みつちゃん
ルピア・アルベリア。
アルベリア公爵家の一人娘、年齢は今年で十五、そろそろ学園に入る年である。
流石にもうじき、公爵家のやんちゃ娘も落ち着く頃であろう、と屋敷内では言われていたが――
ルピアの部屋の近くで耳を澄ませば、はしゃぐような声が聞こえてくる。
「学園にもアルちゃんは着いてこれるってことだよね! わぁ〜やったぁ! 嬉しい! これで、友達ができなくても寂しくないね!」
しょっちゅうそんな話し声が聞こえるものだから、屋敷内にはとある噂が流れていた。
数日前にお嬢様が頭を打ってから、何か彼女にはおかしなものでも見えているのではなかろうか、と。
それは、おばけと言う者も居れば、何かの魔物の類、あるいは彼女が創り出した存在しない誰かなのでは、なんてことを言う者もいる。
だがその真偽は本人にしかわからず、また直接聞くこともできず、屋敷内には妙な雰囲気が漂っていた。
しかし、そんなことには気付かない能天気な少女が、自分の部屋から出てくる。
「……えっと……あっ、そこのメイドさん。メイド長か執事長がどこにいらっしゃるか、ご存知ではありませんか?」
「お、お嬢様。執事長でしたら、先程あちらの方に行かれましたよ。今の時間でしたら、お嬢様のお茶の用意をしているのではないでしょうか」
「あっ……確かに、お茶の時間ですね。わかりました、ありがとうございます」
ルピアは教えてくれたメイドに対して微笑むと、執事長が居るであろう場所に向かい始めた。
ルピアの感覚を通してそれを見聞きしていたアルテは、ぽつりと言う。
『……ルピア、変だね。わたしには、敬語なんて使わないのに』
「あ、アルちゃん……! アルちゃんが特別なだけだよ……!」
小声で言うルピアに、アルテはくすくすと笑った。
特別――そんな言葉が、どうにもくすぐったくて、嬉しくて。
以前のアルテは確かに特別な境遇だったが、それは喜ばしいものではなかった。
誰かの特別になるのは初めてで、こんな真っ直ぐな気持ちを向けられるのも初めてで。
嬉しくて、嬉しくて、仕方がない。
『……みつは……この名前を知ってるのは、わたしだけ?』
「うん、そうだよ」
『……じゃあ、みつちゃん。わたし、ルピアのこと、みつちゃんって呼ぶ。……いい?』
「……! い、いいよっ! そう呼んでほしっ……あっ」
思わず大声を出してしまって、ルピアはバッと口を塞いだ。
きょろきょろと周囲を見回してみれば、近くにいた人たちがじっとルピアのことを見つめていた。
その視線は心配そうで、ルピアは申し訳なく感じてしまう。
「……なんでもないんです。なんでも……ただ、急に……学園で、友達を作った時のシミュレーションを……」
『みつちゃん、言い訳が下手』
アルテにはっきりとそう言われて、ルピアはむっとなった。
だが、ここで反論したらアルテの存在がバレてしまう、と仕方無く黙り込む。
そのまましばらく歩くと、ルピアは目的の場所に辿り着き、その扉をノックした。
「執事長、いますか? 少し、聞きたいことがあって……」
「おや、ルピアお嬢様……どういたしましたか?」
「学園の制服……もう届いていますか? 確か、もうそろそろだったと記憶しているのですが」
「ああ、それでしたら……お茶の時間に届ける予定で御座いました。もうそろそろお茶の時間ですよ、お部屋で待っていてください」
「わ……そうだったんですね。わかりました。楽しみに待っています」
ルピアは執事長とそう会話をすると、急ぎ気味に自分の部屋へと戻った。
そうして息を吐き出したルピアは、部屋のソファーの上に腰掛けて呟く。
「……学園かぁ」
『みつちゃん……学園って、なに?』
「学園っていうのはね〜……色んなこと……例えば私の場合貴族としての教養とかを学ぶところかな。他にも、魔術を学んだりとか……騎士のことを学べたりもあったかな。入学が決まった後、どんなことを学ぶかを決められて……えっと、とにかく、色んなことを学ぶ場所って感じ。興味あるの?」
『みつちゃんが学園に行くなら……わたしも、離れられないから……着いていくことになる。みつちゃんと一緒にこれから行くところ、知りたい』
「えへへっ。後で学園の制服見せてあげるね! あと、事前資料とか! お父様が集めてくれたんだ〜」
『みつちゃんの、お父さん。わたし、会ったことない』
ルピアとアルテがこの状態になってから、数日が経つ。
だが、アルテはまだ、ルピアの父親の顔を見たことがなかった。
食事は、だだっ広い部屋に彼女一人だけで摂っていて、なんだか寂しそうに見えたのを覚えている。
「お父様は、お忙しい方なんだ〜。だから、中々会うこともできなくて……ちょっと寂しくなることもあるけど、平気だよ。今の私にはアルちゃんがいるもん!」
『……わたし……みつちゃんの力に、なれてる?』
「なれてるよ! それもすっごく!」
『……うれしい。わたし、師匠に……恩返しする前に……』
自分で言ってアルテはしょんぼりしてしまって、溜息を吐いた。
その声を聞いて、ルピアは心配そうに自分の内側へと意識を向ける。
「アルちゃん、大丈夫……?」
『大丈夫。少し、思い出しちゃっただけ……それより、わたし、学園の話が聞きたい』
「……うん。じゃあ、私がわかる限り説明するね!」
ルピアは心配そうにしながらもアルテの言葉に頷き、学園についての話を始めた。




