虚ろの中の光
授業が終わると、ルピアはすぐに席を立ち、他のクラスを見に行こうとする。
しかし、フィレウスに目撃されてしまったようで、後ろから声を掛けられる。
「ルピア? そんなに急いで、どうしたんだい?」
「えっ……!? ……あっ、フィレウス様……その、えっと……その…………隣のクラスに、少し用事がありまして。すぐそこですから、一人で大丈夫です」
「……いや、私も行くよ。心配だからね」
「いえ、いえいえ、大丈夫です……一人で行けますよ。……リリスさんも、心配そうなお顔をしないでください。確かに……心配を掛けたのは、私ですが……そんなに過保護になる必要はありませんから」
ルピアはそう言って押し切ると、一人で教室から出ていった。
ふぅ、と息を吐き出すと、ルピアはこっそりと隣の教室を覗いてみる。
『……虚ろ。みつちゃんのクラスより、もう少し虚ろだと思う……もう一つ向こうのクラスも見てみる?』
アルテの提案にルピアは黙ったまま頷き、更に向こう側のクラスを覗いた。
今は喋ることができないルピアの代わりに、アルテが口にする。
『……やっぱり……一個前のクラスより、ここの方が虚ろ。どうして? …………危ない感じがする。みつちゃん、早く戻ろう?』
こく、とルピアは頷いて、踵を返した。
そして、元の教室に戻ろうと歩いていると、向こう側から急いでいる様子の少女が走ってくる。
高身長で、走る姿も優雅だが、どうやら相当に急いでいるらしい。
美しい少女はルピアに気付く様子もなく走ってくる。
『……みつちゃん? 人、来るよ?』
その少女を知っている気がして、考え込んでいたルピアがアルテの言葉にハッとして慌てて横にずれるが、ギリギリ巻き合わなかったようで、腕が軽くぶつかる。
「きゃあっ、あっ――!」
「わ……!?」
すると、少女が悲鳴を上げて転びそうになってしまったので、ルピアは慌てて少女を支えた。
そのままそっと立ち上がらせると、ルピアは少女の顔を覗き込む。
「……るっ、ルピアさん!? どうしてこんなところに……!?」
「あなたは……もしかして、サフィラさん? ええと、お久しぶりです」
「えっ、ええ……お久しぶり、ですわ、ね…………い、いえ! そんなことより! コホン……お怪我はありませんこと? わたくしの不注意ですわ。もしお怪我があるようでしたら、保健室まで運ばせていただきますけれど」
「あ……大丈夫ですよ、ありがとうございます。サフィラさんも今年入学だったのですね。同じクラスでなくて残念です……」
「えっ……! ……ええ、わたくしもですわ。ルピアさんとでしたら、きっともっと楽しい学園生活が送れたでしょうに」
「ああ、そうだ! サフィラさんこそ、お怪我はありませんか? 私がもっと早く気付いていれば……」
二人の会話を聞きながら、アルテは内心で首を傾げた。
サフィラ、という名前の人物について、アルテは全く聞いたことがない。
まぁ、ルピアは元々誰かのことを進んで話すことの方が珍しいのだが。
それはさておき、重要なのは――サフィラという人物が、ルピアに向ける瞳の方である。
それは、虚ろでありながらどこかうっとりしていて、他の人とは違うことがわかる。
虚ろなのに、人の、サフィラ自身の確固たる意思を感じるのだ。
『……何かの影響は受けてるのに……強い意思で、それを跳ね除けてる? ……とか……?』
不安そうにアルテは言って、じっとサフィラの様子を観察する。
一先ず、今の不可解な状況の突破口になり得る人物には違いないだろう。
だから、アルテは一生懸命にサフィラのことを観察する。
だがそうし始めて一分も経たない内に、サフィラはハッと肩を震わせた。
「申し訳ありません、ルピアさん。わたくし、もう行かないと……」
「あっ、そうですよね、急いでらしたんですから……引き留めてしまいましたね。また今度、時間がある時にゆっくり話しましょう」
「……! ええ、ぜひそういたしましょう! では、わたくしは行きますわね! また今度!」
にこやかに笑って走り去っていくサフィラを見送り、ルピアは胸に手を当てた。
意味は曖昧だが、それはルピアが喋れないときにする合図だ。
ルピアが喋れなくても、すぐに気持ちを伝えたい時に行う仕草。
それを理解しているから、アルテはルピアが気持ちを伝えようとしてくれていることを嬉しく思う。
『みつちゃん、大好き。……あの人のことは警戒しなくてよさそうだけど、後でお話聞かせてね。わたし、あの人のこと知らない』
アルテの言葉にルピアは人目がないことを確認してから頷き、教室に戻った。
するとすぐに、フィレウスとリリスが駆け寄ってくる。
どうやらとても心配されていたようで、ルピアは苦笑いしつつ二人に手を引かれて席に座る。
「心配しすぎですよ。大丈夫だと言ったでしょう?」
「それはそうなのだけれど……ほら、その……ルピアは、あの視線を向けられるのを嫌がっていただろう? 他のクラスでもあんな視線を向けられたらと思うと……傍でフォローもできないし……」
「まだ克服していないので、バレないように覗いただけです。気持ちは嬉しいですが、人数が多いとバレやすくなるでしょう?」
「ルピアさん……そうだったんですね。でも、大丈夫なんですか……? 隣の教室を見に行っていたにしては、随分長く……」
「うっ……その、知り合いに会って……つい、お喋りを……心配をお掛けしました……でも、本当に、過保護が過ぎますよ!」
ルピアはそう言って、ぷいっとそっぽを向くのだった。




