お邪魔しました!
水を打ったように静かになった書庫にシエラだけが残された。閉じられた扉へしばらく視線を向けていた彼女は、やがて静かにテーブルの上に視線を戻す。長いまつげを静かに揺らして、テーブルの真ん中で開かれたままの本に目を向ける。
ゆっくりと腰を上げると本に手を伸ばした。ずっしりと重い本を両手で大事そうに抱えてた。本が閉じてしまわないように、指を栞がわりに挟むと、金の刺繍を慈しむようになぞる。
「……こんなところにもあったなんて」
わずかに目を細めて呟くと、少し前まで四人で見ていたページを開いた。
掠れた文字と見慣れない地図のような挿絵に目をやる。
シエラはそっと指先でなぞる。
「縁とは不思議なものですね……」
小さく微笑み、かすれるような声で、一節を口にした。
「『この宇宙が始まる遥か昔。世界には……』」
その先は口にしなかった。小さな吐息が書庫の静謐と混ざる。
「――アンジュ教会」
その名をそっと胸の中で反芻する。
「これも星の導きなのでしょうか…」
シエラはゆっくりと瞼を閉じ、胸の前で本を深く抱きしめた。薄暗い書庫の中、彼女のヴェールが夕闇に溶け込んでいく。
***
「おい、聞いているのか」
「え?」
教会の重厚な扉の前でレイは、エリオの呆れたような声に弾かれるように顔を上げた。
「まったく、自分から帰らなければと言っていたくせに上の空とは」
エリオは腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。だが、その瞳はどこか二人を案じるような色が滲んでいた。
「街灯があるとはいえ、外はもう暗い。さっさと帰るんだな」
「言われなくても帰りますって。エリオさんこそ、シエラさんを一人にして良いんですか?」
「そう思うのなら、どうすればよいかわかるだろう」
「はいはーい。お邪魔しましたー」
ハルカが軽快に手を振ると、エリオはやれやれと頭を振って扉を閉ざした。ぎいと重い音が響き教会の敷地内に再び静寂が戻る。
「……ふう、緊張した〜」
ハルカが伸びをしながら息を吐く。
「レイ、何か最後すごく急いでたでしょ?時計見て顔色変わってたし。なんかあったの?」
「……まあね」
坂道を歩きながら、レイは鞄の紐をぎゅっと握りしめた。横目でハルカが「なになに?隠し事〜?」とにやにやしながら覗き込んでくる。
「別にそんなんじゃないよ。……今日、母さんが夜勤ないの忘れてて」
「え!?珍しいじゃん。なんでそんなこと忘れるのさ〜」
「はは……夜の仕事だから、普段は生活リズム逆だし、あんま話できてないんだよね」
少し気まずそうに笑うレイを見て、ハルカはずっと前から決めていたように言う。
「そっか〜……じゃあ、走って行こ!」
ハルカはレイの鞄を握っていない方の手をとり、進み出す。レイは少しバランスを崩しハルカに続く。
「べ、別にいいってば。……もう」
不機嫌そうに言って見せるレイを見て、ハルカはくすくすと笑った。
夜風に吹かれ二人の髪がきらきらとなびき、制服のスカートは跳ねるようにはためく。駅に着くと、二人の額にはうっすらと汗が浮かび、それを見てお互いに笑っていた。
「はー、っもうハルカってばいきなりすぎ」
「えへへ、いいじゃん『青春』って感じでしょ」
「自分でいうな」
「はあい」
帰宅ラッシュより少しだけ遅いが、電車の中の人は多い。そんな中で声を潜めてまた小さく笑った。




