広がる噂
ルピアはフィレウスの馬車で学園へと向かい、到着するとフィレウスのエスコートを受けながら馬車から降りた。
学園はまるで巨大なお城のような見た目で、初めて見るアルテはもちろん、こんなに間近で見たことは無いルピアも圧倒されてしまう。
『……すごい。きれい。みつちゃん、ここに住むの?』
学園には寮が設けられており、学園の生徒は基本的に、そこで過ごすことになる。
つまりは、ルピアもこのお城のような場所で過ごすことになる、ということである。
学園は絵本に出てくるようなお城のような見た目なので、アルテにもそれなりの憧れがあり、期待に胸を膨らませる。
「……寮生活、フィレウス様はどこか……不安なところなどは、あるのですか?」
「うん? どうしたんだい、急に……うーん、そうだね。無い……と言えば、嘘になるけれど……特段大きな不安があるわけでもないかな。使用人はほぼいないけれど、これも経験さ。ルピアは、何か不安なことでも?」
「概ね普段通りに過ごせるとは、思っています。ただ……仰る通り、使用人はほとんどいません。王子であるフィレウス様は……私以上に、使用人に任せきりの生活だったでしょう? 私たちの意思とは、関係なく……ですから、フィレウス様は私以上に、不安を抱いていらっしゃるのでは、と……私は問題無いのですが、心配になってしまったのです」
「はは、それはありがとう、でも心配はいらないよ。寮に使用人は入れないと聞いていたから、念のため勉強しておいたんだ」
「そうだったのですね。では……もし何か困ったことがあれば、どうかお気軽にご相談ください。私も、それなりに詳しい自信がありますので」
少し冗談めかしてルピアが言えば、フィレウスは目を細めて優しく笑った。
その瞳はルピアのことが愛おしいとはっきりと物語っていて、アルテはルピアの身体の中で、べーっと舌を出す想像をしてみる。
どれだけ愛おしく思っても、ルピアはお前なんかのことは眼中にないんだぞ、と。
『べーっ。みつちゃんは、この人よりわたしの方が好きなんだもん。わたしのことが好きなんだもん』
ルピアは聞こえてくるアルテの声に口角が上がるのをなんとか耐え、学園の中へと入っていく。
すると、周囲にいる学園の生徒たちから、ひそひそと噂話が聞こえてくる。
「見て、王子殿下とルピア様よ。相変わらずお似合いね」
「ええ。聞きました? あのお二人、同じ馬車から出てきたそうですよ。きっと王子殿下が迎えに行かれたんですよ、素敵ですよねぇ……!」
少しの嫉妬の混ざる、羨望の眼差し。
それらを受けて、ルピアは一瞬だけ足を止めた。
一つの事実から、誰かが何かを想像して、それがまるで事実かのように広がっていく。
例えその内容が悪いものでなくても、その感覚が、ルピアが苦手だった。
なんだか、噂の中の自分が自分からかけ離れていって――そのまま、自分はそれに引っ張られて、自分じゃなくなるような気がしてしまうから。
「……大丈夫かい?」
「えっ……ああ、大丈夫です。少し考え事を……この後は、入学式でしたね。この先の大広間でやる……はず、ですよね?」
「ああ、そのはずだよ。でも……調子が悪いなら、少し休んでからにするかい? あんなことがあったばかりだし……余計に気になってしまうんだろう? 時間なら、大丈夫だ。まだかなり余裕があるはずだからね。落ち着くまで、どこかで座っていても大丈夫だろう」
「……ふぅ……そうですね。確かに、あんなことがあって……怖かったのに、無理なんてしなくてもいいのかもしれません。……人気の無いところに、行きましょう。……噂が広がりませんように……!」
小声で小さく言うルピアにフィレウスは微笑み、そっとルピアの手を引いた。
人目を避けて歩き、普段は学園の庭園らしき場所に行く。
入学式だからか、そこには人っ子一人おらず、空気も美味しくて休むのにぴったりの場所だった。
「……今更ながら……勝手に歩き回って、良かったのでしょうか……?」
「あはは……良くはないかもしれないね。でも、王子である私や、公爵令嬢である君に、文句なんて言えないだろう? 申し訳ないけれど……少し休憩するだけで、悪いことを企んでいるわけじゃないんだ。目を瞑ってもらおう。……それに、先生方もきっとお忙しい。そもそも見つからないかもしれないよ」
「……うーん……そう、ですね。……わかりました。では……ふぅ〜……」
ルピアは軽く周囲を見回してから、置いてあった椅子に腰掛けてゆっくりと息を吐き出した。
アルテが守ってくれたから大丈夫、と自分でも思っていたのだが、どうやら相当にショックを受けていたようだ、とルピアはどこか他人事のように考える。
『みつちゃん……怖いの? 大丈夫?』
「……大丈夫。大丈夫……突然のことで、驚いてしまっただけ……だと、思います。無自覚の内に、ずっとそれを引きずってしまっていたのでしょう」
「……すまない、私のせいで……」
「えっ? いえ、フィレウス様のせいでは……」
「いや……私のせいだ。あの襲撃は……王位争いの延長線上のものだ。調べは付いている。君が巻き込まれたのは……私のせいだよ」
心底申し訳なさそうに、悔しそうに、フィレウスは言った。
ルピアは今初めて、王位争いに巻き込まれていたことを知り、ぱちぱちと目を瞬かせる。
それを感じながら、アルテは考えてみれば当然か、と納得する。
王子が婚約者と聞いた瞬間から、思い至るべきだった。
そうアルテは反省して、だがそれと同時に不思議に思う。
いくら王族と言えども、公爵令嬢を襲撃するのはリスクが大きいはずだ。
すぐに尻尾を切れるような人材を確保したとしても、今フィレウスがはっきりと王位争いに巻き込んでしまったと明言したように、バレることはわかっていたはずだ。
そもそも、襲撃なんて痕跡の残りやすく確実性もない手段に頼る必要は無い。
それこそ、暗殺をしてしまった方が早いだろう。
『……学園に行かせたくなかった……? ……うーん?』
いまいち納得していない様子のアルテの声を聞きながら、ルピアはゆっくりと目を閉じてリラックスした。




