二人の瞳
すっかり日が落ち、教会は静かな夜に包まれていた。
礼拝堂や食堂などには電気が通っているが、書庫へ続く階段は違う。古くからの造りを残しているため、足元はたちまち闇に沈んでしまう。
エリオは壁のランタンに火をつけながら降りていった。書庫の扉を開けると二人分の影が炎に合わせて揺れた。
「シエラ様、ただいま戻りました」
書架の前で本を開き立っているシエラが振り返る。
「エリオ、お見送りありがとうございました。様子はいかがでしたか」
「呑気に帰っていきましたよ」
その言葉にシエラは口元を緩める。
「そうですか」
しばらく静寂が流れる。エリオはランタンを机に置き、揺れる炎を見つめたまま口を開いた。
「……シエラ様」
「何でしょう」
「良かったのですか」
シエラはパタンと本を閉じ、棚へ戻した。
「何がです」
「その……ここへ案内したことです」
シエラはすぐには答えなかった。静かに本棚へ目を向け、ゆっくりと息を吐く。
「……ええ」
エリオは落としていた視線をシエラに向けた。
「ですが、あの二人なら」
シエラは言いかけた言葉を飲み込むと、「いえ、何でもありません」と小さく首を横に振った。
「憶測で語るのはよしましょう……」
その言葉にエリオは少し言い淀む。
「これは、私の主観ですが……」
「どうぞ続けてください」
シエラは書架からゆっくりとテーブルまで歩く。
「あの二人の瞳をご覧になりましたか」
「ええ」
「あの二人の目は、初めて見た文字に対する目ではなかったように感じました」
シエラは思い返すように目を閉じた。赤い本を不思議そうに見つめていた二人は、それを自然と受け入れているようだった。
「……そうですね」
静かに呟く。
「偶然なのでしょうか」
「……わかりません」
その答えを知る者はいない。
教会に残された記録も、語り継がれてきた伝承も全ては過去のもの。真実か願いか、今となっては誰にも確かめる術はない。
沈黙が落ち、ランタンの中で火がかすかに音を立てて揺れる。
「ここで考えていても答えは出ませんね」
シエラは柔らかく微笑む。
「もしも私たちの想像が真実なら、きっと二人から語られる日が来るでしょう」
「ええ」
エリオも静かに頷く。
「それよりも」
シエラは小さく手を合わせ、ふっと表情を和らげる。その様子を見てエリオの頭に疑問符が浮かぶ。
「さあ、今日の夕餉は何かしら」
「昨日のシチューが余っているので、ドリアにでもしましょう」
「今日あんなに買い込んでいたのに?」
「それはそれです」
エリオは得意げに胸を張った。
「残り物は早めに使わなければ」
「ふふ」
小さく笑うシエラにつられて、エリオも僅かに頬を緩めた。
今夜の教会には焼きたてのシチュードリアの香りが漂っていた。




