失くし物を拾い上げる
それから、ルピアは少し休んで心を落ち着かせてから、フィレウスとともに入学式に向かった。
会場に入ると、既にそこにはたくさんの生徒がおり、集まってきた視線にルピアは頬を引き攣らせそうになる。
だがそれを公爵令嬢として養ってきた表情制御の技術により抑え込んで、ルピアは静かに、優雅に席に腰掛けた。
内側から、『みつちゃん凄い、ちゃんとしてる』なんて褒め言葉が飛んでくる。
その言葉は、ルピアにしっかりと自信をくれた。
ルピアが微笑みを顔に貼り付けて座っていると、隣の席から声が聞こえてくる。
「……あ、あれ? どうしよう……どこ……?」
その言葉に、ルピアはそっと隣の席の少女の顔を覗き込み、優しく微笑み直す。
「どうかされたんですか?」
「あっ、あ……っ、その……あ、アルベリア、さん? ……お、お気になさらないでください、アルベリアさんにお話を聞いて頂くなんて、そんな……!」
「学園では、そういうことは気にしなくていいのですよ。困っているのでしたら、話してみてください」
「……あの……どうやら、髪飾りを落としてしまったみたいなんです……細めのリボンで、中心に小さな宝石が付いていて……見かけていませんか?」
「リボン……あっ。ふふ……肩に落ちていますよ。丁度死角になって、見えなかったのですね」
「あっ……あはは、ありがとうございます……は、恥ずかしいところをお見せしてしまって……」
恥ずかしそうに笑う少女に、ルピアはそっと首を横に振った。
そして、優しい眼差しを向ける。
「物を落とすことくらい、誰だってありますよ。恥ずかしいなんて、そんな風に仰らないでください。私も、物を落としたことがありますから。大丈夫です」
「……あ……えっと、ありがとうございます……」
「ふふっ。……さぁ、少しこちらに寄ってください。自分で付けるのは、難しいでしょう? 私、こういったことも嗜んでいるんです。綺麗に付けますから、任せてください」
「えっ!? そ、そんな、大丈夫です!」
「困っていらっしゃるでしょう? ほら……できましたよ」
ルピアは手に持つリボンをさっと少女に付け、笑顔を少女に向けた。
少女はぽぅっと頬を染め、少し俯く。
「……ありがとう、ございます……」
「いえいえ。偶然、私にできることだったからお手伝いしただけです。それに……折角の入学式ですから。悪い思い出を、残してほしくはないのです」
ルピアはそう言うと、静かに前を向いた。
隣の席の彼女の困り事は解決したので、後は待つだけだ。
しばらくすると、ようやく入学式が始まった。
学園長の長話や、長い長い教師紹介の時間が始まる――が、ルピアはあまり話を聞いていなかった。
元々、ルピアは至って平凡な少女で、長話を真面目に聞くような生真面目さは持っていなかったのだ。
半分くらいはぼんやり聞いているが、あまり真剣には聞いていない。
『……長いね。学園長さん……あんなに話して、疲れないのかな……? 内容は、うん……興味深いけど……』
段々退屈になってきたのか、アルテが話しかけてきた。
返事はできないのでほとんど独り言のようなものだが、話に興味を持っているアルテでさえも長いとは思うらしい。
話の長さにノルマでもあるのかな、とどうでもいいことを考えながら、ルピアは入学式が終わるのを待つ。
ぽつぽつと話してくれるアルテの声に耳を傾けていると、いつの間にか入学式が終わり、教室に移動することになった。
どうやら各自で移動するらしく、ぞろぞろと生徒が移動を始める。
ただ、なんとなく爵位の高い者から移動していっているように感じて、ルピアは内心もやっとした気持ちになる。
仕方のない面はあるが、やはりそういったものからは離れられないらしい。
「ルピア。一緒に行かないかい?」
「フィレウス様……はい、ありがとうございます。行きましょうか」
ルピアはわざわざ迎えに来てくれたフィレウスの手を取り、立ち上がった。
すると、内側から声が聞こえてくる。
『わたしの方がみつちゃんのことを好きだし、わたしの方がみつちゃんのこと守れるもん。婚約者って立場に胡座をかいて、調子に乗ってればいいよ……ふんっ。……わたし、みつちゃんと手繋いだことないのに……』
寂しそうな声にルピアは内心申し訳ない気持ちになりつつ、フィレウスとともに教室に向かった。
クラス割を確認してみると、どうやら二人は同じクラスらしく、フィレウスは嬉しそうに頬を緩める。
「良かった、同じクラスみたいだね。君と一緒に学べて、心から嬉しく思うよ」
「……フィレウス様。そんなことを言ったら、また噂が……」
「おっと……すまない、嬉しくてつい、ね。なるべく控えるよ。さて……確か、席は自由だったよね。ルピアは、どうしたい?」
「そうですね……ええと……あっ!」
ルピアはクラス内を見回すと、知っている顔を見つけてにこやかにそちらの方へ向かった。
そして、優雅に挨拶をする。
「またお会いしましたね。リボンは……ちゃんと付いているみたいで、良かったです。ふふ、しっかり付けたつもりではありましたけど、どうにも心配で」
「あ、アルベリアさん……その、先ほどはどうもありがとうございました……!」
「お気になさらないでください。感謝をしてほしくてやったわけではないですから……それよりも、お隣失礼しても?」
「は、はい、どうぞ! 私の許可なんて無くても、どうぞご自由に……!!」
緊張しながらもぶんぶんっと首を縦に振る少女に、ルピアは少し困った表情になった。
だが、お礼だけを伝えて隣に腰掛け、教師が来るまで話そうとルピアは少女に声を掛ける。
フィレウスは、しばらく逡巡したあとにルピアの隣に腰掛けてきていた。
「ご存知だとは、思いますが……私は、ルピア・アルベリアと申します。どうぞ、ルピアと呼んでください。……あなたは?」
「わ、私は……レライヒ男爵家……じゃなかった、伯爵家のリリスと申します……」
「レライヒ家……大商人さんが爵位を賜ったと、数年前に話題になっていましたね。当時は男爵だったと記憶していますが……数年で、伯爵にまでなったのですね。さぞ凄いお方なのでしょう」
「は、はい、少し前に国のためになるようなものを発見したとかで……父上は、私にはあまり詳しく話してくれなかったのですが……」
ぽつぽつと自分の家のことを話してくれるリリスに、ルピアはニコニコと笑った。
そうしていると、教師が教室に入ってきたので、ルピアは前を向く。
「コホン……みなさん、席に着いていますね。このクラスを担当させていただく、クレイス・ヘーゼルヴェインと申します。よろしくお願いしますね」
茶色の髪、茶色の瞳の優しそうな先生に、ルピアは厳しくなさそうで良かった、とこっそりと息を吐き出した。




