虚ろの原因
扉を開けて部屋の中にリリスを招き入れたルピアは、嬉しそうににっこりと笑顔を浮かべてみせた。
ルピアは上機嫌にその手を取り、リリスをソファーへと座らせる。
そして、自分は対面のソファーに座り、そこでようやく用件を訊ねた。
「ようこそいらっしゃいました、リリスさん。どうかしたんですか? 一緒に遊びますか?」
「えっ!? い、いえ、その、大した用事では……ちょっと、聞きたいことがありまして……」
「そうなんですか? では、お話をしたら遊びましょう。何をしましょうね」
「……えっと、その」
遊ぼうと言い続けているルピアに、リリスは困った顔になった。
教室にいるときのルピアとはあまりにも様子が違うので、戸惑っているのだ。
だが、ずっと戸惑っていてもどうにもならないので、リリスは覚悟を決めて口を開く。
「ルピアさん、その……今日、様子がおかしかったように見えて……何かあったんですか?」
「えっ?」
「急に隣の教室を見に行くと言って、中々帰ってこなかったり……突然消えてしまって、心配していたら突然帰ってきたり……何かあったのなら、私も手伝います。ですから、どうか話してみてください……」
「……えっと……その……何かがあったというか……大したことはないのですけど、ただ少し……気になることがあって。少しだけ、調べていたんです。私一人で大丈夫ですよ」
『みつちゃん』
大丈夫、とルピアがリリスに伝えたところ、アルテから若干の圧の籠もった呼びかけが飛んできた。
話すと決めたんだから、ちゃんと話せということらしい。
だが、どうしても不安で心配で、ルピアは口を噤む。
「……ルピアさん? ……まだ……何か……」
「そ、その……っ、……元々……というか、さっき……リリスさんには話そうって決めたんです」
「えっ……わ、私ですか? 王子殿下ではなく?」
「フィレウス様は……きっと、自分が調査をすると言い出しますから。それはいけません。あの方に何かあれば、一大事ですから」
「それは……確かにそう、ですね。……それで……ルピアさんは、何を調査していたんですか?」
リリスに訊ねられて、ルピアは再び、思わず黙り込んでしまった。
その口が勝手に言い訳を口にしそうになって、ルピアは必死にそれを堪える。
目を閉じ、深呼吸をして、ルピアはリリスに調査内容を伝えた。
「私が……教室の人に、話しかけようとして。……嫌な予感がして、やめたこと……覚えていますか?」
「はい。あの時のルピアさんは、様子が変で……とても心配で……よく覚えています」
「あの時の嫌な予感が……どうしても気になってしまって。どんな人相手に、嫌な予感を感じるのか……とか、色々調べていたんです」
「……何か……わかりましたか?」
「少なくとも、同じ学年の人は……ほとんどに、感じました。当てはまる人が多すぎて、まだそれしかわかっていないんです」
しょんぼりと肩を落としてルピアが言うと、リリスは難しい表情になって黙り込んだ。
数秒して、リリスは首を傾げる。
「ほとんど……ということは、そうでない人もいたんですか?」
「はい。リリスさんと、フィレウス様……それから……違うクラスの、サフィラさん……厳密には、嫌な予感自体はしたのですが……えっと……大丈夫だとも思ったというか……」
最初に、アルテからの警告を嫌な予感と説明してしまったので、どう説明すればいいかわからなくなってしまってルピアは視線を彷徨わせた。
視線は彷徨わせながら、内心ではどうしようどうしようと焦りながら、そして表情だけは穏やかに、ルピアは微笑む。
「……ルピアさん? 急に黙って……どうしたんですか……?」
「えっと……感覚的なことですから。説明するのが、難しくて……考えていました」
ルピアがなんと言っていいかわからず、そんなことを口にすると、内側から小さな吐息が聞こえた。
そして、幼い声で助け舟が出される。
『みつちゃん。わたしのことは秘密にしたいのかもしれないけど……目が虚ろってことは、伝えてもいいんだよ。それは、わたしの存在とは何の関係も無いから』
アルテの言葉にルピアは確かに、と内心で頷き、咳払いした。
そして、照れ笑いを浮かべながら、リリスから目を逸らしてもう一つわかったことについて付け足す。
「その……ごめんなさい……わかったことがもう一つあって。嫌な予感の原因ですが……どうやら今、学園には目が虚ろな人がたくさんいるみたいで……目が虚ろな人と会うと、嫌な予感がしてしまうみたいなんです」
「目が虚ろ……わかりました。明日になったら、クラスの人を観察してみますね。……でも、問題は……どうして虚ろになってしまうか、ですよね?」
「はい。それに関しては、まだヒントもなくて……どう調査を進めるべきか、悩んでいるところなんです」
ルピアが目を伏せて説明すると、リリスは考え込むような仕草を見せた。
軽く首を傾げて、リリスは仮であり得そうなことを挙げていく。
「たくさんの人の目が虚ろ……となるとやっぱり、魔法の影響はあり得そうですね。闇魔法は、洗脳とか……そういうことができると聞いたことがあります」
「魔法……! 思い付きませんでした……馴染みがなかったせいでしょうか。なるほど……でも、それなら魔法を掛けた人がいる、ってことですよね……心当たりはありますか? 誰かが教室に来たとか……そういう話を聞いたとか」
「うーん……ルピアさんか王子殿下としか話していませんし……お力になれず、申し訳ありません」
「あ、いえいえいえ……! そんなことありません、魔法の影響かもしれない、という情報が得られただけでも充分ですし……! とりあえず……遊びましょう! 折角来ていただけたのに、話をするだけなんて勿体ないですから!」
ルピアは笑顔を浮かべてリリスの手を引くと、わくわくしながら何をして遊ぶか考え始めた。




