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百年早い

 夕暮れの書庫に四人の男女の声が響く。


「そういえば――」


 ふと思い出したように、口を開いた。


「さっき、めちゃくちゃ繋げ字の表紙の本があったんですよね」


「ああ……読めなかったやつね」


 レイはカップを片手に答える。すると、自分の横に置いてある本に手を伸ばす。


「一応、持ってきてあるけど」 


 手にしたのは、赤と金の装丁の辞書よりも大きい本。


「さっすがレイ!準備良い〜!」


「まあね、私も聞いてみたかったし」


 ぱちぱちと指先だけで拍手をされ、レイは満更でもなさそうな表情を見せた。その横で、シエラはヴェールをしゃらんと揺らし「どんな本ですか?」と、首を傾げる。


 レイがテーブルの真ん中あたりに本を置くと、エリオとシエラは本を覗き込むように身を乗り出した。


「……ふむ、これは」


「ええ……まさか」


 エリオは口元に手を当て、さながら名探偵のような仕草をし、シエラは目を丸くしている。


「え、何か知ってるんですか!?」


 ハルカの言葉に、わずかに驚く様子を見せた二人は、半歩後ろに下がると口を開いた。


「さっぱりわかりませんね」「全くわからん」


 にっこりと花のような笑顔を見せるシエラにハルカは大きく肩を落とした。


「なんだ〜。何か知っているのかと思っちゃいました」


「お二人とも、実はお茶目ですね?」


 レイが冗談めかしに言うと、シエラは微笑み、ごめんなさいねと一言置いた。また、テーブルに近づくと、本の表紙に手をのせた。


「……中はご覧になりましたか?」


「はい、少しだけ。読めはするんですけど、意味が全然わかんなくて」


 シエラは少しだけ眉を下げた。


「みんなで読んでみましょうか。三人よれば文殊の知恵ですよ」


「四人いますけどね」


「それは言いっこなしです」


 シエラは表紙から手を離すと、レイがぱらぱらとテーブルの上で本を開いた。本が半分もいかない所で、世界地図の描かれているページがあらわれる。そこでページをめくる手を止めると、指で細かい文をなぞっていく。


「あ、これこれ!」


 本を覗き込むハルカが先に声を上げ、小さな文字を指差した。


「ええと…」


 目を細めるシエラの後ろからエリオも顔を寄せる。


「ところどころ読めない字もあるんですよ。『……宇宙が始まる前、世…かい?…に……があった。…つの…………成った。……自身の一部を削り…。新…た?な星は、』 ――って!読めない所が多すぎる!!」


 レイは読み上げている途中で頭をかきながら顔を上げた。


「レイがこんな声上げるなんて珍しい」


 突然大きな声を出したからか、ハルカは口を大きく開けて驚く。ハルカの言葉を聞き、神妙な面持ちをしていた二人も、顔を上げる。


「まあ、女子高生にはまだ百年早い」


「エリオ」


「……こんなに難解な文を読むだなんて、なんと聡明な客人でしょう…」


 シエラがたしなめると、相変わらずの変わり身の早さを見せた。


「しかし、こんなに興味深い文献をよく見つけましたね」


 感心したように呟くと、ハルカは腕を頭の後ろに回して嬉しそうに身体をくねらせる。


「なんかこれって感じがしたんですよね〜」


「ハルカは相変わらずカンが良いね」


 へらへらと答えるハルカをフォローするように付け足す。言葉とは裏腹に、レイは風がカンを運んだのだろうなと確信めいたものを感じていた。


「しかし、お二人は地域の史跡についてお調べなのでは…?」


「え?……あ〜」


 素っ頓狂な声を上げると、揺らしていた身体が氷のように固まる。そんなハルカをエリオは訝しげに見つめ、やれやれと息を吐く。


「大方、課題のことなど忘れて妄想に浸っていたんだろう」


「エリオ」


「……はい」


「はは……、返す言葉もないです」


 レイは危なかった、と胸を撫でおろした。そして、慌てて壁にかかった時計に目をやると声を上げた。


「あっ、もう、こんな時間!」


 空になったカップもすっかり冷たくなっていた。時計とカップを交互に見るレイに、シエラは優しく声をかける。


「昨日も申し上げましたが、こちらが振る舞いたくてお出ししているので、気にしないでくださいね。学生さんを引き止めてはいけませんわ、エリオ。送って差し上げてください」


「……え?」


 素知らぬ顔でテーブルを整え始めていたエリオの手がぴたりと止まった。まさか自分の名前が出てくると思わなかったのか、反射的に声が漏れた。そんなエリオにシエラは念を押すように笑顔を向ける。


「お願いしますね」


「…………はい」


 優しくも有無を言わせぬ力をもった声に何も返せず、レイとハルカに向き直った。


「さっさと行くぞ、女子高生」


「エリオ」


「……入口までお送りいたします」


 シエラはさらに笑顔に深みを増し、やんわりと諭す。


「今日何回目?」


「わかんない」


 ハルカはレイに耳打ちすると、二人は揃って肩をすくめる。エリオは書庫の扉に手をかけ、再び二人に「行くぞ」と急かした。


「じゃあ、シエラさんありがとうございました」


「はい。またいつでもいらしてくださいね」


 座りながら小さく手を振るシエラに、レイは会釈をして書庫を後にした。


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