守って、約束して
ルピアの身体を操るアルテは、先ず馬車内の敵に飛び掛かると、敵が武器を持つ右手を掴み、骨を折る勢いでその右手を敵自身に向けさせた。
敵が手にしていた短剣が、彼自身の首元に突き付けられる。
「静かにしてて。妙な真似をしたら……わかるでしょ」
相手はただの雇われだったのか、呆気なくコクコクと頷いて短剣を手放した。
無事に得物を手に入れたアルテは、敵の首を短剣の柄で殴って気絶させると、次は外に飛び出した。
刺客を送り込んだはずが、短剣片手に飛び出してきたルピアの姿に敵たちは動揺したような目をする。
それを見て、アルテはそっと目を眇めた。
彼らはたぶん、素人だ。
ただの雇われで、多額の金を積まれて公爵家のご令嬢を殺せ、なんて依頼を受けた、ただの素人。
きっと暗殺なんてしたことがなくて、証拠の残らないやり方も心得ていない素人。
いくら身体が違うとはいえ、そんな相手、アルテの敵にもならない。
アルテはさっと敵の一人の背後に向かうと、馬車の中でしたように短剣の柄で敵の首を殴って気絶させる。
動けるのは、残り三人――一人は孤立していて、二人は固まって立っている。
アルテは気絶させた男を何とか持ち上げると、固まっている二人に向けて投げ付けた。
そのまま投げ付けた男を目眩ましに、アルテは二人の背後に回ると二人連続で短剣の柄で殴り付ける。
的確にアルテは敵の意識を奪うと、残った一人の首に短剣を添えた。
「誰に雇われたの?」
「クソッ、事前の情報と違っ……ひぃ!?」
「誰に、雇われたの? ……情報のために、全員を生かしたんだよ。代わりは、まだいる。あなたである必要は無いの」
「……し、知らない! 俺たちはただ、仲介人に依頼を紹介してもらっただけで……」
「……。……その割には……随分上手く、お嬢様の護衛とすり替わったんだね。協力者でもいた?」
「チッ……しかも偽物かよ……」
「文句を言う暇があるなら、情報を寄越して」
ぐ、と短剣を押し付けながらアルテが言うと、相手は一度黙り込んでから、口を開いた。
「……手回しはしてある、とは……言われた。……本当に、それだけだ!」
「……そう。他に知っていることは?」
「な、ない、本当に無いんだよ、だから……」
「ならいい、帰っていいよ。でも……ちゃんと、見てるから。妙なことは報告しない方が、身のためだよ」
アルテはそう警告したあと、最後の一人を気絶させて馬車の正面に回った。
そこには馬が居て、だが御者は周囲を見回してみても隠れている様子すら無い。
逃げてしまったのか、あるいは御者もグルだったのか。
そんなことを考えながらアルテは目を眇めると、馬を見上げる。
『……アルちゃん……』
「進む方法に目星が付いたら、すぐに元通りにする。……お馬さん、学園までの道……わかる?」
アルテがそう言って首を傾げると、馬は穏やかに嘶いた。
返事はしてくれたものの、アルテには動物の言葉なんてわからないし、きっと馬もアルテがなんて言ったのかわかっていないだろう。
「……わかんない。一旦、戻るね……それから、どうしたらいいか考えよう」
アルテはそう言うと、そっと目を閉じて意識を身体の奥底へと沈めた。
入れ替わるように、ルピアは意識が浮上するような感覚に襲われ、次の瞬間には身体がルピアの思う通りに動くようになる。
『……ん……みつちゃん、ごめんね……わたし、勝手なことした』
「え? ……ああ……大丈夫だよ。私を守るためだって、わかってるから。本当は凄く怖かったのに、頑張って立ち向かったのも……わかってる。守ってくれてありがとう。守ってあげられなくて、ごめんね」
『……みつちゃんは……みつちゃんは、謝らなくて大丈夫。わたしがそうするって勝手に決めて、勝手にそうしたの。怖かったことは、否定しないけど……それでみつちゃんを守れるなら、お安い御用』
アルテがそう言うと、ルピアは守ってもらった手前強くやめろと言うこともできず、複雑そうな表情をして黙り込んだ。
そして、馬を撫で、御者台に上りつつルピアは静かに、アルテに伝える。
「凄く、心配になるんだからね……」
『……うん……ごめんなさい。大丈夫、無理はしないようにする。……そもそも……みつちゃんの身体で、無理なんてできないし……。……わたしにとっては、みつちゃんの身体……手足が長くて、動きづらいから。無理できない……』
「それなら……まぁ、安心かな? ……よいしょ……よしよし……大丈夫そうかな……」
『……何してるの? そこって、御者さんの……』
馬を撫でて、何やら紐を持ったりと準備をしているような素振りを見せるルピアに、アルテは不思議そうに訊ねた。
そんなアルテに、ルピアは悪戯っぽい笑顔を浮かべると慣れた様子で軽く馬の背中を叩く。
「しゅっぱーつ!」
『えっ……え? ま、待って、みつちゃん……!?』
そして、当然のように御者の役割をこなし始めたルピアに、アルテは動揺したような声を零した。
初めてやったとは思えない、慣れた様子からしてルピアは馬車の操作ができるのだろう。
『……みつちゃん……御者さんのお仕事、できるの?』
「えへへ……私、昔は前世の記憶が無かったんだけど……その頃から、公爵家の令嬢とは思えないほどお転婆でねぇ、色んな人に、あれ教えて、これ教えてーとかお願いしてて……御者さんに馬車を動かす方法も教わってたんだー。乗馬もできるよ! 小さい時に教わったのは、口頭だけだから……背が伸びて、記憶が戻ってから練習したんだけどね」
『みつちゃん、凄い。……変装とかのために、習得したかったけど……わたし、まだ子どもだったから……師匠、どうせ背が足りないからって教えてくれなかったの』
羨ましそうな響きを帯びたアルテの声に、ルピアは楽しそうに微笑んだ。
そして、ルピアは優しい声で言う。
「じゃあ……いつか、アルちゃんが私の身体から出られたら……私が、乗馬の仕方とか、色々教えてあげる!」
『……本当? 教えてくれるの?』
「うんっ。約束だよ!」
『……うん……約束。……みつちゃんは、守ってくれるよね……』
どこか翳りのある呟きを零し、アルテはルピアの視界を通して景色を堪能し始めた。




