友達ができたから
古い鐘の音が街に響く。
エストレア高等学校予鈴の音だ。歴史を感じさせる音と共に校門が閉まり始めた。
「ギリギリセーフ!」
肩で息をしながら、ハルカが叫ぶ。額に汗をうっすら浮かべ、頬はわずかに紅潮していた。そんなハルカの上から雷のような声が落ちてくる。
「なにがセーフだ。ギリアウトだろ」
腰にジャージを巻いた筋骨隆々の男性教師が呆れたように返した。ハルカと並ぶと巨人と子犬のようだ。
「タケちゃん厳しいって。いいじゃん、門が閉まる前に入ったんだから! セーフだって!」
タケちゃんと呼ばれる男性教師の巨躯などお構いなしに、頭から湯気が立ちそうな勢いでハルカは抗議した。
「ハルカ、もう行こ。本鈴鳴ったら今度こそほんとに遅刻になるよ」
いつまでも頬を膨らませているハルカの襟をつかみ、レイはタケちゃん――体育教師のタケルに軽く会釈をして歩き出した。
ずるずるとレイに引きずられながらも、ハルカはまだ不満そうに口を尖らせている。
「絶対絶対セーフだったよね!?」レイもそう思うでしょ、と半ば強引に同意を求めてくるものだから、すでに呆れ返っているレイは「はいはい。セーフセーフ」と簡単に肯定の言葉を返した。
ハルカは、そんなレイの雑な返事にまた小さな抵抗をするのだった。
「……。ねえ、ハルカ。いい加減重いんだけど」
ハルカを引きずる手は、いつの間にか襟から鞄を持っていた。まるで手綱を握る飼い主のようだ。
「はあい」
よいしょ、と呟きながら、ようやく自分の足で歩き始めるハルカ。
二人は並んで廊下を歩いた。少し歩くとハルカが話し始める。
「そういえば、この学校の名前って変だよね〜」
「エストレア?」
「うん」
「私も入学式の式次第を見たとき、学校間違えたかと思った。」
「いやいや、受験のときに気づくでしょ。」
「その時は学校なんてどこでもよかったし」
「ふーん。ま、こうして同じ学校になれて私はラッキーだけどね!」
ハルカは、指で大きくブイを作った。
「ていうか、それ、テスト前に言うこと?」
レイがじとっとした目を向ける。
ハルカはばつが悪そうに身体を揺らした。
「テスト前だからだよ〜」
雑な現実逃避である。
そんな話をしているうちに教室へ着いた。
始業のチャイムの直前だからか、ほとんどのクラスメイトはすでに教室で思い思いに過ごしていた。
テストに備えて席で勉強する者もいれば、一方で全て放り投げ楽しそうに談笑している者もいる。それらを横目に、
「おはよ〜」
と、手をひらひらと振りながら、ハルカがクラスメイトに挨拶をする。レイもなんとなくそれに合わせた。
ハルカの席は窓際の後ろから二番目。レイの席は、その斜め後ろにある。
鞄を机の横に掛けると、ハルカは筆箱だけを机の上に置いた。
「ほんとハルカって律儀だよね」
「だって〜。クセなんだもん」
「筆箱出すのが?」
「もう、レイのいじわる!」
その瞬間、始業のチャイムが鳴った。
「ほら席つけー。出席取るぞー」
教室に入ってきたタケちゃんが、いつもの大きな声を響かせる。
「タケちゃん声大きいってー」
「マジでうるさ〜い」
けらけらと笑いながら女子たちから野次が飛ばす。言葉とは裏腹に存外楽しそうなのは、教員への信頼の表れなのだろう。
けれど本人はそんなことを気にも留めず、出席簿を開いた。
*
「終わった〜〜〜〜!!」
「完全にヤマが外れた…」
「お昼食べ行こ〜」
テストが終わり、昼休みの始まるチャイムが鳴った。
教室からぞろぞろと生徒が出ていき、気づけば教室にはハルカとレイだけが残されていた。
レイは机の上を手早く片付けながら、ハルカの席へ目を向ける。
ハルカはテスト開始から十分ほど経った頃には、すでに机に突っ伏していた。
(あの様子じゃ、さすがに今回は呼び出しか)
「ハルカ、起きて。昼休みだよ」
腰に手をあて、ため息交じりに声をかける。
その声に反応するように身体はもぞもぞと動いたが、すぐにまた静かに寝息を立て始めた。
「…いい加減置いていくよ」
しびれを切らしたレイは、ハルカの肩を大きく揺らした。
「…も〜、レイ…私は今世紀最大の悪を滅ぼそうと、世界を奔走する勇者だよ?…そんな私に向かって…すう…」
「もう起きてるのはわかってるけど、どうする?これ以上続けるなら、本当に置いていくよ」
その言葉を聞いた途端、ハルカはがたっと音を立てて立ち上がった。
「は〜い! ばっちり目が覚めております! レイ隊長! どこまでもお供しま〜す!」
ハルカは右耳にぴったりつくくらいぴんと腕を伸ばしてから、右手をぴたりと額の前に止めて敬礼してみせた。
「ほんと調子いいんだから」
「今日はお兄の特製弁当だよ! 一緒に食べよ」
教室を出て、いつもの決まった中庭の木の下に向かった。
エストレア高等学校はこのあたり一帯では一、二を争う広い敷地をもつ学校だ。
そんな学校の中庭ももちろん広く、誰もいない二人だけの集合場所を決めることは難しくなかった。
木陰にきらきらと木漏れ日が揺れる。
二人は腰をおろし、それぞれお弁当の包みを広げた。
ハルカは毛先と似た色のピンク色、レイに渡されたものは、昔ハルカの兄が使っていたという水色のものだった。
「わ〜おいしそ〜」
蓋を開けるなり、ハルカは声を上げる。
「ハルカは毎日食べてるでしょ」
「それでもおいしそうなものに、『おいしそう!』っていうのは、大切なことなんです〜」
ハルカは子猫のように小さく歯を見せて威嚇した。
「いつも私の分まで用意してもらっちゃって、ほんとに大丈夫なの?」
「いいのいいの! あのハルカに友達ができた!! こりゃあお兄ちゃんが腕によりをかけて胃袋を掴んでおかねば! って張り切ってたから」
「なにそれ、むしろ怖いんだけど」
ハルカの兄は二人と同じくエストレア高等学校を3年前に卒業し、今は大学に通っている。
ハルカと同様に明るく、そしてハルカ以上に気遣いをするために生まれてきたような人だった。
「今度またハルカんちお邪魔しに行くね。ちゃんとお礼言わないと」
「だからほんとに気にしないでってば!」
二人だけの昼下がり。
穏やかな風が木々を揺らしていた。
お腹いっぱいになった二人は、仲良く午後の授業を寝て過ごし、見事に屈強な体育教師タケちゃんに呼び出しをくらった。




