違和感
制服を身に纏い、ルピアは鏡の前で胸を張る。
「制服は大丈夫! 持ち物も全部入れた! 準備万端! よーっし、行こっかアルちゃん!」
『荷物は入れたけど、肝心の鞄を持ってないよ。みつちゃん、うっかりさんだね』
「わわっと、危ない危ない……ありがとう、アルちゃん。今度こそ大丈夫だよね……うん! じゃあ行こう!」
ルピアは慌てて鞄を肩に掛けながらそう言うと、優雅な足取りで部屋から出た。
鞄を忘れかけたとは思えない、美しい振る舞いである。
ルピアはこれでも公爵令嬢なので、そういうところはちゃんとできるのである。
「お嬢様。馬車の準備はできております。鞄は私がお持ちいたしますので……」
「いいえ。大丈夫ですよ、執事長。学園では、私が自分で荷物を運ぶことも多くなるでしょう。馬車まではすぐですし……大きな負担にもなりませんから、今の内に慣れておきたいと思うんです。ですからどうか、お気になさらず」
ルピアはそう言って美しい笑みを浮かべると、少し足早にその場から去った。
そんなルピアに、アルテは声を掛ける。
『みつちゃん……荷物持たれるの、嫌なの?』
ルピアは答える前に周囲を確認すると、ゆっくりと息を吐き出した。
声を小さくして、ルピアは浅く頷く。
「うん。申し出はありがたいけど、落ち着かなくて……全部頼り切りになっちゃいそうで……」
『そっか……みつちゃん、意外と考えてる?』
「ひどぉい……」
意外と、なんて言葉選びをしたアルテにそう言い、ルピアは屋敷の玄関先に出ると、そのまま馬車に乗り込んだ。
ルピアの体の中に入ってから、アルテは初めて馬車に乗ったので、少し興奮しながら辺りを眺めようとする。
が、身体の主導権はルピアにあるので、それはできずアルテはしょんぼりした。
「……アルちゃん。馬車の中、綺麗だよねぇ。お外も見えるよ、ほら」
『え……わあ……!』
ルピアが優しい声でそう言いながらそっと馬車を見回し、カーテンを開けるとアルテは少しだけ、ほんの少しだけ感情を表に出した。
少なくとも、アルテ本人はそのつもりでいる。
実際は、とてもはしゃいでいることがルピアにバレバレだが。
ニコニコしながらルピアがアルテの声を聞いていると、馬車が動き出した。
「……あれ? なんだろ……いつもは出発する時、声掛けてくれるのに……そんなに時間無かったかな……?」
『みつちゃん……? ……みつちゃん、外見たい……』
「あ、うん。って言っても、まだ街中だけど……街中でも、楽しいかな?」
『うん……楽しい。あっちも見たい、逆側……』
アルテは簡潔にそう答えつつ、ルピアにそうお願いした。
ルピアも笑顔でそれに応え、反対側に移動してカーテンを開けてあげる。
窓の向こうには街並みが見えていて、人通りもかなり多いように見えた。
『……みつちゃん……学園までの道、わかる? ずっと街の中を走るの?』
「ううん、違うよ! ここはアルベリア公爵家の領地で……学園は、えっと、なんて言ったらいいかな……どこにも属さないところにあるんだよ。だから、ずっと舗装された道を通るわけじゃないかな。……あ、この国の学園だから、この国にはあるんだけどね」
『舗装されてない道も通る……みつちゃんは、平気? 揺れる、よね……?』
「揺れるけど、私は平気だよ。王子様が婚約者だから、王城に行くためによく馬車に乗って結構な距離移動するんだ〜。……あ! アルちゃんは平気かな? 私が体質的に平気だから、アルちゃんも大丈夫だといいんだけど……身体は一緒だし……」
『……森くらいボコボコじゃなければ、たぶん……?』
「森は入らないけど、近くは通るなぁ……大丈夫かなぁ」
心配そうなルピアに大丈夫、と返し、アルテはそれから黙り込んだ。
ルピアはそんなアルテに気付きつつも、触れてほしくなさそうな雰囲気を感じて、何も言わずに胸に手を当てるに留める。
この感触が、アルテに届いてくれているように願いながら。
しばらく経つと、馬車は街を抜け、広い草原を走り始めた。
ガタガタと馬車が揺れる。
――大きく、馬が嘶いた。
当然馬車が止まり、ルピアはきょろきょろと周囲を見回す。
「……何? ねぇ……っ、……護衛さん、いらっしゃいますよね? どうして、誰も……」
『……大丈夫。みつちゃん……大丈夫だから』
アルテはルピアを落ち着かせるためにそう伝えて、気を引き締めた。
こうなることは、薄々わかっていた。
馬車が出発した時からずっと、何かがおかしかったから。
周囲にずっと気配があった、馬車の周囲の、味方であるはずの人たちの気配が、妙に緩んでいた。
それでいて、緊張もしていた。
馬車の扉が、開いた。
「きゃあっ……!」
『みつちゃん!』
悲鳴を上げ、ルピアはその場で頭を抱える。
自分を守る咄嗟の防御姿勢――だが、この場ではそれではどうにもならない。
だけどきっと、ルピアはもう動けない。
だったら、それなら――
「……ごめんね、みつちゃん」
アルテは一言そう呟くと、周囲に視線を巡らせた。
馬車の中には敵が一人、外には五人ほどいるように見える。
「でも、わたしが絶対守るから」
『……アルちゃん……?』
決意を胸に、アルテは馬車の中にいる敵に飛び掛かった。




