし、笑顔を見せると、すたすたと木の近くまで歩く。二人で手をつなぎながら、美術の時間に立った場所と同じ所に立った。
「レイ?」
少し考えた末、右手を木に当ててみる。それでも何かが見えることも聞こえることもなかった。
「やっぱだめかあ」
二人同時に肩を落とす。
少し遠くから鐘の音が聞こえてきた。
「あ、やば鐘鳴った」
「次移動教室だよ」
「げ〜、早く行こ。撤収撤収〜!」
ばたばたと植物園を抜けると、もやもやとした気持ちのまま二人は午後の授業へ向かった。
***
次の日。
いつも通り授業を受けているハルカを斜め後ろから眺めていると、なにやら真剣な表情でノートを書いている姿が見えた。レイは珍しいこともあるもんだ、なんて思いながら窓の外に目をやった。
「じゃあ、今日はここまで。次の授業で確認テストするから復習しておくように」
教科書とバインダーを整えて先生が教室を出ていき、レイは机の上を整える。ふと視線を上げると、いつの間にか机の前にハルカが立っていた。
「何?」
ハルカは何やら仕事をやりきったような、満足そうな顔でレイを見下ろしていた。
「私、考えたんだよ」
うっすらとファンデをのせた、つやつやの頬を持ち上げて話す。
「え、うん。何が?」
教科書とノートを机にしまいながら聞き返すと、ハルカは目をきらきらと輝かせた。
「確か、授業の時間だったよね」
「いや、だから……何が?」
何度も聞き返すレイにしびれを切らして、ハルカは「もう」と頬をふくらませる。そのまま、手を引いて教室の外へ連れ出した。そのまま階段の踊り場まで行くと、周りをきょろきょろと見回して耳打ちする。
「昨日の植物園のこと。あと20分後くらいじゃない?」
レイはようやく合点がいき、まさかと冷や汗をたらした。
「サボるってこと?」
「いいじゃん、今しかできなんだよ!?」
苦笑いを浮かべるレイとは対照的に、ハルカの瞳は今までに見たことがないほどに輝いていた。こうなったハルカを止めることはできないだろうと諦めてはあ、と息をつく。その様子を承諾と受けっ取ったのだろう。ハルカは満面の笑みを浮かべた。
「ありがと」
「はいはい。こうなったら、とことんやりますか」
(どうしてこう、私はこの笑顔には弱いんだろう)
「レイ大好きっ」
「もう、暑苦しい」
レイはぴょんと抱きつくハルカを引き剥がそうともせず、なすがまま揺られていた。
***
二人はそれぞれ適当な理由をつけると、授業をサボって植物園に向かった。
昨日の昼休みに見なかった木の裏を見たり、ぺたぺたと触ってみたりしたが何の反応も変化もなかった。
「ありゃ同じ時間でもだめか」
あてが外れたハルカはそれでも諦めきれなかったのか、顎に指を添え、名探偵のポーズをとる。
「もう、ここまできたら最終手段だよ!」
「何」
眉間にしわを寄せるレイをよそに、人差し指をたてると、高らかに言い放った。
「全部見て回ろう!」
「はあ?全部?」
「そう!全部!」
レイは額に手を当てると、言い出したら聞かないんだから、と悪態をついた。そして観念したように息を一つ吐く。
それぞれ手分けして植物園の中を見て回ることになった。
途中、園芸科や生物の先生に「何やってるの?」、「水やり手伝ってくれるの?」などと言われたが「植物の観察を……」なんていう見え見えな嘘で誤魔化すのだった。
広い植物園をひとしきり見て回ると、「どうだった?」「全然だめ」と短く報告会をする。ハルカは近くにある鉄製のベンチに座ると、大きく伸びをした。
二人の間にわずかの間、沈黙が落ちる。
レイはハルカの前に立つと、眠たそうな顔をじっと見つめ手の甲でぐいと頬を撫でる。
「何〜」
「泥、ついてる」
やめてよ、といった顔がみるみる赤くなる。きゅと目をつむり、「もうついてない?」と反対の頬を見せた。レイは指で両頬をくいと持ち上げると、ひょっとこのような顔をしたハルカをみて笑う。
「レイの意地悪」
控えめな唇は自由に動かすことができず、もごもごとした声に変わる。その様子が更に面白く、レイは吹き出した。
「ごめんごめん、可愛くてつい」
「絶対うそじゃん」
「ほんとほんと」
ハルカの頬から手を離すと、隣に座る。
二人のスカートをふわりと揺らし、青い風が吹き抜ける。甘いシャンプーの香りが風にのって空に溶ける。
「あの時もさ」
ハルカがぽつりと言葉をこぼす。
「え」
「一回だけだったじゃん」
二人の視線がぶつかった。
「教会の時」
「ああ!」
「もしかして、一回見ちゃうと、もうだめなのかな」
ハルカは腕を組む。
「うーん、わかんないけど、もしかしたら」
レイもハルカに続いて腕を組んだ。
「私たちだけじゃ、手詰まりかも」
「うん。やっぱり。私、今ならレイの考えてることわかる気がする」
そう言うと、八重歯をちらりとのぞかせ、にやりと笑った。
ガラス張りの植物園のてっぺんから太陽がぎらぎらを陽を落としていた。
「教会に行こう!」




